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カリスマ

夜来風雨声 花落知多少、昨晩の大分はかなりの荒れ模様のお天気だった様で、口あけて 蠅を追うなり 門の犬、一茶を気取りまして早暁に愛犬の散歩に出たのですが、空の色が尋常では無く、かなりの強風でした。戻ってNHKのニュースを見ましたら、今後は東日本に台風が移動の由、そして名古屋の地下鉄の駅ではかなりの浸水があった様で、何だか、かって一世を風靡した、春日三球・照代の夫婦漫才を思い出す様ですが、人的被害が出ない事を祈っております。

僕の大好きな、アメタイの干物、そして海苔とご飯とお味噌汁で朝食を摂りながら、そのままニュースを見ていましたら、とうとうダイエーが、来年1月1日をもって、イオンの完全な子会社になる由でした。平成30年にはダイエーの名前すら、完全に消滅するそうで、僕、昨晩は昨日ご紹介した源氏ならぬ平家物語を読んでいたんですが、祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす、朝から何だか物悲しい気持ちになりました。この平家物語、能に舞に人形浄瑠璃に歌舞伎、琵琶法師の演奏と語りは海外でも絶賛されていますし、そして、宮尾登美子に森村誠一に橋本治、沢山の方が現代語に訳されています。でもね、僕、小説ならば吉川英治の「新・平家物語」、テレビならばNHKで放送された人形劇、映画ならば衣笠貞之助監督の「地獄門」、この3つに尽きるかと思います。吉川先生の作は、少々長過ぎるのが玉に瑕ですが、かなりの長いスパンで綴られていますから、複雑な歴史の流れを俯瞰して理解出来ます。NHKの人形劇は、日本を代表する人形作家、川本喜三郎さんの手に依るものですから、見ているだけで美々しく猛々しく優雅で、一見の価値ありですよ。そして、地獄門ですが、ストーリーは兎も角としまして、衣裳がまあ凄いんですね。平安時代の着物の色を正確に再現した、と言われていまして、世界遺産の厳島神社で普通にロケしていますし、どんだけ予算が掛かったのか、こちらが心配になるぐらいです。またね、その豪華絢爛たる衣裳を、全盛期の京マチ子が着こなしていまして、これは必見と思います。最近、デジタル・リマスタリングされてブルー・レイで発売されましたし、カンヌとアカデミーのダブル受賞の作品ですもんね、ただ、惜しむらくは、再度書きますがストーリーは少々お粗末かな、それでも観てしまうんですから、映像の力って大したものです。

閑話休題、ダイエーに話を戻しましょう。今日、書きたいのは、そのダイエーの創業者、故中内功さんの事でして、今の彼のイメージって、兆単位の巨額の負債を抱えたまま倒産、息子さんは犯罪を犯し、芦屋や田園調布の豪邸は差し押さえられ殆ど全ての資産を喪い、6万を超すダイエーの社員の怨嗟の的だった極悪人、と思うんですよ。たけき者も遂には滅びぬ、偏に風の前の塵に同じ、晩節を汚す、という言葉がありますけれど、銀行筋からは三行半を突き付けられ、株主総会では罵声を浴び、本葬すらまともに行われなかった寂しい最後ではありました。それでも民間の有志が行った「お別れ会」が盛大に開かれたり、ダイエーホークスの選手やファン達による黙祷が行われましたから、以って瞑すべしでありましょう。でもね、精神科の言葉を使うと、彼の成育歴を見ますと、スケールの大小の違いはあれど、昭和と共にあった人、と言いますか、日本人ならば、彼を悪く言える筈が無いんですよ。

さて、中内さんは大正の生まれ、第一次世界大戦も終わり、ジャズやダンスホールにカッフェーが流行、好景気もあり、華やかな時代に神戸に生を受けました。父君は薬局を営み、ご母堂は宮司の娘さんと言いますから、豊かな家だった事が分かります。中内さんご本人も、現在の兵庫県立大学を卒業、目立たないながらも、芸術や哲学を好んだ文学青年だったそうです。ところが太平洋戦争が勃発、召集された中内さんが向かったのは、フィリピンの地獄の戦場でした。物量に劣る日本軍はあっという間に壊滅、中内さんは山中を逃げ惑う事となります。炊飯をすると煙が上がりますから満足な食事も出来ず、本当に悲しい事ですが、この話は真偽不明ですが、食糧不足から人肉まで食べたとの噂まであるんです。夜分、友人の兵隊が自分を襲うのではという恐怖、勿論米軍の襲撃や爆撃もありますから、殆ど眠れず、それが1年近く続くなんて、これこそ地獄ですよね…。忌まわしい戦争が漸く終わり、全身に大小の銃弾の傷だらけのまま、山中から捕虜収容所に収容された中内さんは、米軍のアイスクリーム・マシーンや、豊富な食糧を目の前にして、身体が震える程のショックを受けたと言います。「人の幸せとは、まず、物質的な豊かさを満たす事です」、これが、中内さんが帰国してからのモットーとなりまして、兎に角安く仕入れ安く売る、薄利多売の典型ですけれど、戦後の物不足の時代には、国民には、それが何よりも助かる事だったんですね。その時代の波にも乗り、ダイエーは、日本全国津々浦々に店舗網を広げる急成長を遂げ、創業30年の昭和55年には、日本で初めて売上高が1兆円を超す、という快挙を成し遂げます。

中内さんは、その過酷極まりない戦争体験からか、一度握ったものは決して手放しませんでした。乾パン1個、水の一滴を巡って、日本兵同志での殺し合いすらあったから、と僕は思うのですけれど、百貨店やファミリー・レストランに博多キャナルシティの様な複合施設、プロ野球やホテルやハワイのショッピング・モールまで手を出し、欧州の無名メーカーと提携し超格安ウヰスキーまで売り出すんですね。ところが、高度経済成長が終わりますと、それまでの様に、安い物を安く買う、というトレンドは終わり、高くても品質の良い安全な物、そして嗜好もすっかり多様化してしまった訳です。

その挙句、数兆を超す借金となり、中内さんに諫言出来るスタッフもおらず倒産の憂き目となり、紆余曲折を経て、イオンの傘下となる訳です。結局、ダイエー並びに中内さんの人生は、日本経済と同じ歩みでありまして、敗戦→復興→経済成長→バブル→長期低迷中、なんですよね…。地獄から生還し、貧しかった日本に豊かな消費社会を造ろうとした彼を、誰が責められましょう。でもね、パルコも松坂屋もそごうも、驕る平家は久しからず、消費者のニーズを掴めず、市場から退場して行く訳で、これから少子高齢化で人口も激減しますからね、イオンだって将来はどうなるか、郊外の大型店舗が維持出来るのか否か、全く分からないと思いますよ。

何だか今日は、平家物語のお話から市場経済レポートの趣でしたが、如何でしたでしょうか?よおし、今日は夜遅くまで忙しない1日になりそうですが、精一杯頑張って来ます!
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