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DAYS OF GRACE

皆様、週末はゆっくり過ごされましたか?僕、土曜日は結婚式にお呼ばれしまして、拙いながらも祝辞を述べて来たのですが、いや、スーツはやはりまだ暑いですね…。お式の直前から激しい雨が降り、幸いにも晴れましたが、湿気がちょっと堪えました…。でも、とても素敵なお2人でしたし、末永いお幸せを心から願っております。

さて、先週のブログの続きになって恐縮ですが、八重樫VSゴンザレスの世界戦、凄い試合でしたね~。正直な処、実力差は如何ともし難く、チャンピオンの八重樫選手の9RTKO負けに終わりました。それでも、負けて男を上げたとはこの事でしょう。ゴンザレス選手はプロアマ通じて126戦無敗ですか、強過ぎて対戦相手がいなかったんです。チャンピオンが逃げる訳には行かないと、その挑戦を受けたのですから、八重樫選手、本当に偉かった!パンチ力、テクニック、リング・ジェネラルシップ、駆け引き、全てにおいて相手が上でしたが、八重樫選手は、肝っ玉とタフネスだけは負けておりませんでした。これぞど根性、まるで昭和のボクサーでして、僕、炎の男、輪島の試合、オリベイラにアルバラードに柳、これら一連の名勝負を思い出しました。1Rはその輪島選手の代名詞、カエル跳びを見せ攪乱したのですが、既に2Rで瞼が腫れ上がり、打たれても打たれても愚直に前進、9Rのダウンでレフェリー・ストップとなりましたが、決して怯まなかったですねえ。本当に勇敢でしたし、心から拍手を贈りたいと思います。八重樫選手、暫くはゆっくり休んで、再起戦を期待していますよ!!男の真の強さは逆境の時にこそ発揮される、僕、最近凹む事もあったのですが、負ける訳には行きません。八重樫選手に勇気を貰った気がしますし、僕もより一層、愚直に誠実に前に出ます!!そして、八重樫選手は、幼い頃から小児喘息を患い、未だに吸引器は手放せないそうで、また、身体が小さいですから、学生時代は何事にも全く自信が無く、常に引っ込み思案な子供で、喧嘩というと真っ先に逃げ出していたとか。それが、あそこまでの凄まじい闘志を発揮出来るんですもんね、やはり人間って、気の持ちようと考え方を変えれば、無限の可能性があるんですね~。いや、感服の至りです。今後は、もう少しだけディフェンス・テクニック--ヘッド・スリップ、サイド・ステップ、ブロッキングにパーリング--を磨けば、世界チャンピオンに返り咲く事は充分可能でしょう。好漢八重樫に幸あれ!

そして、野球日本女子代表ですが、世界選手権史上初の4連覇ですか、いやあ、これも大したものです。女子野球は未だマイナー・スポーツであり、彼女達は劣悪な環境と低い認知度の中、日夜懸命に努力していると仄聞します。これぞ大和撫子でありまして、彼女達の顔写真を見ましても、凛としていて、気品がありますもんね。本当におめでとうございました!

今日は僕にとって嬉しい事ばかりで、読者の方は詰まらないんじゃないかと心配ですが、書いている方は非常に楽しいんですね。続いて、ここからは謝罪の連続となるんですが、自分が間違えたと思えば率直に謝るのが僕の数少ない長所でして、先ずは日本ハムファイターズの大谷選手、本当にすみませんでした、ごめんなさいm(__)m。いえね、以前の拙ブログで、「近代プロ野球において、投手と打者の二刀流なぞ成功しない。」と断言しました。実際、去年は投打ともに冴えない成績に終わったのですけれど、今季は投手として既に10勝、打者としても昨日10号本塁打を放った訳で、いやあ、参りました…。何せ、80年近い日本プロ野球の歴史でも、10勝10本塁打は史上初の快挙ですし、大リーグに目を転じても、彼の伝説の大打者であるベーブ・ルース以来、96年振りの記録ってんでしょ。僕、未だに打者1本でやって欲しいと思いますし、これを3年持続しなくては未だ真価は問えませんが、いやはや何とも、脱帽でありまして、恐れ入りました。

そして、何と言っても錦織選手ですよね。これまた僕、深く深くお詫び致しますm(__)m。「日本のテニスの競技人口やプレイヤーとしての年齢、また体格差を考えて、錦織選手は4大大会で優勝は難しい。ただ、アジア圏の選手で唯一全仏を制した、マイケル・チャンがコーチについたのは大きい。」と書いたと思います。ところが、接戦をことごとく制し決勝進出の大快挙でしょ。本当にごめんなさい、僕が間違っておりましたm(__)m。僕の予想はさておき、決勝の相手のチリッチ、サーブが強い中々の好選手ですけれど、フェデラーやナダルにジョコビッチに較べれば一格落ちますから、千載一遇の大チャンス到来と思います。錦織選手、是非グランド・スラムを制して下さい!頑張れ~!!

僕がテニスを齧り始めた頃は、コナーズ、マッケンローの全盛期でありまして、大ファンだった、アイス・マンの異名を取るビヨン・ボルグと幾多の名勝負を繰り広げていました。僕が最もテニスに熱中していたのは、オーストラリアに住んでいた20代初めの頃ですが、当時は男子はベッカー、女子はグラフのドイツ黄金時代でした。日本人では、満身創痍の松岡がウインブルドンでベスト8に入るのが精一杯でしたもんねえ。僕のテニスは所詮我流の素人ですが、それでも日本人がグランド・スラムのセンター・コートに立つなぞは夢のまた夢でありまして、世界の壁は果てしなく高く見えたものです。でもね、偏見はいけませんね。僕なぞ、「テニスに弱い日本人」という固定観念が邪魔してしまい、錦織選手の躍進を見抜けませんでした。猛省しています。

さて、僕、外れっぱなしの予想で大変恐縮なんですが、今回の全米に限っては、錦織選手が勝つ気がしてなりません。と申しますのは、全米オープンのセンター・コート、決勝戦の会場は、アーサー・アッシュ・スタジアムだからです。このスタジアムの名前、アーサー・アッシュとは、かってのテニスの名プレイヤーから取ったものなんですね。という訳で、今日はアーサー・アッシュ選手について少しだけ綴ってみましょう。

アッシュ選手は、1943年ですから昭和18年、アメリカのバージニア州に生まれました。そのバージニア州は、南北戦争の際に南軍側に参加した事から分かる様に、奴隷制賛成の州だったんですね。アッシュ選手は、黒人奴隷の子孫として生を受けましたから、激しい差別を受け、ジュニアのトーナメントに出る事は敵わず、黙々と孤軍奮闘、そして大学もきちんと卒業、絶え間無く研鑽を積みました。68年の全米オープンで、黒人として初のグランドスラム制覇という偉業を成し遂げますが、彼の凄さは、プレイヤーとしては勿論の事、その高貴な人格でした。悪童と呼ばれた、天才マッケンローとは対照的で、常にマナーを守り、汚いプレイをせず、律義で紳士的で知的なスポーツマンとして、テニスの枠を超え、世界的な尊敬を得たのです。ところが好事魔多し、彼は心臓の持病があったのですが、手術で輸血した際、エイズに罹患してしまうんですね。エイズ・ウィルスと闘いながら、医療制度の改善や黒人の教育、そして本の出版と大活躍し、49歳で亡くなられたのです。「絶望と言う誘惑に負けるな」、アッシュ選手の残した言葉ですけれど、当時まだ殆ど分かっていなかったエイズと闘っていた彼を思うと、その誇り高さと闘争心に頭が下がります。

様々な意味での先駆者であり、テニス界の革命的存在で、人種という壁をも超えたアッシュ選手でした。その彼の名が付いたセンター・コートでプレイするのが我らが錦織選手でありまして、チリッチ選手には申し訳ありませんけれど、アジア圏プレイヤー初の全米オープン制覇は、先駆者の名前が残る、アーサー・アッシュ・スタジアムでの戴冠が相応しい、そう思うのですけれど、如何でしょうか!?さて、今日は週初めで中々忙しいのですけれど、様々なアスリート達に勇気を貰いましたし、今週も精一杯頑張ります。拙ブログをご贔屓の程、何卒宜しくお願い致しますm(__)m。
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