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♪ 昔の侍 ♪

おはようございます!昨夜の当院の盆踊り大会、当院職員の紳士淑女が、凛々しくも艶やかな浴衣姿で勢揃い、地域の皆様方や多くのお子さんも見えて、大盛況のうちに終了致しました。早苗籠 追うて走りぬ 雨の中、いやあ、それにしても天気がもって良かったです。終わったらパラパラと降り出しましたもんね~。馬子にも衣装、木偶も髪かたち、鬼瓦にも化粧と申しますけれど、僕には全く似合わない法被を着せられて、売れない演歌歌手の様に、皆様にご挨拶に廻ったんですが、襟首を 流るる汗や 天花粉、いやまあ暑かったですね~。何れは大改装しなくてはなりませんが、当院の運動場は、建物の間に挟まれた形ですから、ちっとも風が通らず、湿気が凄いんですよ…。

おっと、大事な事をお伝えするのを忘れておりました。多くの皆様方のご協力を頂いておりまして、この場を借りて、厚く御礼申し上げます。本当にありがとうございましたm(__)m。南下郡・北下郡の自治会の皆様方、鶴崎踊り保存会・万葉会の皆様、大分リハビリテーション専門学校・藤華医療技術専門学校・大分東明高校の学生さん、そうそう、着付けのご協力も頂きまして、改めて、本当にありがとうございました!

閑話休題、東電は放射能汚染水を太平洋に大量に垂れ流し、検察は証拠を捏造改竄隠蔽を繰り返し知らん顔、天下りも年金も少子高齢化も何1つ解決せず、TPPに消費税に集団的自衛権と亡国の兆しがあり、無定見で曲学阿世の徒であるマスコミや出版社が我が物顔でのさばり、政治家や官僚は無能な癖に責任を取らず、あまりおツムの出来が宜しくない安部は独り勝手に救世主気取り、佐世保や理研で悲しい事件があり、警察は不祥事ばかり、我が愛する阪神は最下位ヤクルトに3試合で31点取られる大惨敗、謙譲・自己犠牲・秩序等々、かっては高かった日本人の品性も地に落ちた感じ、何だか1つも楽しい話題がありませんよね。僕の身の廻りでも、景気の良い話なんてちっとも聞きませんもんねえ。精々、親友のMさんが、この酷暑の中、ももクロのライブを観に、横浜まで遠征したぐらいでしょうか。

でもね、僕達は世界に冠たる優秀な大和民族な訳で、何やかや言いましても、真の悪党は、この国を牛耳る汚い奴らとその取り巻き連、プラス、日本をコントロールしようとするアングロサクソンを含む極々少数、そう思っているんです。よおし、今日は、平成の今を生きる侍と、かっての武士、そのお2人をフィーチャーして、取り上げてみましょうか。

先ずは、明日メキシコでボクシングの世界タイトルマッチに挑む、高山勝成選手であります。この高山選手、誠にアンラッキーと言いますか、実績の割には、マスコミがちっとも取り上げないんですよね。僕、前々から不憫に感じていたんです。さて、高山選手は中学卒業後、プロボクサーとしてデビュー、弱小ジムに所属するというハンディを負いながらも、WBC・WBA・IBFの世界タイトルを獲得しました。今まで34戦の激戦を闘ってきたのですが、27勝10KO6敗1無効試合、という平凡な戦績なんですね。でも、その内容を精査しますと、彼のボクシング・スタイルには、派手さやスタイリッシュさは皆無ですけれど、強いハートを武器に、愚直に連打を繰り返す、昭和の薫りがするボクサーと言えるでしょう。理不尽な判定に泣いた事もしばしば、不運な幾つかの怪我とも戦い、ファイト・マネーを貰えなかった事もありました。そして、力を持ったジムならば、テレビ局がスポンサードして、日本国内で世界タイトルに挑戦する事が可能なんですね。でも、高山選手のジムは弱小でしたから、敵地で強敵との対戦ばかりでした。メキシコ、フィリピン、南アフリカと転戦し、何れの地においても、地元のヒーローと戦い、世界タイトルを手中にして来ました。僕、高山さんを尊敬して止まないのは、彼の口から、愚痴めいた事を聞いた事が無いんですよ。生死を掛けた激戦を戦ったのに、ジムがファイト・マネーを支払わないんて、こんな惨い事は無いと思いますが、高山選手の口癖は、何が起きても「勉強になりました。」ですもん、これが男ですよ!!そして、益々偉いなあ、と感服するのは、中学卒業後、直ぐにプロ・ボクサーになって、勉強をしていなかった、と反省されたそうなんです。30歳になって一念発起、高校受験をして見事合格したんですね。将来は大学にも進学し、指導者になるべく、一回り以上年下の同級生に混じって、猛勉強中だとか。恐らく、世界一強く、誇り高く、立派な高校1年生でしょうね~。さて、その高山選手、明日に控えた世界タイトル統一戦を闘うべく、敵地メキシコで調整中なんです。相手はフランシスコ・ロドリゲス・JRという、未だ21歳の新星、中々の強敵です。試合会場はメキシコ・モンテレイ、ロドリゲス選手の地元でもあり、完全なる敵地と思いますが、KO勝利を期待しています!頑張れ、高山選手!!!

そして、歴史を遡りまして、最後の大名、と呼ばれた林忠崇という侍をご紹介しましょう。彼も亦、余り知られていませんけれど、上総国請西藩の大名ですから、現在の千葉県は木更津、海ほたるで有名ですけれど、その辺りを治めていた殿様だったんですね。さて、幼い頃から神童と謳われる程優秀だったそうですが、19歳で家督を相続した彼は、いきなりの人生の大試練に見舞われます。江戸幕府が崩壊、皇族を大将とした西日本の兵隊が、関東に攻め込んで来る事態となり、請西藩は、徳川につくか、皇族につくかの選択を迫られます。藩論は真っ二つに割れるのですが、林さんは、今後を考えれば、皇族につく方が絶対に有利と分かっていながら、殿様の身分を棄てて有志70名と共に脱藩、敢然と戦う道を選ぶのです。実はこの林家、徳川家の始祖の代からですから、500年以上家臣として仕えて来た家でして、我が身の保身や栄達を棄て、義理と恩を大事にしたんですね。自分が大名のまま参戦すれば、家来も領民も戦いに巻き込みますから、殿様の地位を惜しげも無く棄てた訳です。僕、男たるもの、こうあらねばならない、強くそう思います。僕、林さんに較べれば浅学菲才な若輩者ですけれど、一朝事あり、病院の為になるのであれば、今直ぐにでも、喜んで今の立場を棄てる覚悟はありますもん。

さて、藩全体から愛された林さんですが、領民達は、殿様の立場を棄ててまで自分達を救うという、極めて困難な道を選んだ事を、勿論知っていました。林さんが出陣の際、村人達は皆、号泣しながら平伏し、無事を祈ったと言います。さて、林さんとその部下の侍達は、戊辰戦争に参戦、東北に関東全域と、各地を転戦しますが裏切りに合い連戦連敗、刀折れ矢尽き、自分の主君である徳川家の存続を見届けてから、降伏します。21歳の時の事でした。反逆者として監禁され服役を務め、全財産と官位を喪った林さんは、かっての自分の領地だった木更津に戻り、開拓農民として畑を耕すのです。これねえ、中々出来る事じゃありませんよ!凄い男だなあ、と心から尊敬します。その後、商家の番頭を務めたり会社の書記をしたりと、職を転々とし、世の辛酸を甞め続けたんですね。かっての殿様が、自分達を救う為にその立場を棄て、今は困窮に苦しんでいる姿を見ていた部下達は、林さんの復権運動を粘り強く進めます。そして、戊辰戦争から26年、四半世紀を超える時を経て、林さんの復権が認められ、男爵の立場となり華族となり官位も復活、徳川家の象徴である日光東照宮に勤め、漸く生計の道が立ったのです。林さんは、悠々自適で94歳まで生き、大往生を遂げるのですが、その辞世の句は、21歳の服役中、死を覚悟した時に詠んだものだったんですね。真心の あるかなきかは ほふりだす 腹の血潮の 色にこそ知れ、うう~ん、21歳にして、何という性根の座った真の侍でしょうか!

僕、こういう先人や、高山選手の様な人が居る限り、この国はまだまだ大丈夫、そう思えてなりません。僕も努力と研鑽を続けて、侍達の後輩として、恥ずかしくない生き方をする心算です!

週末は台風が接近、大荒れの天気ですが、皆様、天気予報の確認を忘れず、楽しくお過ごし下さい。それではまた来週お会いしましょう。ごきげんようさようなら。
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