FC2ブログ

未来は僕らの手の中

さて、今日は先ずはお礼から。昨日夕刻、株式会社ワン・ビジョン代表取締役社長、森嘉隆様を講師にお招き致しまして、当院で勉強会を開催致しました。今回は事務部が対象だったのですけれど、何せ森様が大変パワフルかつアグレッシブなお方ですから、当院職員もかなりの刺激を受けた様でした。森様にはその後の会食、そして二次会と遅くまでお付き合い頂きまして、誠に恐縮至極に存じますが、本当にありがとうございましたm(__)m。僕、痛感したのですけれど、病院という狭い中で仕事をしていますと、どうも視野狭窄になりがちなんですね。これじゃあいけません。僕、大変乏しい人脈しかありませんけれど、他業種の優れた先輩方を知らない訳じゃありませんから、早速これから各方面に、講師としてお話をお願い出来ないか、聞いてみます。当院の事務部は、平均年齢が未だ若いですからね、鉄は熱いうちに打て、各界の諸先輩方のお話を聞くという事は、必ずやプラスになる筈です。芸能界、スポーツ界、経営者の方、出版にTV関係、久方振りにアドレス帳をめくって、知り合いに電話しようっと。そして、今年は若手幹部候補生の皆さんを連れて、県外に参りまして、複数の他病院の見学も予定しています。6月には、医療業界では大変有名な、福岡の女性講師の先生がお見えになる事は決まってますからね、今年は緊褌一番、益々気合を入れて頑張らなきゃ!あ、そうでした、もう1つお礼を。拙ブログの総拍手数が、昨日の時点で35万を突破しておりまして、これも一重に読者の皆様の日頃のご愛顧の賜物です。何時も本当に感謝しておりますし、何も出来ませんけれど、万感の思いを籠めて、本当にありがとうございます。これからも頑張ります。

閑話休題、故きを温ねて新しきを知る、温故知新という言葉があります。蜜柑むく 親しき顔に 逢うごとし、その蜜柑と言えば、3000万年前からある柑橘類ですよね。大分は宇佐の若手農家の皆さんが、名産の蜜柑を一房づつ丁寧に天日干しし、添加物や砂糖を一切使わず造り上げた物が、非常に美味で大変な好評だとか。大分県内は勿論の事、関東でも売り出していたそうなんですが、その美味しさが認められ、とうとう海外進出が決まったそうです。ニューヨーク、シアトル、サンフランシスコでの販売が始まるそうで、これぞまさしくUSA、宇佐、なんちゃって。ベタで下らない駄洒落で、ホントすみません…。そして、400年以上の歴史を誇る人形浄瑠璃、僕が見たのは大阪で1度だけ、その時は亡き母と一緒だったんですが、その動きは圧巻でしたし、人形遣い・太夫・三味線が相まって、只の物体に鮮やかに命が引き込まれる様は、息を呑む思いでした。その人形浄瑠璃の動きを取り入れ、喜怒哀楽を表現出来るロボットが開発された由、僕、YOU TUBEで早速見たのですけれど、驚きましたのは、背中の骨格が伸縮するんですよ!ああ、こりゃあ確かに悲しんでるなあ、喜んでるなあ、それが伝わって来まして、人形浄瑠璃の歴史に新たな1頁が記された様に思いました。

人形浄瑠璃同様、日本に古くからある物と言えば、平安期から連綿と続く、僕のこよなく愛する将棋であります。この世界一の頭脳ゲームの頂点は、謂わずと知れた名人位なんですね。1555年ですから室町時代に生まれた、大橋宗桂が初代名人、それから数百年、幾多の名棋士達が、この頂点の座を巡って死闘を繰り広げて来ました。でもね、将棋は完全に実力だけの世界でありまして、そこには性別も国籍も、ましてや何の称号も経歴も関係がありません。その時の将棋の力のみが問われる潔さが、古くから人々を惹きつけて来た由縁でしょう。そしてね、将棋にもし神様が居るとするならば、とっても理不尽で気まぐれだなァ、と思うのですけれど、実力を認められながらも、名人になれなかった棋士も多いんですよ。かなり前ですと、神田や土居。暫く前ですと、内藤・大内。近年では高橋でしょうか。特に大内・高橋の両名は、あと1勝で名人という状況にあり、そして大優勢の局面を築きながら、刀折れ矢尽き、負けてしまうのでした。そしてね、これまた厳しいなァと思いますのは、大名人になる様な棋士は、本当に若いうちから頭角を現すんですね。近年の大棋士と言えば、谷川・羽生の両名が筆頭でしょうが、この2人、何と中学生でプロになる程でした。おまけに、谷川先生は21歳で、羽生さんは24歳で名人の座を射止めました。並み居る強豪、その中には60代の大ベテランも居る訳で、それを押しのけて二十歳そこそこの若者が社長になる様なものでして、棋界の凄さ、厳しさがお分かりになられるかと思います。

さて、現在の名人は羽生さんでして、未だ44歳ながら、獲得したタイトルは現時点で何と90、将に将棋界のスーパー・エリートなんですね。天下無双、盤石の強さを誇る羽生さんに挑戦するのは、41歳で初めて名人戦に登場する、行方尚史八段であります。将棋ファンでなければ、行方さんをご存じない方が殆どでしょう。羽生名人とは実に対照的でして、僕、行方さんを密かに応援しているんです。羽生さんは、都内に生まれご両親の愛情に恵まれスクスクと育ち、好敵手にも恵まれ、中学生でプロになってからは順風満帆、棋界の誰しもが認める大名人であります。

さて、行方さんは青森は津軽のお生まれ、何だか太宰治を想わせるんですよね~。青森では中々将棋を指す相手すらおらず、それでもプロを目指した行方さんは、何と小学校卒業後に単身上京するんですね。細々とした仕送りとアルバイトで独り暮らしを始め、奨励会という棋士養成所に入り、プロを目指します。将棋のプロを目指すという目的は、周囲には全く理解して貰えず、アパートの大家さんや教師や友人に罵倒されたり馬鹿にされたりと、辛い青春を送ります。不摂生が祟り重い病気も患い、精神的な支柱だった将棋の師匠も喪い、それでも何とか20歳でプロ棋士になるんですね。その孤軍奮闘、悪戦苦闘の10年近くを振り返っての、行方さんの手記を引用しますね。

奨励会は地獄です。負けて、何度絶望したか分かりません。もし奨励会を退会すれば、僕は死ぬ以外に無い。プロにもなれず田舎に帰る訳にはいきません。親からはしょっちゅう帰って来いと電話が来ていました。でも、僕は帰ったら負け犬になると思っていました。僕は、血を吐くまで戦い続けます。

まだローティーンの頃なのに、この情念と純粋さ、そして悲壮さと切迫感には胸を突かれますし、涙が溢れる思いです。そして、少しずつですが、粘り強く昇段を重ね、プロになって21年目、41歳の今年、とうとう名人位に手が届く処まで来たんですね。羽生さんが24歳の時、そこにある蜜柑を取る様に名人になったのと較べると、ウサギとカメの様ですが、ここまで来たんだ行方さん、けっぱれ!!そしてね、これは個人的に強く共感を覚えるのですけれど、辛かった修業時代を支えたのは、パンク・ロックを聴き、そして、将棋で稼いだお金でポール・スミスのスーツを買う事だったと言うんですよ。それも、ブルー・ハーツにハイロウズにミッシェル・ガン・エレファントだそうで、スーツもブリティッシュ・トラッド、僕と趣味が同じ♪

大名人の羽生さんの牙城は高く、これを乗り越えるのは容易ではありません。下馬評でも、羽生乗りが圧倒的でしょう。でもね、羽生さんには申し訳ありませんが、今回は行方さんに勝たせてあげたいなあ…。ともあれ、4月8日から、東京は椿山荘で開幕する今季の名人戦、僕、思い切って応援に行こうかな!?
スポンサーサイト



コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

しもごおり

Author:しもごおり
OSHブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR