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WHO MOVED MY CHEESE?

夏河を 越す嬉しさよ 手に草履、いやあ、それにしても連日暑いですね~。昨日の大分は35℃だったそうでして、今日の大阪や名古屋はなんと37℃だとか。僕、大体7時半にはオフィスに到着しているのですが、その時点で、室内の温度計が32℃だったりして、何だかモチベーションが下がります…。僕、昨夜も凄い寝汗でしたし、読者諸賢の皆様方も、熱中症にはどうぞお気を付け下さいませ。僕、眠れてはいるんでしょうが、夏バテかなあ、些か体調も気分も優れず、拙ブログの更新が遅れてしまい、大変申し訳ありませんm(__)m。

燕雀安くんぞ鴻鵠の志を知らんや、さて、昨日から僕、つくづく古いタイプ、まるで明治の男だなあ、と痛感しつつ若干反省しているんですね。或る組織や仲間に入り、理想を高く掲げて努力する以上、「命もいらず名もいらず、官位も金もいらぬ人は、始末に困るものなり。この始末に困る人ならでは、艱難を共にして国家の大業は成し得られぬなり。」、僕の私淑する西郷南洲翁の言葉ですけれど、リーダーたるもの、これぐらいの気概が必要、常々そう思っていました。でもね~、規範というか行動律が無いというのかなあ、手前のエゴを押し出す輩は沢山いますけれど、滅私奉公、自分を捨てて公に尽くす、なんて人は滅多に居ないんですね。そりゃね、口では分かった様な事を言いますよ。でも、この国の政治家を見れば一目瞭然、いざ切所になると、こういう時は言い訳が上手いんですよね、何やかやと理屈を付けて逃げ出す連中ばかりです。どうもね、僕の見る処、高学歴の人程、こういう傾向が強いのは何故なんでしょうね~!?小沢さんを追い出してからの民主党が、その最たる例でしょうね。さて、僕はケンブリッジやオックスフォードを出ている訳じゃありませんし、地方の大学院の修士課程の途中で辞めてますから、人様に威張れる様な学歴では決してありませんが、義理や恩や人情にご縁といった、人として大事な事は決して粗略には扱いません。まあ、そういう心の無い人には何を言っても暖簾に腕押し馬耳東風、何1つ響かないでしょうが、お天道様は必ず見ていますし天に唾する様なもの、何時か酷い目に合いますよ、可哀相に…。分相応、という言葉がありますけれど、色々な人達に支えられて生きている訳で、自分の分を知らなくちゃ。分不相応、という事になりますと、♪ 別れはいつもついてくる 幸せのうしろをついてくる ♪、何時の間にか不幸が忍び寄って来るものです。

何だか愚痴ってしまって、大変申し訳ありませんでした。さて、こうも暑いと、何処か涼しい処に行きたくなりませんか!?僕、今までで涼しかった処と言えば、先ずは夏場の北海道でしょうか。以前勤務していた病院の職員旅行で行ったのですけれど、網走だったかな、盛夏だというのに、15℃ぐらいで涼風が吹き誠に結構、道は広いし蟹も美味しく、何だか爽快な気分でした。オーストラリアの最南端、タスマニア島では、南極から吹く風が、夏だというのに肌寒く、折角なので海に入りましたけれど、震えあがりましたもんね。そうそう、アメリカのグランド・キャニオン、ここは強風で有名ですけれど、大量の汗が一瞬で引きまして、Tシャツもあっと言う間に乾き、何だか変な気分でした。強烈だったのはインドのスコールです。1日に数回、1時間ずつ降るんですが、その量がまあ凄く、35℃だった気温が、25℃ぐらいまで下がるんですね。それを繰り返す上に、劇甘で頭の割れそうなミルク・ティーと激辛のカレーを交互に食べるんですから、これでは何かの罰ゲームと左程変わらず、僕、連日お腹がピーピーでした…。

こういう時は冷たい物が欲しくなりますけれど、古来の日本の平安期には、氷室、と呼ばれる氷の保存所がありました。真冬に出来た天然の氷を、洞窟や冷暗所に小屋を建て、そこで保存していたんですね。源氏物語の蜻蛉の件に、「氷をものの蓋に置きて割るとて、もて騒ぐ人々…」とあり、キャーキャー言う女性達を見ながら、光源氏がお酒に氷を浮かべて、オン・ザ・ロックスを楽しむ一節があります。夏場に氷を楽しめるのは、高貴な人達だけだった、という事が良く分かりますけれど、それを管理する氷室は、正式な役職であり、主水司、もいとりのつかさ、という役人が置かれていたんですね。それが、現存する延喜式、という当時の行政法の書に残されています。さて、その延喜式に同じく残されているのが、蘇や醍醐でして、これ、日本最古のチーズの事であります。ほら、醍醐味、って言うじゃないですか、これ、仏教用語ですけれど、チーズの様に美味しい最高の味、という意味なんですね。さて、平安期の日本では、先の蘇や醍醐、即ちチーズを物納の形で税金として納めていた様です。平安時代のチーズとは、チェダーかゴーダかロックフォールか、はたまたロマーノかゴルゴンゾーラかエダムなのか、一体全体どういうお味か、僕、大変興味がありますねえ。どうやら、蘇や醍醐は、殆ど熟成していないカッテージ系、柔らかく滑らかな味わいのチーズだったろう、という説が有力ですが、僕が興味があるのは、何故その食文化が廃れたのか、という事なんです。記録を見ますと、どうやら3~400年ぐらいは、醍醐を造る事を朝廷が奨励しており、平安期の関西地域には、酪農家も点在していたんですね。

何故その食文化が無くなったのか、実は答えは簡単でして、最後にチーズを召し上がった貴族は、駄洒落の様な偶然ですが、後醍醐天皇でありまして、その後それが廃れるのは、日本中が2つに分かれて戦った、南北朝から室町、そして戦国と、300年近い大戦乱の時代が続いたからでありましょう。悠長にチーズを造るどころでは無かったでしょうし、牛よりも機動力に長けた馬を育てた方が、高値で売れますもんね。これは1つのhistorical if、仮説ですが、もし南北朝の大混乱期が無ければ、我が国にも酪農や肉食の風習が根付いたかもしれず、今でも日本古来のチーズを美味しく食べられ、そして僕達の平均身長や体重が大きくなっており、オリンピック等でも金メダルの数が増えていたかもしれませんよ、なんちゃって!?

まあ、嫌な事も多いですけれど、今日のお昼は、近くのスーパーでパンでも買って、チーズを挟んで牛乳と一緒に食べようかな!?カルシウムを摂ればイライラも解消される事でしょう。それでは皆様、炎暑が続きますけれど、楽しい週末をお過ごし下さい!!哀れなり 愛犬食べる 夏の蝉、とんでも無い駄句ですが、クスリとして頂けたら幸いです。それではまた来週お会いしましょう!
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