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the times they are a-changin'

は~、、疲れました…。アイム・ソー・タイヤード、とジョン・レノンは気だるげに唄っていましたけれど、僕も全く同じ気分、マイ・マインド・イズ・オン・ザ・ブリンク、頭がちゃんと働かない、の意で良いのかな!?何だかね、朝から忙しなく動き廻っていた所為もあるんでしょうか、ストレスフルな状況が続き、本当に疲れました、i am so tired…。何て言うんですかね、ビジネス・シーンにおける約束事、これが出来ない人が多過ぎるんですよ…。最初の大前提をひん曲げたり、自分からお願いした事を全部忘れていたり、大した用事じゃないのに馬鹿丁寧に問い合わせ--こっちは大事な電話中ですよ~。--したり、兎に角都合の良い解釈をしたり、テメエは神か!?と問い正しくなります。こういうご仁に限って、普段はちっとも親しくないのに、困った時だけ泣きつき、自分の要求のみを通そうとします。そして全てを忘れてしまい、記憶の改竄をしちゃうんですね…。この様な事が何度も続き、余りに信用出来ないので、文書として残そうとすると、それは頑なに拒否したりして、ホント、一体全体どういう精神構造なのかなあ…。♪探し物は何ですか 見つけにくい物ですか 鞄の中も 机の中も 探したけれど見つからないのに まだまだ探す気ですか♪、♪俺の 俺の 俺の話を聴け 2分だけでも良い~♪、僕、人の醜い処だけを抽出してクローズ・アップして見せつけられている気がして、もうイヤ~、ダメよダメダメ~、って、こんな安直なギャグを書いちゃあいけませんね、ちょっと反省…。

冒頭から愚痴ばかりで大変申し訳ございませんm(__)m。どうか読み流して頂けたら幸いです。それにしても、今日は朝から仏事だったのですけれど、ウチの親父が亡くなって早10年ですか…。我や先、人や先、今日とも知らず明日とも知らず、遅れ先立つ人は、元のしずく、末の露より繁しと言えり。されば、朝には紅顔ありて夕には白骨となれる身なり。うん、僕は決して敬虔な仏教徒とは言えませんけれど、この本願寺蓮如の御文は、やはり胸に染み入るものがあります。住職のお経を聞きながら、亡父の事を色々と思い出しておりました。亡父はお茶目で直言するタイプでしたから、誤解が生じる事もしばしばでしたけれど、どうもこの年になると、僕も親父に似て来たなあ、と思います。僕、どうもね、物事の本質を前置き無くズバリと言ってしまうものですから、大反発されちゃうんですよね、猛省…。

さて、父の思い出は拙ブログで再三再四、縷々綴って来ましたけれど、自ら被災した東京大空襲の話なぞ、100回は聞かされました。北関東の幾つもの病院でバリバリに活躍した話、カラスや鷲を手懐けた事、お見合いを30数回し、相手からは結婚を熱望されながら全て自分から断った件。そして、東京の両国高校を首席で卒業、東大医学部合格間違いなしの神童と呼ばれながら、試験当日に40℃の高熱が出て、惜しくも不合格になり、仕方無く千葉大に乞われて行った事。因みに、翌年も東大を受験したものの、今度は激しい腹痛の所為で落ちてしまった事。何だか後半からはかなりの眉唾なんですが、本人が珍しくシリアスな貌をしてよく言っていましたのは、「後数年、戦争が続いていたら、俺は船医で従軍していただろうなあ…」という事でした。親父は昭和8年の生まれ、終戦は20年、これがもしあと10年戦争が続いていたならば、確かにそうだったでしょう。僕の母方のご先祖様も、中国で長年従軍されたり、通訳としてフィリピンに向かったものの、その途中の洋上で戦死された伯父さんとかいますもんね…。さて、親父は兎に角、海が好きで、ヨット部に在籍したという事もあり、「行くなら海軍に入っていたよ!」というのが口癖でした。

その海軍繋がりなんですが、彼のマイクロソフトの創業者の1人でもある、アメリカの大富豪、ポール・アレンさんが、フィリピンのシブヤン海の海中で、沈没した戦艦武蔵を発見しました。流石はビジネスで大成功しただけあって、武士の情けを知る男、彼はアイルランド系の生まれだそうですから、騎士道精神が分かるんでしょう。と申しますのも、アレン氏曰く、「乗り組み員に謹んで哀悼の意を表し、発見した軍艦武蔵については、自腹で引き揚げて、日本政府に無償で寄付したい。そして、日本の伝統にのっとった形で、敬意を持って扱いたい。」ですって!僕、アメリカという国は大嫌いですが、アメリカ人そのものが嫌いな訳ではありません。ポールさん、何て太っ腹かと思いますし、素晴らしい心の持ち主であり、その気持ちだけでも嬉しいです。本当にありがとうございますm(__)m。

この戦艦武蔵、彼の有名な大和の姉妹艦であり、かっては海洋国家日本の象徴とも言える大きな存在でした。と申しますのも、現在に至るまで、世界最大の戦艦でありまして、全長263㍍、積んでいる大砲の口径は46㌢ですから、42㌔先まで弾が届くんですね~。敵の弾が届かない距離から大砲を撃ち、先に沈めてしまうという発想の元、造られた世界一の戦艦だったんですね。ところが、所謂パラダイム・シフトが起き、飛行機に爆弾を積んで攻撃した方が有効となり、大和武蔵が完成した時には、既に時代遅れの代物となっていたのです…。その時代の変化について行けず、資源不足もあり、劣勢に追い込まれた海軍の乾坤一擲の大作戦が、フィリピン争奪戦となったレイテ沖海戦だったのですが、憐れにも完敗、武蔵はアメリカの爆撃機の集中攻撃で、沈んでしまったのでした。その後、姉である大和も沖縄沖で沈没、挙句の果てに原爆を落とされ、日本は負けてしまいます。でもね、「戦艦大和ノ最後」という、簡潔な文章が続き、一種異様な迫力の必読の名著がありますけれど、当時の軍人さんは、幾つもの失敗を犯し、特に陸軍は頭が悪かったんですが、日本の為に、全身全霊で必死に戦った事を決して忘れてはならない、僕、そう思います。ポールさんにおんぶに抱っこで大変申し訳ありませんが、是非武蔵の一部でも引き揚げて貰って、彼女の本籍である長崎か、お姉さんの故郷の呉の大和ミュージアムに、里帰りして欲しいなあ…。武運拙く沈んだのが、昭和19年ですから、もし引き揚げが実現し、日本に戻れば、実に71年ぶりの帰還という事になります。そして、この国を守る為に戦った多くの英霊達、彼らの思いはきっと、平和な日本を作って欲しい、という事だったと感じます。僕達子孫が、その願いを踏みにじっては、あの世で合わせる顔がありませんよね…。最近の右傾化し続ける現政権の行方が、僕、心配でなりません。

そして、もう1つのパラダイム・シフトを強く感じましたのが、この武蔵の海中での映像、それは飛行機を射出するカタパルトであり、錨であり、艦首の菊のご紋章であり、大砲等々がクリアに見られたんですが、これがTVでは無く、YOU TUBEだった事であります。これね、少し前ならば、新聞ですとかTVでなければ伝えられなかったと思うんですよ。それが今では、一個人がこの映像を全世界に発信出来るんですもんねえ!ボブ・ディランの名曲、「時代は変わる」そのままの世界でありまして、新聞も十万部単位でドンドン部数が落ちていますし、TVにしたって、例えばTBSなんて、「赤坂サカス」なんて得意になっちゃって、今じゃあ殆ど不動産会社と変わりませんもんね~。当院は勿論の事、僕自身も世の中の動きについて行かねばなりません。そうだ、僕、今年こそ久方振りに映画の新作を撮りたいんですが、もしクランク・アップ出来たら、YOU TUBEで流そうっと!その時は読者の皆様に是非告知しますね!!

さて、今日は本当に疲れましたし、これから、キューバ音楽をかけて、ミュシャの絵を観ながら、エスプレッソを飲もうっと!週末のお天気は段々と下り坂の様ですけれど、皆様、楽しいウィーク・エンドをお過ごし下さいm(__)m。それでは来週月曜日に又お会いしましょう!adios,seǹoras y seǹores♡♡♡
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