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ムトゥ 踊るマハラジャ 

読者の皆様、おはようございます!週末は如何お過ごしでしたか!?僕、金曜日の夜は、当院入職希望の方と会食をしながらの長時間の面談、土曜日のお昼からは結婚式、昨日はお彼岸でしたから宇佐まで墓参、何だか休む間も無く東奔西走、些か疲れました…。ともあれ、K君、ご結婚本当におめでとう!当院の数多いホープの一人として、今後も頑張って欲しいですし、大いに期待しています。末永くお幸せに!そして昨日の墓参なんですが、暫く宇佐まで行っていなかったものですから、雑草が繁茂しておりまして、自然との格闘でありました…。お墓は何せ、蜷木という村の、竹林の中にあるんですよ。竹里館、という有名な漢詩がありまして、それは、獨坐幽篁裏 彈琴復長嘯 深林人不知 明月来相照、1人竹林に座り琴を弾く、深い林の中で誰も知る者は無く、月の光に照らされている、という意でしょうか。そんな雅で優雅で幽玄の世界とは縁遠く、僕、孤軍奮闘でありまして、枯れた竹を足で踏み割り、雑草を引っこ抜き、墓までは30㍍ぐらいの参道がありますから、そこを掃き清め、3時間近くやっていたのかなあ、汗はしとどに流れ、いやあ疲れました~。

金・土と多くの人に会い、お酒を酌み交わし、そして日曜の肉体労働ですから、大変な空腹を覚えたんですが、さして綺麗では無い定食屋に入りましたら、「どじょう汁」がありまして、いやあ懐かしいなァ、浅草の飯田屋や駒形どぜうを思い出しまして、早速食べてみました。どじょう一匹は鰻一匹、大変有名な言葉がありますよね。栄養価は寧ろ、どじょうの方が上でありまして、自家製の麦味噌に地場で取れたという牛蒡に人参、豆腐に油揚げに白菜、そして、ぬめりがあり、ほんの少しの苦みと、柔らかな小骨、淡泊な鰯の様な風味のどじょうがたっぷり入っておりまして、炊き立ての飯と椎茸の佃煮に香の物、僕ね~、あんまり美味しかったんで、ご飯お代りしちゃいましたよ!まァね、日本では古来から食べられて来たものですし、谷崎に荷風に万太郎、江戸っ子の文人墨客がこよなく愛した味ですもんね、美味しくない筈がありません。僕、どじょうを食べながら、フト思い出したのは、明治期の女流作家、岡本かの子でありました。このかの子先生、「芸術は爆発だ!」の岡本太郎のお母さんであり、谷崎からは「蛙の様な」と言われた程の醜女でありながら、旦那さんとボーイフレンドと同居するという破天荒ぶり、それでも書くものは際立っておりました。傑作が多いのですけれど、「家霊」という小説では、どじょうを喰わせる老舗料理屋が登場します。作中、「疲れた。1ついのちでも喰うかな。」「逆に喰われるなよ。」という会話があるんですね。人様の命は、他の生き物の生命を喰らう事で成り立っている、という業の深いお話であります。或る凍えそうな寒い冬の日、老職人がどじょう汁を食べにお店に来るんですね。

人に嫉まれ、蔑まされて、心が魔王の様に猛り立つときでも、あの小魚を口に含んで、前歯でぽきりぽきりと、頭から骨ごと、少しずつ噛み潰して行くと、怨みはそこへ移って、何処と無く優しい涙が湧いて来る。「喰われる小魚も可哀相だ。喰うわしも可哀相だ。誰もかれもいじらしい。ただ、それだけだ。」

このお話の顛末は、新潮文庫を読んで頂くとしまして、いや、凄味すら感じさせる文章でありまして、僕、近年の小説を読む気がしないんですよね。文末は、~だった、~だったと、安物の機関銃の音みたいですし、翻訳調の悪文が多く、何て言うんですかね、妙にくどい味付けをして文章力の無さを誤魔化している気がして、食傷してしまいます。因みに、明治の文豪、露伴にせよ荷風にせよ鴎外にせよ、文末が、だった、で終わるセンテンスは、1つも無いそうでありました。

閑話休題、どじょうのお話はこれでおつもりにしまして、所変われば品変わると申しますが、優しく繊細な味付けの日本料理に較べますと、インドなぞは香辛料の国、酷暑の所為もありますけれど、全く違いますよね。僕、かって、1か月程、インド・ネパールを旅しましたけれど、カルチャー・ショックの連続でした。特急列車に乗りましても、三等車両を覗いてみれば、異臭がして、網棚にも人が沢山座っています。河に人や牛の死体が浮いていたり、道行く物乞いの子供は生まれながらに手足を切られ、それが生業だったり。聖なるガンジス川も、まるでバス・クリーンをぶちまけた様な濃い緑色でして、現地の方はそれをガンガン飲んで平気であり、平気で沐浴してるんですもんね。そして、これは以前も書きましたが、牛は聖なる生き物ですから、普通に街中に居るんですよ。道の角を曲がったらいきなり牛。ホテルを出たら牛。お手洗いにも牛。映画館を出たら牛。お茶を飲んでいても牛。僕も流石に、この牛攻めには慣れる事が出来ませんでした。

郷に入れば郷に従えと申しますが、自宅で作ったお弁当を職場まで運ぶ産業、ダッバーワーラーと言うそうですが、それが立派に成立しているんですね。日本人ならば、自分で持って行けば良いのに、と思う処ですが、恐らくカースト制の所為もあるんでしょうが、ムンバイだったかな、お昼時になりますと、金属製のお弁当箱を運ぶ、無数の人達を見る事が出来まして、これは非常な驚きでありました。まァ、数字の零を発見した国ですし、通常にゲームを行えば5日間ぐらいかかるクリケットがナショナル・スポーツだったり、僕の様な太目の男性が女性から一番人気だったり、不可思議な処だらけの神秘の国ではあります。僕、大笑いしましたのは、インド東部の学校の進級試験で、何百人もの保護者達が校舎の壁をよじ登り、自分の子供にカンニング・ペーパーを渡し、何と600人が捕まったとか。写真を見ましたけれど、確かに多くの父兄が登ってますねえ…。

古の中国には、科挙という官僚採用の為の試験がありました。これにパスすれば無事に官僚となり、その立場を利用して汚職をして、一族郎党が一生喰うに困らない、という試験だったんですが、非常に難関でも有名だったんですね。自分の着物にびっしりと細かい字で回答を書き込む者。カンニング・ペーパーの持ち込みに替え玉受験。贈賄に試験問題の入手…。ありとあらゆるカンニングが横行しまして、それに業を煮やした中国政府は、「試験の不正が発覚したら、一族もろとも全員死刑!」という態度で臨んだそうでして、こうなると命がけであります。近年では、無線や携帯を使ってのカンニングもあるそうですが、僕ね、今後はICチップを使ったやり方が主流になると思います。IBMでは、ヒトの脳と左程変わらない、数多くの情報を同時並行で処理出来る、僅か2㌢のチップが完成したそうです。アメリカの医療現場では、交通事故で手が麻痺された方の脳にチップを埋め込んだんですね。そうしますと、思考するだけで、不自由な手が動いたそうなんです。となりますと、今後は、IBMのスーパー・チップを脳に埋め込んだ受験生が現れる可能性大、ですよね!?

とは言え、一昨日でしたか、人間の棋士VSスーパー・コンピューターの将棋の勝負がありました。かなり強いコンピューター・ソフトだったそうですが、人間が指した、「成らず」、という手に反応出来ず、フリーズし、敗北したそうなんです。将棋において、敵陣に入った駒が成らない、とは非常に不利な手であるんですが、決して反則ではありません。ところが、コンピューターは、彼我の形勢を全て数値化して瞬時に分析、そして最善手を選びますから、人間が指した、一見悪手に見える指し方に全く反応出来なかったそうなんです。コンピューター君もまだまだ人間の深い叡智、損して得取れ、には及ばないなあ、と何だか嬉しいんですが、インドの皆さん、カンニングはいけませんよ!!

よおし、お昼になりましたし、今日は、病院の近くのインド料理店「夢や」にでも行って、ほうれん草とマトンのカレーとナンを食べて、ラッシーでも飲もうっと!それでは皆様、今週も拙ブログをご贔屓の程、何卒宜しくお願い致しますm(__)m。ナマステ~♡♡
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