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I AM WHO I AM.

世界は揺れ動いているなあ、と痛感しますけれど、イスラエルの無差別攻撃は続いていますし、ウクライナ上空での旅客機撃墜、日本でも、結局は中部電力の違法献金を元愛知県知事が認めたり、そうそう、昨日ですか、東日本各地では放射線量が急上昇したのが計測されたり、福島第一原発で汚染水タンクに中古品を使っていたり、ホント、平和な世界は何時来るんですかねえ…。

そうそう、中国の上海ですか、期限切れの鶏肉や牛肉を平気で流通させていた由、僕、今朝のNHKのニュースで見ましたけれど、冷凍肉が紫色というか緑色に、所々変色してましたもんね。ウェ~、気持ち悪いなあ…。「食べても死なないから大丈夫」、と工場の人がほざいていましたけれど、このモラルハザードには驚くばかりです。日本国内では、マクドナルドにファミリーマート、中国国内では、ケンタッキーフライドチキンにスターバックスにセブンイレブンと、既に100万食以上売ってしまっていて、人々のお腹に入っている訳です。こういう物を売る事に抵抗が無い、という感覚、とてもお付き合い出来ませんが、牽強付会かもしれませんが、僕、イスラエルの事例と同様、宗教や単一的な思考の怖さを感じます。

個人的な話で恐縮なんですが、僕の知り合いで、マスコミ関係の人がいます。暫く前に、食事を共にしたんですね。談論風発、楽しく飲んでいたんですが、福島の話になりまして、「癌なんて絶対にならない!風量被害だ!」と断言してまして、僕、彼の事は良く知っていた積もりでしたけれど、他者の意見を決して受け入れそうにない、その狂信的な姿勢には虫唾が走り、鳥肌が立ちましたもんね。大体アンタ、医者でも物理学者でも無いのに、癌や放射線の事がよくまあ分かるねえ、僕も医療人のはしくれで、手前よりは病気の知識はある筈なんだけどなあ、お前、もしかして神様??と言いたくなりましたけれど、君子危うきに近寄らず、こんな阿呆を相手にすると大変ですから、敬して遠ざけておきました。

この彼も同様ですが、まずイスラエルは、ユダヤ教という一神教の教義からは、決して逃れられないのでしょう。旧約聖書の一節に、エジプトの奴隷だったユダヤの民を、イェホバの神の啓示を受けたモーゼが率いる場面があるんですね。砂漠を超え海を開き、万難辛苦の道のりだった訳ですが、イェホバの神は言います。「見よ、あれがカナンの地である。蜜の溢れる地であり、そこが約束の地である。お前達に与えよう。」と高々に宣言するのは良いんですが、イェホバさん、大変失礼ですが、そこにはもう、ペルシャ人達が沢山住んでいるんですが…。結局、ユダヤ人達は、そのカナンの地--今のパレスチナですから、ガザも含まれます。--に攻め込み大量虐殺、支配してしまうんですね。これ、紀元前のお話なんですが、今のガザ地区の状況と何処が違うんでしょう。僕、幾らイスラエルが小理屈を捏ねようと、何の罪の無い幼児にまで爆弾落としてるんですからね、只のエゴや恐怖から来る極悪非道な行為、という事は一生忘れませんし、赦せません。イスラエルの人に言いたいのは、右の頬を打たれたら左の頬を差し出しなさい、という手前達の定義は大嘘で、右の頬を打たれたら千倍返しじゃないですか!まあね、最近では、イエス・キリストは狂信的な革命家で暴力をも辞さなかった、それによってゴルゴダの丘で処刑された、という学説があるぐらいですもんね。これではまるで、大騒ぎを起こした、●●●と何処が違うというんでしょうか、一神教や単一的な思考の怖さが分かりますよね。

そして、今回の中国の食品偽装の問題です。これ、以前にも段ボールを使って肉まんを食べさせたりして、謂わば常習犯、僕ね、どうして中国には法令順守とか衛生観念が無いのか、考えたんですよ。これ、遠因は儒教にあるのではないでしょうか。日本人の一般的なイメージですと、聖人の孔子様の教えであり、人の生きる道を教えてくれるmentorであり、何だかありがたい教え、そういう方が多いのではないでしょうか。四十にして惑わず、過てば則ち改むるに憚ること勿れ、朝に道を聞かば夕に死すとも可なり、孔子さん、確かに良い事も言い残してはいるんです。でもね、本国の中国では、儒教って、宗教と同じ扱いなんですよね。そして、非常に問題がありまして、人々の理想である、所謂聖人君子、これって、良いイメージしかありません。でもね、聖人君子って、教養を極めた人、なんですね。どういう人かと言いますと、かっての中国には、士大夫、という人達が居ました。彼らは貴族でありまして、科挙と呼ばれる、大変難しいペーパーテストを合格し、莫大な賄賂を取り地方を治め、そして漢詩や絵を描く、という人々なんですね。そうですねえ、今の日本の官僚に教養をプラスした、という感じでしょうか。彼ら士大夫は、天下国家を論じ、治めるのが仕事、という存在でしたから、畑を耕したり、武器を取って戦ったり、魚を獲って売ったり、というのは庶民の仕事であり、激しく差別をしていたんですね。士大夫に非ずんば人に非ず、といった感じでしょうか。つまり、工場で鶏肉を捌いて加工して給与を貰う、なぞ、中国では途轍も無く卑しい職業になる訳です。

そして、その儒教の教えが何千年も続いた後には、共産主義と人治国家、という新興宗教まがいの誤った考えが根付く訳でしょ。そりゃあね、コンプライアンスとか法令順守とか賞味期限とか、守る筈がありませんや。大体、そんな概念すら無かった国なんですもん。

中国の士大夫に近い、恵まれた支配階級、と言えば、日本では武士になるのでしょう。公家さんになると、実力も実権も無く、社会から完全に乖離した存在ですもんね。さて、日本の武士の成り立ちを考えてみますと、かっての我が国では、私有地が認められて無かった訳です。全ての土地は天皇さんの持ち物だった訳で、奈良時代になって初めて、開墾の自由が認められ、農民や貴族の次男三男らが、土地の開発を始めたんですね。当時の税制や法律は全くいい加減でしたから、朝廷が土地を奪ったり重税を課した訳でして、それに対抗し、自分の家を守る為に夫々が武装、家々で連合して共闘した、というのが武士が生まれたきっかけでした。時の横暴な政府に対抗する為のレジスタンス、それが侍だったのですから、中国の士大夫の様に、庶民から収奪し利権を貪るなぞ皆無だったんですね。その厳しい社会情勢において、互いの約束事や商売上のルールを守るなぞ当たり前だったでしょう。日本にも儒教が入り、或る程度は影響を及ぼしましたが、ご本家の中国程の悪弊は残らなかったですもんね。

さて、論旨に穴が随分ありそうですけれど、我流の中国とイスラエル分析、如何だったでしょうか!?今日は僕、採用面接に打ち合わせと色々入っておりまして、これからエスプレッソを一杯だけ飲んで、頑張って来ます!!!
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