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神人

いやあ、嬉しいなあ!僕、拙いながらもこのブログを続けて来て良かった、そう思ったんですね。と申しますのは、昨日の夕刻、コメントを頂いていたのですが、それが、私の母方の遠縁にあたるであろう方からだったんです。何せ、蜷木、になぎ、という余り見かけない姓ですし、宇佐神宮の神官であり、放生会という儀式で蜷貝を捲く、正しくは神人という職を長年務めていた家なんですね。日本広しと雖も、この姓でこの仕事というのは、蜷木の人間しか居ないでしょうから、恐らく遠縁とはいえ、血の繋がりがある親戚が増えた気がしまして、何だか心が暖かくなった次第です。

でもねえ、それに反して心が痛む出来事がありまして、今回の大型台風、先日の拙ブログでもチラリと触れましたけれど、案の定と言うべきか、やっぱり放射能が大量に漏れ出していました…。時事通信に依りますと、「福島第1原発2号機東側にある井戸で、13日に採取された地下水から、セシウムが1㍑あたり25万1000ベクレル検出された。セシウムの濃度としては過去最高値となった。」そうです。何でも、これ以外の放射性物質である、コバルトにマンガンにストロンチウム等々、これらも過去最高値を叩き出した由、何処かの総理がアンダー・コントロールされている、なんて寝言をほざいてましたが、奴の言う事は大嘘じゃないですか!おまけに朝のNHKニュースを見ていましたら、アナウンサーが、「この放射能漏れの対策は今の処無く、東電は見守る姿勢です。」ですって。ただ見てるだけなら、誰だって出来らあ、馬鹿野郎この野郎!あのねえ、あの悲惨な震災から何年経ってるんですか!?恐らくずっと、原発の様子をただ見守って来たんでしょうが、民主も自民も官僚も東電もマスコミも、切腹すら許されないですよ。市中引き回しの上、打ち首です打ち首!

そしてね、獨協医科大放射線衛生学の木村真三准教授が、ボートから採土器を下し、東京湾内のセシウムの調査をしたそうです。東京新聞の記事を要約しますと、沖合に行けば放射性物質の検出が少ないそうなんですが、河口沿いは軒並み全滅だったそうです。荒川に江戸川に多摩川等々、河口部には、セシウムが沈殿する放射能の溜まり場とでも言うんですかねえ、所謂ホット・スポットが多く点在している結果となったそうです。これね、河口だけで無く、陸地にもある筈ですし、定点観測は必須と思うのですけれど、国はそれをやる積もりは無いとか。ホントねえ、安部はこれでもアンダー・コントロール出来ていると強弁するんでしょうが、頭をカチ割って中身を見てみたいですよ!!こんな放射能が滞留している様なヤバい場所で、五輪を強行して、世界中の人達を被爆させて良いのかなあ!?尤も、その時コイツは疾うに総理では無いでしょうし、将に高みの見物、公共工事の利権と裏金を懐に入れて悠々自適、妙ちきりんな嫁さんを連れて、とっくにリタイヤしているんでしょうが…。

閑話休題、僕、自分自身の事を、九州きっての素敵なジェントルマン、穏やかな人格者で常識人、とずっと認識していたんですが、周囲の評価はまるで正反対、変人で酔狂、奇天烈な奇人、という扱いなんですよ。甚だもって全く心外なんですが、皆がそう感じるならば仕方が無いと思い、自分のライフスタイルやルーツを深く考えるきっかけとなりました。随分以前の拙ブログで、父方についても母方についても、その血筋を考察した事があります。父方は関東で山賊の親玉、母方は先に触れた様に神主だったんですが、別の呼び名として、「神人」、しんじん、という職にあった訳です。実はこの職が非常に興味深いんですよ。

僕、宇佐神宮関連や中世史の本を読み耽ったり、歴史に詳しい親戚に、しばしばお話を伺った時期がありまして、当時の研究成果を振り返りながら、「神人」について少々綴ってみます。個人史の絡んだ、極めてパーソナルな史観かもしれませんが、そこはご海容の程を。それでは暫しの間、お付き合い下さいませ。

さて、結論から先に参りますと、この神人、夫々の特殊能力を生かし、神社に仕える職能集団、と考えて良さそうなんです。さて、先ずはうちの蜷木から参りますと、蜷貝を捲くという平和な家なのか、と思っていたらさに非ず、今は散逸したのが残念ですけれど、三つ又の槍や薙刀や刀剣に甲冑が多くあったんです。平安期から続き、本家の叔母さんで39代目なんですが、どうやらこの蜷木家、警備や防衛等を担っていた、武張った家柄だった様でして、謂わば僧兵の一種ですね。当時は荘園や寺領を盗賊等から守らねばならず、宇佐神宮も自然と、武装集団を形成したのでしょう。当時はお寺や神社同士でも縄張り争いがあったそうですから、物騒な時代だった事が窺えます。

そして、神事には舞なども付き物ですから、歌って踊る芸能集団もありました。また、穢れを嫌いますから清掃や葬儀を担う者達もおり、これらは当時の所謂賤民だった様ですね。興味深いのは、彼ら神人は皆、神に仕える訳で、無税であり、諸国を旅し、夫々の領地で獲れる特産品を神社に収めていたそうです。蓮根供御人、という役職ならば、れんこんを奉納する役割、こんにゃくや素麺や栗のみを収める職まであった由、彼らは近世になりますと、大商人として発展する事に相成ります。と申しますのは、京都の祇園の神人達は材木商を営んだり、高利貸しや運送業、或いは油の販売独占権を有していたそうでありまして、こういう視点から見ますと、日本史にも新たなアプローチが出来るのではないでしょうか。斎藤道三、という今の岐阜県、美濃の国を領有していた大大名が居ましたけれど、彼は若い頃に寺に勤めており、胡麻油の独占販売で巨利を得た、という前身しか分かっていない人なんですね。日本史上でも謎の多い、不思議な男なんですよ。何故侍になり、美濃の国を支配出来たのか、その謎は、彼が元神人であり、様々な人脈のネットワークを持ち、途轍も無い金満家だったから、というのが僕の仮説なんです。

僕、何時の日かリタイアメントしましたら、自分自身のルーツを知るべく、古文書も読みたいですし、現地調査もしたいですし、何処かの大学に再入学して、史学科で学び直したい、そう願っているんですよね~。

さて、今日は半期に1度の部門長面接でして、この後もそれが続き、ドクターともお話せねばならず、忙しないですけれど、これから大急ぎで私用を済ませて、午後からも頑張る所存です!
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