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~~ 放浪記 ~~

大分は昨夜から氷雨でありまして、何とか出社したのですが、足元から冷気が来る感じ、非常に困りますよね。さて、今朝は将に雨蕭々、という感がありますけれど、これ、雨音がもの寂しい様という意味なんですね。全く同名の小説がありまして、それが永井荷風先生の「雨蕭々」という作品なんです。独り身の作家が颯爽と登場、これは筆者の永井荷風の分身でしょうが、19歳の芸者さんに長唄を学ばせるのですが、結局は江戸情緒を解さず、上手く行かない事を嘆く、という小説か随筆か曖昧な一作なんですが、「跳釣瓶の竿に残月のかかつた趣なぞはしらう筈もない」と哀しくなるんですね。跳釣瓶、はねつるべ、と読みまして、井戸水を汲み上げるものなんですが、この作品が書かれたのは大正10年ですから、既に都内では水道が普及していた、という事でしょう。でもね、こういう江戸情緒、僕、決して嫌いではありません。さて、この「雨蕭々」が書かれたのは、荷風先生が建てられた偏奇館、と名付けた洋風建築においてなんですが、このお屋敷は今の六本木に位置します。ホテルオークラを出て正面にはアメリカ大使館、その裏手がサントリー・ホール、それを右に見ながら歩く事暫し、スウェーデンやスペイン大使館近くに泉ガーデンタワーという高層ビルがあるんですね。そこがかっての偏奇館跡地でありまして、都心にしては緑が豊富ですし、六本木の喧噪が嘘の様に静かなんです。成程、今でさえそうなのですから、かってはさぞ落ち着いていたでしょうし、小説の想を練るには最適だったのに違いありません。実は僕、都内のホテルオークラ近くの小さなマンションでも借りて、そこに住もうかな、と思ったぐらいです。と申しますのも、閑静な一帯ですし、散策にもショッピングにも観劇にも映画鑑賞にも便利、大使館が沢山ありますから警官が常駐しており治安も良く、不意の来客があってもオークラでお茶でも食事でもすれば良いですもんね。とは言え、物価が高いのが玉に瑕、泣く泣く断念した次第です。

かっての文人墨客の寓居を訪ねる散歩も、中々乙な味わいがありまして、もっと都心の日本橋界隈も悪くありません。この地は謂わずと知れた谷崎潤一郎のホーム・タウンなんですね。先の雨で思い出しましたけれど、かっての日本橋には照降町--てりふりちょう、と読みます。--、という地域がありました。これ、下駄屋と傘屋が軒を連ねている区画なんですね。雨が降れば傘屋が喜び、晴れれば下駄屋が嬉しくなる、という事で照降町と名付けられた訳で、同じ状況でも泣く女が居れば笑う男も居る、うう~ん、昔の人のセンスには脱帽するばかりです。さて、谷崎が生まれたのは日本橋蠣殻町、読んで字の如しで、今はその面影はありませんけれど、かっての江戸が水利に恵まれた海の街だった事が分かりますよね。この界隈は、小網町に小舟町、浜町に中州、堀留に八重洲とありますから、目の前で江戸前の美味しい魚が、さぞ沢山獲れた事でしょう。尤も、今では全て埋め立てられてしまっていますが…。さて、蠣殻町近辺を散策しますと、水天宮があり名物の人形焼があり、常に行列の出来る鳥鍋屋、創業250年の玉ひでがあります。そして、「しがねえ恋の情けが仇に…」で広く知られる「与話情浮世横櫛」、歌舞伎の演目になりました料亭、玄谷店濱田屋があるんですね。呉服に扇子、手拭いに風呂敷、ぜんざいにあんみつ、江戸情緒に溢れた町なんですが、小春軒という気さくな洋食屋があり、その直ぐ傍が谷崎の生誕の地なんです。小春軒の初代は明治の元勲、山縣有朋のコックを務めたぐらいでして、今では4代目が暖簾を継ぎましたが、メニューもレシピも当時のままです。決して高くありませんし、麦酒でも飲んで築地直送の平目のソテーや、名物のカツレツでも食べれば、気分はもう明治の文豪、鴎外か漱石、露伴か鏡花であります。

荷風・谷崎と来まして、さてどうしようか、自分の行った処で無いと文章は書けないしな~、という処で思い出しました。生涯に書いた原稿は12万枚、数えきれない程のベスト・セラーを書いた松本清張先生、彼は九州の人ですから、そのイメージが強いですけれど、上京してからは練馬区石神井に住んでいたんですね。練馬と言えば武蔵野でありまして、国木田独歩が有名ですけれど、清張先生の風景描写もまた、流石は芥川賞受賞作家だけあって素晴らしいんですよ。「樹林は陽をさえぎって、草を暗くしていた。径の脇では去年の落ち葉が重なって、厚い朽葉の層の下には、清水がくぐっている。葦が、茂った草の中で老いていた。深大寺付近では到る所が湧き水である。それは、土と落葉の間から浸みでるものであり、草の間を流れ、狭い傾斜では小さな落ち水となり、人家のそばでは筧の水となり、溜め水となり、粗い石でたたんだ水門から出たりしている。」、うう~ん、文章が格調高いですね~。とても、自作の中で、豊満な色白美人をきっと必ず殺す人とは思えませ~ん!?さて、この武蔵野名物と言えば、庶民に愛された清張先生同様、うどんが有名なんですね。僕、亡き母とこの地に清遊した折、そのうどんを食べた事がありますけれど、非常に腰が強く、とても食べごたえがありました。まァ、武蔵野一帯は関東ローム層ですから水田が少なく、元々小麦の生産が盛んですもんね、さもありなん、と思いました。

さて、都内ばかりでは詰まりませんから、僕の好きな土地の1つでもある下関、ここを代表するのは、one and onlyの女流作家、林芙美子でしょう。「放浪記」「稲妻」「めし」、傑作揃いですけれど、彼女は貧困の中に育ち、散々な苦労をしましたから、非常なグルマン、所謂健啖家なんですね。まるで復讐の様に良く食べた様で、それも、大好物は牛丼に鰻丼にビフテキにフレンチってんですから、彼女の旺盛な筆力、そしてバイタリティが分かる気がします。さて、その彼女が生まれた下関、ここは海峡を隔てて九州でありまして、非常に潮流の強い早瀬なんですね。結構事故も多い処なんですが、ひとたび波が荒れると、将にセイレーン、ギリシャ神話の海の怪物の趣があります。上半身が人間の女性、下半身が鳥、その歌声で人を惑わすという、非常に激しい気性の魔性の怪物なんですが、これが林芙美子を彷彿とさせるんですよね~。かって、荒れ狂う関門海峡を見ながら、そう思った事でした。この地もね、お魚はとても美味しいですし、門司港レトロハイマート、という高層マンションがありまして、常に海峡が見え、ロケーションが素晴らしいんです。是非欲しいなァ、と思った事もありましたけれど、お高い上に早々に売り切れ、とても僕では無理でした…。

今日は何だか思うがままに書き連ねてしまいましたが、食と文藝と旅の三題噺となりまして恐縮でした。楽しんで頂けたら幸いです。さて、今夜は恐らく今年最後の会食がありますし、折角ですから楽しんで参りますm(__)m。
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