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ピッチャーは替わりまして久保田、背番号30

今日現在での、拙ブログの総拍手数が、34万41、という事でありまして、これも一重に読者の皆様方のご贔屓の賜物です。本当にねえ、ただの素人の駄文拙文の連続なんですが、ここまでの数になりますと、身が引き締まる思いが致しますし、感謝感激雨あられ、いつも本当にありがとうございますm(__)m。1度はオフ会とかもやってはみたいのですけれど、読者の皆様方も全国津々浦々にいらっしゃる様ですし、中々難しいのかな…。何はともあれ、今後も書き続ける所存ですので、叱咤激励ご指導ご鞭撻の程、何卒宜しくお願い申し上げます。

今朝は僕、頂き物の佐伯の緋扇貝の炊き込みご飯に、これまた頂戴した沢庵で朝食を済ませました。緋扇貝は余り知られていないのですけれど、佐伯は蒲江の名産でありまして、味は帆立を繊細にした感じ、中々の美味なんです。非常にカラフルな貝殻の色が特徴でありまして、皆様、大分の佐伯にお寄りの際は是非お召し上がり下さい。この佐伯、僕、密かに日本一鮨が美味しい街と勝手に決めているんですが、以前の拙ブログにも書きましたけれど、何でもない普通のお店に入っても、「何!この魚の新鮮さ!」と驚く事請け合いです。特にお勧めは、居酒屋のおおたけと、福寿司でしょうか。だってね、カウンターにネタを入れるケースがあるじゃないですか。これ、東京の銀座などですと、お高くとまっちゃって、気取って小さなネタを綺麗に並べてお上品にしていますよね。でも、佐伯では、そんな萎びた魚とは違って、皮や目がピカピカ光った魚や色とりどりの貝が、そのネタ・ケースに入りきれないぐらいでありまして満員御礼、ギュウギュウにパンパンに詰められてますよ!魚なんて、顔面がガラスに押し付けられてますし、僕の大好きな蟹なぞ、何匹も無造作に押し込んであります。そして、これが又、格安で美味しいんですよね~。都内の4分の1の価格帯で、新鮮さは断然佐伯の方が上なんですから、こりゃあ行かない手はありませんよ!僕の同郷の友人に、雑誌の編集者になった男がおりまして、彼は仕事で日本の全ての都道府県を廻ったのですけれど、「鮨は、山陰・北海道・大分に限る!」と断言していました。大変申し訳ありませんが、「久兵衛」「すきやばし次郎」なんて勝負になりませんよ!

閑話休題、昨日の拙ブログで、我が家のギャンブルについてお話したかと思います。それで思い出しましたのが、かってプロパーさんと呼ばれ、今はMRかな、製薬会社の営業の方々が開催していた、高校野球を対象にしたものなんですね。これ、今から40年ぐらい前の昭和40年代の話なんですが、流石に今は何処もやっている会社は無いでしょう。当時、日本の景気は上り調子で、コンプライアンスという概念すら無かった時代ですから、製薬会社さんが胴元になりまして、高校野球で賭けをしていました。もう直ぐ春の選抜高校野球が始まりますけれど、当時は代表校が32校だったんですね。これを4校づつ8つに割り振ります。その4校の枠の中には、強い高校も弱い処も綺麗に振り分けられていまして、そこで皆さん、「1-4」だ、「2-7」だ、と賭けるんですね~。お蔭で、春と夏の高校野球が開催される時は、我が家は結構な盛り上がりでした。でもね、聞いた処によれば、昭和40年代は大らかでのんびりしていたと言うか、製薬会社だけで無く、他の多くの職種は勿論の事、官公庁でも大っぴらに賭けが行われていた由です。そう言えば、我が家の麻雀大会に、自衛隊のお偉いさんとか、警察署長とか来てましたもんねえ。「署長、その三万で逮捕よ!ロ~ン!」とか母親が喜んでましたけれど、もう40年近く前の話ですから、どうぞお許し下さいm(__)m。

さて、野球と言えばいよいよ球春到来でありまして、僕の様な大のファンにとっては胸躍る季節となりました。未年の生まれですが、園児の頃からの虎のファンの僕にとっては、やっぱりタイガースの動向が気になります。特に今年は外部からの補強に全て失敗、若手の底上げが必要な年となりましたから、和田監督の育成手腕が問われて来るでしょう。島本・岩崎・山本・岩貞・横山の20代のサウスポー5人衆、捕手は勿論梅野君、内野では北條・陽川、外野の伊藤隼太に横田、このうち誰が出て来るのか、本当に楽しみではあります。

でもね、僕、昨日ネットを見ていて胸を打たれた記事があったんです。それは、阪神の打撃投手を務める、久保田選手の事でして、いやあ僕、久々に古風な日本男児を見た気がして、何だか気分が良いんですね。さて、久保田選手と言えば、阪神ファンにはお馴染みの、JFKという愛称で呼ばれた、抑え投手の3本柱として、タイガースに多大な貢献をしたプレイヤーです。僕、コントロールはそう良くなく、変化球もそこそこ、それでも抜群の球威と強いハートで相手を抑える、この久保田投手の大ファンだったんですね。気は優しくて力持ち、何だか金太郎さんの様な容姿も好きでしたが、彼の凄さは、何と言っても、そのタフネスにありました。これ、80年になろうとするプロ野球の歴史で、今後破られる事が無いであろう、アンタッチャブル・レコードと思いますが、2007年に、何と90試合に登板したんですね。プロ野球って、年間144試合でして、嫌な顔1つせず、そのうち90試合で投げるって、肩や肘が悲鳴を上げていたと思いますし、こんな酷使をする当時の岡田監督の采配にも、非常に疑問がありましたが、今時、滅私奉公と言いますか、こんなフォア・ザ・チームの男はいませんよ。WBC日本代表にも選ばれ世界一となり、タイガースの2度のリーグ優勝に貢献、オール・スター・ゲームにも選出され、最優秀中継ぎ投手のタイトルを2度獲得、という一流プレイヤーでした。そして、長年の酷使の挙句、肘がパンクしてしまい、去年引退となったんですね。未だ34歳、彼程の実績があるのならば、評論家や解説者やコーチの道も勿論あったと思います。ところが、これだけの実績を残した元1億円プレイヤーの久保田選手が選んだのは、チームの打撃投手、という裏方さんでした。これ、余りに知られていませんが、打撃練習の為に毎日毎日黙々と300球以上を投げ、裏方さんですから先ず日の目を見る事の無いポジションですし、そして給料は雀の涙であり、かっての何十分の一なんですね。今の自分が、かってお世話になったタイガースに何が出来るかを考えた末の決断と言いますが、かって散々スポットライトを浴びたプレイヤーが出来る選択じゃありませんよ。そして、阪神優勝に2度貢献したプレイヤーですから、球団の内外で誰もが彼を知っている訳です。それでも、打撃投手として再出発するキャンプ当日の朝、「改めてタイガースにお世話になります、久保田智之です。宜しくお願いします!」ときちんとナインや球団関係者に挨拶に廻った由、阪神の功労者で素晴らしい実績があるのにこの謙虚さ、僕、感動して涙が出ましたよ!!久保田智之は男でござる、本当に素晴らしい人と思いましたし、彼の今後の人生は、現役時代よりきっと、素晴らしい未来が待っているでしょう。好漢久保田打撃投手に幸あれ!!

来年、当院も60周年を迎える訳ですが、当院も、この久保田選手の様な素晴らしい人間性を持ったスタッフを育てて行かねばなりません。とりあえずは、有志の皆さんの希望を聞いて、野球繋がりじゃありませんが、60周年記念スタジアム・ジャンパーは造ろうかな!?レザー部分は茶色のラム・スキン、胴体の部分は黒かネイビー、バック・プリントも勿論入れ、胸には英語の筆記体で大分下郡病院、そして腕にはsince1956、と入れたいとは考えています。
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