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出雲の稲妻 

折角の建国記念日の祝日なのに、生憎の曇天で残念ですが、読者の皆様方、如何お過ごしでしょうか!?それにしても、連日寒くて仕方がありませんよね~。地球の歴史を振り返れば、所謂スノーボール・アースと呼ばれた時期が3度あったそうです。これ、要するに、地球全体が氷結してしまうんですね。その氷は、場所によっては1000㍍もの厚みがあったそうで、いやはやなんとも、想像を絶する状態で、人間がその時代に居なくて良かったですよね。実際、多くの生き物が、大量に絶滅したそうです。尤も、最新の研究では、氷に覆われた中で、酸素が高濃度になりますから、新たな生き物が沢山生まれ、そして大陸がくっついては離れたそうでして、禍福は糾える縄の如し、その地球の悠久の歴史の果てに、僕達ホモ・サピエンスが誕生した訳です。酸素や二酸化炭素の比率が少しでも変わっていれば、僕達は地球に住めないんですから、この偶然には、ただただ感謝するしかありませんよね。

一期一会という訳ではありませんが、昨日は当院職員の皆さんと会食の機会がありました。参加された有志の皆様、本当にありがとうございましたm(_)m。しかし、今日がお休みという事もあり、昨夜の大分の繁華街は随分賑わっておりました。僕、流石に疲れてしまって、適当な処で帰ってしまい、大変失礼したんですが、夜の巷に消えた方々も居た様で、元気が良いなあ~。何でも、パトロールだ~、蝶々採集だ~、と結構盛り上がっていたみたいで、僕、意味が良く分からなかったんで、今朝聞いてみたんですよ。そうしましたら、夜の蝶々採集ですよ、ですって…。語彙が豊富で大変結構ではあります…。

閑話休題、寝ぼけ眼で新聞を見ておりましたら、将棋の女流名人戦が終わった由でして、里見香奈さんが6連覇の偉業を達成しました。僕ね、この里見さんって、将棋界の歴史に挑む、偉大なるチャレンジャーなんですが、余りに知られていないんで、憤慨しているんです。という訳で、今日の拙ブログは、この里見さんに関するエトセトラと参りましょう。

さて、将棋の原型のチャトランガというゲームが、インドから日本に伝わったのが6世紀頃であります。将棋の親戚筋のゲームとしては、欧州のチェスや中国の象棋にタイのマークルック等々、色々とあるんですが、取った駒を使えるのは本邦だけでありまして、これが世界で最も複雑なゲームと言われる所以なんですね。さて、第六天魔王織田信長公の時代に、初めて将棋の名人、という称号が生まれ、それを江戸幕府が引き継ぎます。そして、名人は世襲制から実力制に変わり、現在に至る訳でして、およそ1400年近い歴史があるんですね。

ところが不思議な事に、あのハードなボクシングの世界ですら、女性の進出が目立つこの時代に、将棋界においては、男性に伍する女流棋士って、1400年間、1人もいないんですね。将棋の世界では、男性と女流には明らかな実力差がありまして、プロになる基準も全く異なります。男性の場合、全国津々浦々から、天才と呼ばれその地方では敵無しの神童達が集まり、奨励会というプロ養成機関に入ります。そして、その中で数年間、勝率7割ぐらいをキープし続けなければ、棋士にはなれないんです。年齢制限もあり、極めて過酷な世界なんですね。女性の場合、女流棋士になるハードルは低いんです。正直、十数年前ならば、僕はアマ3段ですが、下のクラスの女流棋士ならば、もしかするとハンデ無しでも良い勝負になるんじゃないか、というレベルだったんですね。

さて、いよいよ里見さんの登場なんですが、女流の全てのタイトルを独占、即ち女性の中では無敵でありまして、それだけでも大したものなんですが、先に触れた奨励会に入り、男性プロの世界に勝負を挑んだんです。棋士は4段からがプロでありまして、そこで初めて給料を貰えるのですね。里見さんはとうとう3段まで昇段しまして、後1歩で4段の座まで来たんです。現在は、その奨励会でただ1人の女性として、男性と戦っている状況です。女流名人として充分このままやって行けるのに、あえて困難な道を選び、より高い世界に挑戦するだなんて、まだ弱冠22歳の女性ですが、僕、本当に尊敬するなあ。

彼女の生育歴を見ていますと、正直、ハンディばかりなんですよ。出雲市の生まれですから、大変失礼ですが、正直田舎ですよね。棋士の皆さんは、やはり好敵手が多く情報量が豊富な、大阪か東京に住んで修行する、というのが一般的なんですよ。ところが、里見さんは出雲市に居たままで、ネットや書物で必死に勉強し、そして、小学校高学年から、金曜日の深夜の高速バスに乗って上京、土日の全てを使い、都内で一所懸命将棋を指したそうです。そして日曜深夜に東京を出て、月曜早朝に出雲着、シャワーを浴びて着替えて登校、この生活を10年続けたそうです。移動の折や休み時間や部活の合間、風呂やトイレでも、寸暇を惜しんで詰将棋を解き、そして棋書を読み、島根県の名門高校をきちんと卒業し、卓球部でも活躍されたそうですから、将棋の神様も、この真摯な努力と日々の弛まぬ精進は、きっと認めて下さるに違いありません。好きこそものの上手なれ、とは良く言ったもの、彼女はただ将棋を純粋に愛し、休みなぞ全く無い日々も、決して辛くはなかったんでしょう。これぞ真の大和撫子でありまして、本当に頭が下がる思いがします。

でもね、話は少々変わるんですが、今まで何故、女性は男性に将棋で勝てなかったのか、僕、この拙ブログを書くにあたって、じっくり考えてみたんです。僕、女流棋士の棋譜を並べてみまして、彼女達の将棋を観察した処、或る1つの傾向に気付きました。将棋とは対話である、これ、僕の持論なんですね。将棋は一手づつお互いに指す訳ですから、「これから真ん中を攻めますよ。」「そうですか、では守りましょう。」「そう来ましたか、それなら端を攻めますね。」、こういう具合で進んで行くんです。ところがね、女流棋士の皆さんの指し方を見ていますと、「これから真ん中を攻めるわよ。」「あらそう。私はあなたの王様を直接攻めるわ。」「フン、何よ。真ん中を攻め落としてやるわ!」「ああそうなの。あなたの王様は先に頂くわよ!!」、てな具合でして、皆さん猛烈な攻め将棋なんですよ。確かに見ていて派手で楽しいんですが、ここで一手受けとけば楽なのにと思うのですけれど、相手の話を全く聞かず、ガンガン攻め込むんですよね~。女性と言えども立派な勝負師であり、勝気で負けん気が強い方が多いのはお察ししますが、それにしても強烈な攻め将棋が過ぎる様に感じました。ここさえ修正すれば、男性を抜く女性のトップ・プロが生まれてもおかしくありません。

話を戻しまして、里見さんの生まれた島根県って、進取の精神に富み、新たな世界で勝負する、スケールの大きい人物が多い様に思います。テニスの錦織圭選手を筆頭に、古くは歌舞伎の始祖である出雲阿国、本邦初のヨーロッパ流の近代劇を始めた島村抱月。西洋哲学を日本に紹介した西周、そして森鴎外。近年では、スカイツリーのデザインを手掛けた彫刻家の、澄川喜一さんといった処でしょうか。これ、僕の仮説なんですが、島根県にある出雲大社が象徴します様に、古代のこの地は、異国からの多種多様な文化を受け入れる唯一の場所でしたから、そのDNAが、里見さんを始め、各界の偉大な挑戦者達に引き継がれたんじゃないでしょうか!?

さて、僕、明日から博多に2泊3日の出張でありまして、土曜日の夜に大分に戻る予定です。次回の拙ブログの更新は、恐らく来週になると思います。暫しの間、読者の皆様とはお別れですが、お元気でお過ごし下さいませ。来週の土産話をお楽しみに、それでは行って参ります!
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