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SALT AND LIGHT

もういよいよ神無月、今年も残すところ、後100日ですかあ。速いもんですねえ。松茸秋刀魚茄子に新蕎麦、海老梨栗に銀杏、もう少しすれば新米に新酒の時期ですし、食べ物が美味しい時ですよね~。拙ブログでは時折触れていますが、僕、この季節は、何と言っても渡り蟹でありまして、大分の豊後高田近辺で獲れるものは、もう最高なんです♡ちょうど今の時分は、雄も雌も旬でありまして、ジューシーで濃厚で、濃い灰色の蟹味噌に鮮やかなオレンジ色の卵に純白の蟹の身、甲羅には熱燗を注いで呑む、あ~もう食べたくなりました!ネットで調べましたら、豊後高田では今月末から、町を挙げてこの渡り蟹のフェアをするとか。誰か僕をさらって、ここに連れて行ってくれないかしら…。兎にも角にも電車に飛び乗りたい気分ですが、我慢我慢…。あっ、そうだ、もし読者の皆様が大分に来られる機会がありましたら、先の蟹に加え、佐伯のお鮨、臼杵の河豚、佐賀関の関アジ関サバ、中津の鱧、日田の鰻、別府の温泉は是非味わって欲しいなあ。前もってメールを下さって、時間が合えば、僕、是非アテンドしますよ~。

さて、この季節は芸術の秋でもある訳で、僕のオフィスに飾っている絵画も、少し入れ替えようかなあ、と数日来悩みの種なんです。デュフィにシャガールにピカソ、ミュシャにレオナールフジタにターナー、といった処がメインなんですが、僕、どうしても明るい色を好むものですから、これからの寒い時期の感じに合わないんですよね。かといって、ユトリロとかコローとか佐伯祐三は好きじゃありませんし、セザンヌとか梅原とかゴーギャンを飾れれば一番良いのですが、そんな高額な物を買うお金は何処にもありませ~ん、トホホ…。

絵画を見ながら思い出しましたのは、以前に立ち寄った鹿児島での事です。新幹線に乗る時間まで少しあり、タクシーの運転手さんに、「美術館に行きたいんですが…」とお願いしましたら、「美術館は2つありますが、どちらがよかですか?」と問われ、咄嗟に勘が働いたんでしょうね、遠くはあったんですが、無名の私立美術館を選んだのですが、これが大正解でした。鹿児島市内からタクシーで15分ぐらいでしたか、見晴らしの良い高台に、その長島美術館がありまして、これがまあ結構なコレクションだったんですよ。ピカソとシャガールが主でしたが、僕の最も好きな1920年代のエコール・ド・パリの時代の画家のコレクションが揃っておりまして、藤田嗣治、キスリングにローランサンにパスキン、余り好みませんが確かモディリアーニも数点あったと記憶しています。こう言っては失礼ですが、倉敷の大原美術館には負けますが、九州最南端の鹿児島で、これだけのコレクションには恐れ入りました。この美術館、長島公佑さんという、鹿児島は喜界島出身の立志伝中の人物が、観光事業で大成功し、ご自分がコツコツ集めて来たコレクションを寄贈して出来た由、絵画だけでは無く、近代彫刻に唐の陶磁器、そして古代の中南米の美術品まであり、これがまたセンスが良いんですね。昨日の拙ブログの話じゃありませんが、この素敵な感性が、ご自身が造られた遊園地や動物園や植物園に活きているんだなあ、と感服しました。この長島商事さんの社是が、「愛は人を幸せにする源です。~中略~それが、個人の幸せと企業の発展にも繋がるのです。」というんですから、薩南の地が生んだ大偉人、西郷南洲翁の敬天愛人にも似た、素晴らしい会社と思いました。

つくづく思うのですが、かっての社会では、所謂篤志家、と呼ばれる方が多かった様に感じます。篤志家とは、社会に奉仕しよう、との心を持った方の事なんですね。昔は税制も緩やかでしたし、相互扶助の精神と、志の高い人が多かったんでしょうね。中でも目立つのは、ノーベル賞にしてもカーネギー・ホールにしても、先の大原美術館やホテルオークラ内の集古美術館にしても、大富豪がするイメージじゃないですか。でもね、僕、それはその人の心の在り様や、収入の多寡がありますし、本業だってあるのですから、出来る範囲で良いと思うんです。かって跳梁抜鉤したIT企業の連中が、とても胡散臭かったのは、「成功者は社会に還元すべき」という姿勢が皆無、「自分さえ儲かれば良い」だったからではないでしょうか。

閑話休題、ここからは手前味噌な話になりまして大変恐縮ですが、僕のご先祖様のお話を少しだけ。ちょうどこの秋の時期に亡くなった、僕の曾曾曾爺さん、蜷木八衛さんの事を、供養の意味で書かせて下さい。

さて、この八衛さん、天保5年の生まれと言いますから、もう少しすると、ペリーの黒船が東京湾に現れる頃ですね。大分の宇佐の蜷木村の庄屋の長男でして、元服後に明治のご一新となります。八衛さんは、国学や儒学に長け算術や測量を学び、その時代の風もありましたから、明治政府に勤めよ、という声も掛かった様ですが、地元の発展に尽くす道を選びます。誠に我田引水、ご先祖様を褒めて恐縮なんですが、宇佐平野全域の灌漑用水工事、多くの老朽化した橋の架け換えに新道路の改設。役場や駐在所を造り、銀行の立ち上げにも尽力し、蜷木学校を設立し近隣の子供達の教育に従事。大分初の農事談話会--農家を集めて、新たな作物の導入や栽培方法の改良を学んだそうです--を設立、村長兼県会議員兼養蚕会社社長を長年務めます。そして女学校の生け花教授を続けながら、俳号を持ち俳人として歌会を催し、芸者衆を大変に好んだそうですが、それはさておき、地域と共に生きた訳です。宇佐の地には、和間小学校--先の蜷木学校が発展したものです--があり、今でも多くの児童が通っている訳ですが、そこには、八衛さんの大きな碑が建っておりまして、これは僕達子孫の誇りなんです。今では、八衛さんの努力を知る人も殆どいないでしょうが、僕は彼を心から尊敬しています。確かに世に知れた人物では無いでしょうが、かっての日本には、全国津々浦々にこういう篤志家が多く居たんじゃないでしょうか。己を誇らず威張らず、黙々とやるべき事をやる、聖書に謂う「地の塩、世の光」ですか、この様な人物が沢山居た事が、日本が発展した最大の理由の様に思えてなりません。僕、まだまだ勉強不足の若輩者ですが、八衛さんの様な偉大な賢人に少しでも近づくべく、日夜努力と精進して参ります。とりあえずは、前回のお彼岸には、宇佐の墓参に行けませんでしたから、次の日曜にでも、お墓を清めに行って来ましょう。墓参り 蚊に追われて ブチ切れる、墓参り 蚊に刺されて 掻きむしる、カニむしる 食べる最中 言葉無し、不肖の孫には、ご先祖様の俳句の才能は全く受け継がれていませんが、曾曾曾爺さん、許してね~。
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