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努力は運を支配する

読者の皆様、おはようございます!いや~、年度末と月初めが重なった所為か、最近妙に忙しいんですよね~。昨日は結局お昼が食べられませんでしたし、今日の午前中は来客ラッシュ、午後は面談で夜は会食ですから、何だか書いているだけでへばりそう…。僕、何時もはネクタイぐらいは楽しくお洒落したいな~と、ドットやプリントや小紋が多いのですが、今日は、クレストかソリッドか迷ったのですけれど、それでは余りにフォーマル過ぎますから、無難に紺と淡い紫の、レジメンタルストライプにしました。うん、これなら、大事なお客様方にも失礼が無いかと思います。

ともあれ、こういう忙しない時の食事って、やっぱり握り飯が一番でありまして、僕、それで何時も思い出しますのは、選挙のお話なんです。故田中角栄さん、毀誉褒貶相半ばしますが、僕、やっぱり魅力的で頭の良い、器の大きな人だったと思います。さて、その角栄さんが選挙運動の真っ最中の折の事です。こういう修羅場の時って、寸暇を惜しんで、人に会って己の政策を訴えたり、握手すべきじゃないですか。角栄さんは選挙中、車中で移動しながら、お昼時になると、大きなお握りを2つ食べ熱い番茶を飲み、3分でご飯を終わらせ、それで時間の無駄を無くし、兎に角街頭に立ち、演説をした由なんですね。うん、これぞプロの政治家だなァ、と感心しますけれど、今の民主党の或る議員さん、選挙中においても、パワー・ランチと銘打ち、少数の支持者と優雅にフレンチを食べていたそうでして、見事に落選したそうですが、そりゃそうでしょうね~。そんな姿勢で政策を訴えても、そりゃ国民の胸に届きませんよ。ましてや、与党の際には、菅から野田から、国政を滅茶苦茶にかき回しておいて、フレンチを食べながら、「失業率を改善します」とか何とか言われても、説得力ゼロでありまして、今の民主党の面々は、偏差値は高いんでしょうが、「涙とともにパンを食べた者でなければ、人生の本当の味は分からない」、この言葉を噛み締めるべきでしょう。庶民の心情を、心根を知る勉強をしなさ~い!

閑話休題、この手の状況判断の出来ない野暮天は兎も角としまして、拙ブログではちょこちょこ取り上げていますが、科学や技術の進歩による、新たな発見は果てしがないですよね~。こんなに新発見が続きますと、何とか長生きして、色んな事を知りた~い、と欲深くなりますよね。はやぶさ2号機は、宇宙の果ての小惑星に向けた航行に入り、地球に戻るのは2020年だとか。「しんかい12000」、これは有人潜水艇ですけれど、現在の物は「しんかい6500」ですから、その倍潜れる訳で、これがちょうど、はやぶさ2号機が地球に戻る、2020年には完成するそうであります。この「しんかい12000」が完成すれば、世界一の深海である、マリアナ海溝まで潜れる訳でして、今まで見た事も無かった生物の発見があるのではないでしょうか。同じく深海ですけれど、フィリピンのシブヤン海の海底で、戦艦「武蔵」が見つかったとか。当時世界一の規模の戦艦であり、レイテ沖海戦の激戦の末、撃沈されたのですが、当時の日本帝国海軍の方々のご冥福をお祈りします。合掌、礼拝…。

そしてね、これは日本の本土のお話であります。奈良県で発見された都塚古墳、これ、非常に特異なフォルムでありまして、どうもね、6段から成る、かなり巨大で、そしてピラミッドに酷似した、日本では類を見ない物だとか。どうやらこれ、古代の日本を牛耳り、そして歴史の中に消えた、蘇我一族の墳墓である事は間違いなさそうです。そしてね、同じく奈良県の新沢千塚古墳で切子ガラスが出土した由、これ、5世紀の物らしいんですね。古代ペルシャ王朝で造られたガラスと全く同じだったそうで、確か正倉院にも同様の切子がある筈ですけれど、こちらは8世紀ですからね~。先の蘇我一族のピラミッドといい、この切子ガラスといい、どうやら後世の僕達が思っていたよりずっと、古代から世界的なネットワーク、大規模な流通網があった事は間違いなさそうです。学生さん達の教科書も、こりゃ書き直す事は必至ですね~。

化学技術の発展による様々な発見、これ即ち人間の無限の可能性の素晴らしさを指し示すもの、僕、そう思います。さて、昨日から引き続いてラグビーのお話で恐縮なんですが、今日の拙ブログでは、その人間の可能性を最大限発揮した、偉大なるラガーマンをご紹介したいと思います。

その方の名は、故宿沢広朗さん、でありまして、今はもう、知る方も少ないと思います。さて、この宿沢さん、将に文武両道を地で行く方でして、英語はネイティブの様にペラペラ、東大現役合格間違い無しだったそうですが、当時の学生紛争の影響で東大入試が中止、早稲田大へと進みます。早速ラグビー部に入部、160㌢の小兵ながら、抜群のキャプテンシーとずば抜けたゲーム・メイクで、早稲田大を2年連続日本一の栄冠へと導きます。大学2年生、弱冠20歳で日本代表に選ばれるんですから、その実力が分かりますよね。大学卒業後は住友銀行に入行、為替トレーダーとして、めきめきと頭角を現し、ロンドン支店へ栄転、49歳の若さで役員に選出されるんですから、如何に優秀な銀行マンだったかが偲ばれます。

そして、銀行に勤めながら、ラグビー日本代表監督に就任、二足のわらじを履く事になるんですね。ここで宿沢さんは、2つの偉業を成し遂げます。ラグビー強国であり、今まで何度対戦しても勝てなかったスコットランドに、接戦の末見事勝利を収めた事。そして、昨日の拙ブログでも触れましたけれど、ラグビー・ワールドカップにおける、日本の唯一の勝利は、この宿沢監督時代の事でした。その勝利は、アフリカのジンバブエから得たものでしたが、宿沢さんが監督当時は、1990年でしたからね。今と違ってネットもフェイスブックもありませんから、ジンバブエのラグビーの情報なぞ皆無な訳です。そこで宿沢さんは、銀行の役員業務を続けながら、3泊5日の強行軍で、単身ジンバブエに乗り込み、偵察をしたというんですから、そのバイタリティには頭が下がります。

日本ラグビーにプロ・リーグを造ったのは宿沢さんであります。そして、ラグビー協会でも住友銀行でも、長期間重職を担い、そのハード・ワークが祟ったのか、もう9年前ですか、55歳の若さで急逝したのは、本当に残念でなりませんし、宿沢さんの悲願でもあった、日本でのワールドカップ開催を見せてあげたかったなあ…。宿沢さんが60を過ぎたら、住友銀行頭取兼日本ラグビー協会会長、という道筋は既に出来ていたそうですが、常に全身全霊で生きた方ですから、きっと後悔は無い様にも思えます…。

あっ、そうだ、1つ忘れてました。僕、明日明後日と中々忙しく、ブログの更新は暫しの間、不定期になるかもしれません。ご了承下さいませ。では最後に、僕の大好きな宿沢さんの言葉は沢山あるのですけれど、1つだけご紹介して、今日の拙ブログの結びと致します。

努力は運を支配する。
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