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MONSTER LEFT

今日は朝からバタバタと忙しなく動き廻っておりまして、更新が遅れてしまい、誠に申し訳ございませんm(__)m。やっと一息つきまして、PCの前に座れた次第です。は~、喉が渇きました~。

さて、案の定と言うべきか、我が愛しのタイガースは相変わらず勝負弱いですね~。いよいよ天王山、最終決戦とも言える、宿敵ジャイアンツとの3連戦でしたが、メッセンジャー・岩田・能見のエース格を投入して、2-8、1-3、2-6の3連敗ですもんねえ。言葉もありませんが、和田監督も契約満了で更迭、という感じではあります。まあ確かに、和田監督の作戦には、僕の様な素人でも、アレレッ、と不思議に思う采配がしばしばあったのも事実です。でもねえ、こりゃ監督だけの責任じゃないと思いますね。先の事を何も考えていない、行き当たりばったりの選手補強、そして野球に余り関心の無い球団首脳が、最大の欠点じゃないかしら。もうね、峠を過ぎて薹の立った大ベテランやトレードやFA、そして外国人選手に頼るのは止めて、未熟かも知れませんが、生え抜きの若手を根気良く育てるしかありませんよ。幸い、阪神の地元は野球の盛んな近畿圏なんですから、そこの選手を獲って育てれば、地域密着で一石二鳥、益々人気が出ると思うのですけれど、僕に限らず、古くからのタイガース・ファンは、ずうっとそれを提唱していると思うのですが、何十年待ってもちっとも実現しないのは何故なんでしょうか!?ホークスは九州、カープは中国、ドラゴンズは名古屋、マリーンズは千葉、夫々地元の有望選手を獲得して看板選手に育てあげているんですけどねえ…。まあ、今季は、伊藤隼大君と梅野隆太郎君という2人の若手も出て来ましたし、来季に期待しましょう。

閑話休題、今、朝日新聞が大きく揺れている訳で、従軍慰安婦や原発事故の報道で、大きな間違いがあったとして、社長が近々辞任するという大変な事態ですよね。先の阪神もそうですが、両者とも長い歴史を誇ります。朝日は優に1世紀を超し、タイガースは来年が80周年ですか。どの会社においても、その組織の風土や文化というものが根強くある、そう思いますが、古今東西の様々な事例を見ても、それだけ歴史が長くなりますと、何故かおかしな方向に行き始める様に感じます。会社がサービスすべきは顧客であり、敵は社外にある筈なのですが、自分の部署のみの権益を守ると言うのかなあ、これが所謂bureaucracy、官僚制なんですよね。僕、原発事故の吉田調書を、全部ではありませんが読みましたけれど、もうね、どれが本当なのか分かりませんもん。1つ言えますのは、当時の菅総理や枝野に細野等の政府首脳と、東電の責任者である吉田氏の言い分が全く異なる事でして、何だか黒澤明の名作「羅生門」の世界の様でした。吉田氏なんて、菅元首相を「馬鹿野郎と言いたい」、細野に至っては「首相の現場の視察は、今考えたら、ものすごく大きなリスクだ。自責の念はある。」ですもんねえ。今更そんな事を言われてもねえ。謝罪ならきちんと謝れば良いのに。あくまで僕の感触ですが、菅以下政府側の言い分は、かなり苦しい気はしました。

どうしてこうなっちゃうのかなあ…。僕達日本人は、優しく穏やかで人を思いやり、長所は沢山あるのですけれど、組織運営に関しては、不得手な気がしてなりません。特に、勉学が出来たエリート層、彼等はやはり、臨機応変な対応は苦手の様に思います。そりゃそうですよね、日本の試験って、どうしても暗記重視、記憶力勝負の処がありますし、特に官僚になりますと、前例至上主義でしょ。僕、スタッフによく話すのは、つい少し前までは、携帯もPCも、ましてやツイッターやフェイスブック等のソーシャル・ネットワークなぞ考えられなかったんですから、世の中の動きについて行かなくては、と言うんですね。そして、組織、という事になりますと、多数決ばかりでは動かせないのは自明の理です。極論を言えば、理不尽な言い分が過半数を占める事だって勿論ある訳で、ナチス・ドイツだって、硬軟取り混ぜて謀略や陰謀を巡らせましたけれど、一応は民主的な手続きで政権を奪取しましたもんね。でも、挙句の果てに、第二次世界大戦が勃発、その犠牲者は、およそ6000万人を超すそうですから、途轍も無い大惨禍を招いた訳です。

僕、最も大事な事は、変化を恐れないチャレンジ精神であり、それを楽しむ心の余裕と思います。ここからは、僕の大好きなボクシングの話となり、我田引水の様で恐縮ですが、かって、西岡利晃、という素晴らしいボクサーがいまして、今日はその話を少しだけ綴ってみます。

さて、僕が初めて西岡選手を観ましたのは、もう10数年前ですか、彼の世界タイトルマッチ初挑戦の試合のテレビ観戦でした。相手は、辰吉選手に2度に渡ってKO勝ちした、タイの英雄であり、真の強者だった、ウィラポン選手でして、大差の判定負けに終わったんですね。僕が見る処、素質に恵まれ、スピードもあり、パンチもまあまあ、キャリアも豊富、決して悪いボクサーでは無かったんですよ。では、どうして世界チャンピオンに届かなかったか?ここ一番の度胸が足りず、失敗を恐れて踏み込みが甘く、相手を倒すには至らなかった様に見えたんです。

西岡選手は、その才能を開花出来ないまま、同じ相手との世界タイトルマッチで、4年続けて4連敗、という珍しくも不名誉な記録を作ってしまいました。いつしか年齢も30歳を超え、アキレス腱断裂の重傷を負い、通常のボクサーならば、グローブを壁に吊るす、即ち引退しても全くおかしくない状況だったんですね。ボクシングの大好きな僕も、可哀相だけれど、西岡選手は、チキン・ハートのまま終わるんだなあ、と思っていました。誰しもがそう感じていた筈ですが、ここからが西岡選手の非凡、かつ素晴らしい処でして、蛹が美しい蝶へと変わるかの様に、大変身を遂げるのです。ジムも階級を変え、大阪に家族を置いて東京に単身赴任、世界チャンピオンになるまでは決して帰らないと退路を断って、背水の陣を敷いたんですね。元々の素質はあるボクサーでしたから、そこからは、将に別人の様な、疾風怒濤の快進撃となるのです。プロ39戦目にして、見事世界タイトルを獲得してからは、敵地メキシコで世界的なスター、ジョニー・ゴンザレスに、劇的なKO勝利を収めます。ボクシング最大のメッカ、ラスベガスはMGMグランドガーデンにおいても、これまた世界的な知名度を誇る、メキシカンのラファエル・マルケスに、大差の判定勝ちを収めました。今まで出来なかった踏み込みが非常に鋭くなり、凄まじい左パンチで、バタバタと敵をなぎ倒したんですね。何時しか付いた綽名は、monster left、怪物の様な左、であります。

35歳で7度の防衛は日本記録でもあり、敵地メキシコでも、地元出身の世界的スーパー・スター2人を見事に屠った、西岡選手の強さを認めざるを得なかったのでしょう。何と、メキシコ政府公認の観光大使を任命されてしまうのですから、人生って本当に分からないものです。彼のラスト・ファイトは、カリフォルニアでの日本人初のメイン・イベントを務め、世界4階級制覇のノニト・ドネアに完敗、そのまま引退となりました。世界中で極めて高い評価を得た、日本ボクシング史上でも稀有な存在となったんですね。

今まで慣れ親しんだ己のスタイルを全て棄て、新なチャレンジをする、これって怖い事でもありますが、もし自分がより輝きたいのならば、避けては通れない道の様に思えます。どうか、この混迷を長く続けるこの国が、より良い方向に変わります様に…。

さて、週末は割と全国的に晴天の様ですし、皆様、行楽にデートにショッピングに、楽しいウィーク・エンドをお楽しみ下さい。それでは、暫しの間、ごきげんようさようなら。
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