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THE UNTOUCHABLE

超大型台風が九州に迫って来ておりまして、当院としても、何か対策を練らねばならず、後刻、事務部長と相談しなくちゃ。当院の周りには、斜面が点在していますから、大雨だとそれが崩れ落ちるんじゃないか、どうも不安なんです。でもね、その斜面に関しては、当院の所有では無いものですから、対応が難しいんですよね…。まあ、非常食や飲み物は常備していますし、電気が気になるかな。とりあえず、土嚢があるのか、聞いておこうっと。

さて、相も変わらずと言いますか、福島の原発は、何時収束するのか、ちっともゴールが見えて来ません。新聞各紙にテレビにラジオにネット、色々と情報が入りますけれど、ちっとも良い話がございません。とりあえず、見出しだけでも拾ってみますと、「汚染水抜き取りに遅れ」時事通信、「汚染水抜き取り難航」毎日、「福島第一『氷の壁』凍結せず」産経、「着工2か月でトンネル未凍結」読売、「福島第一5号機、配管から水漏れ」朝日…。また、昼間の時間帯のラジオ番組では、NO1の人気を誇る、「大竹まことのゴールデンラジオ」では、「現在、除染で各地に集められている土は、パックに詰められた、2500万㌧である。これを10㌧トラックで中間貯蔵施設に運ぶには、250万台が必要だ。これを3年間で全て運ぶ為には、1日2800台のトラックが必要だが、それは不可能に近い。そして、このパックの耐用年数は約5年であり、何れはこの袋からも放射能が漏れて、汚染源になる。」だそうです。

福島の震災の後、原発が稼働しないから節電だ、と大騒ぎになったのを皆様ご記憶と思いますが、あれ、殆どデマゴギーでありプロパガンダ、所謂rumor、悪質な噂に過ぎなかったですよね。だって、原発が稼働しなくとも、停電になってませんし、困っているのは政府とマスコミと東電ぐらいでしょう。

僕、不思議でならず、昨日からずっと考えていたんです。常に地震の恐怖--関東大震災も南海トラフも、何時来るか分かりませんよ--に晒され、あの福島の津波があった我が国において、何故原発を推進したがるんだろう、という素朴な疑問です。勿論、原発を持つ自治体への補助金、自民党の利権構造、しがらみ、責任問題等々、薄汚い大人の事情があるのは百も承知です。でもね、ドイツをご覧になって頂きたいんですが、福島の事故の後、メルケル首相は、原発を廃止する旨を決定したじゃありませんか。ロジカルに考えれば、東電はとっとと解体、賠償や刑事責任をきちんと果たし、何故この事故に至ったのかを検証し公表し、新電力会社を新たに設立、という流れしか無い筈なんです。どうもね、責任は曖昧のまま、有耶無耶にしてやり過ごしたいし、東電を中心とする利権構造は壊したくないし変えたくない、という事なんでしょう。これ、日本人固有の悪癖に思えてなりませんけれど、年金にせよ、無駄な公共事業にせよ天下り法人にせよ、検察や警察にせよ、植木等の歌じゃありませんが、♪ 分かっちゃいるけどやめられねえ アホレ スイスイスーダラダッタ スラスラスイスイスイ ♪、ですよね…。でもね、これ、プライベートでもビジネスの場でも、自分を変えたくても変えられない人って、割と多くいらっしゃるんじゃないかしら。

同じミスを繰り返し、東電は放射能を撒き散らして、世界中に迷惑を掛けているのにも関わらず、挙句の果てには、諸外国にも原発を売り込んでいるんですから、僕、もう狂気の世界の様に思えてならないんです。今までの成功モデルを捨てたくないし、変わりたくないのも分かりますけれど、なんで大失敗したやり方に固執するのかなあ。でもね、僕の周りでも、こういう人、見た事があります。仕事上で、幾ら親身にアドバイスしても、うんうんと聞いてはいるんですが、納得してないのかなァ。結局は己のやり方でやりますから、何も聞いてないのと同じなんですよね…。そして失敗を繰り返し、自己嫌悪か責任転嫁って、人間、これじゃあ進歩がありませんよね。

そうそう、かっての日本軍も、信じ難い程の失敗を繰り返しました。補給や情報の重要性はちっとも認めず、何時も同じ作戦を繰り返し、300万人の死者ですもん。例えば、日本陸軍の攻め込む日って、常に決まっていたそうです。それは常に記念日なんですね。昔の言い方であれば天長節、今ならば天皇陛下の誕生日は祝日ですけれど、その日や、他の記念日に総攻撃をかける、というパターンを何年も繰り返していまして、米軍側も、最後は何だか恐ろしくなったそうですよ。そして、島を守る際も同様です。水際で米軍を撃退する、という訳で、ビーチの近くに陣地を構えていたんですが、実はそれ、敵の恰好の標的でして、タラワ、マキン、サイパンと、何度も同じ作戦を繰り返し、毎度毎度瞬時に壊滅していたそうです…。自分は何が出来て何が不得手なのか、要は自己認識がまるで出来ていないんでしょうし、変える必然性を感じないんでしょうね…。でもね、戦争ならば、状況に応じて作戦を変えねば、味方に多くの死者が出ます。仕事なら自社に損害を与え、家庭なら家族が困るんですから、やはり、変えるべき時には決断しなくてはなりません。

僕ね、とても印象に残っているボクサーがいるんですね。それは、WBCスーパーフライ級チャンプの川島選手です。彼は、デビュー当時、平成三羽烏、と呼ばれ、インターハイでも優勝歴がありましたから、鳴り物入りの大型新人だったんですね。僕、偶然ですが、彼のデビュー当時のファイトを、深夜のテレビで見ているんです。相手にゴリゴリと接近して強打を叩きつける、所謂ファイター、と呼ばれるスタイルでして、中々のパンチ力がありましたが、その試合では何と1RでKO負けしちゃったんです。世界チャンピオン間違いなし、という触れ込みでしたが、デビュー早々2試合連続でKO負けを食らった上に、度重なる拳の骨折で1年のブランクを作り、川島選手には申し訳無いけれど、とんだ見かけ倒し、こりゃ先は無いな、とそれきり忘れていたんです。それから6年の月日が流れまして、川島選手の世界挑戦が決まったと言うんですね。僕、完全なミス・マッチ、勝機は無いだろう、と思いながら観戦したんですが、いやあ、驚きました!当時の川島選手とはまるで別人でして、力でゴリ押しするファイター・スタイルだったのに、相手と距離を取るスタイリッシュなボクサー・タイプへと大変身、そして、何より驚いたのは、その防御技術でした。彼は、歴代の日本人世界チャンプの中でも白眉のテクニシャンと言えますが、スリップ・アウェイ、と呼ばれる高等技術を、涼しい顔で事も無げに操っていたんです。スリップ・アウェイとは、相手のパンチが来る→顔面に当たる瞬間に、自分の顔をパンチの軌道と同じ向きに向ける→すぐさま反撃、という技なんです。相手のパンチを読み切る洞察力、身体の柔軟性、すぐ反撃出来る俊敏性、身体も頭も固い日本人で、この技術を使いこなせたのは、彼一人と言っても過言ではありません。付いた綽名が「アンタッチャブル」、さなぎが蝶に成る様に、世界チャンピオンになってからの川島選手は、眼疾で敗退し引退するまで6度の防衛に成功、どの挑戦者も何れ劣らぬ強者揃いでしたが、誰も彼の牙城を崩す事は出来ませんでした。川島選手は、アマ時代にインターハイを制していますし、鳴り物入りでプロ入りしましたし、当然自分のスタイルへの自信はあったでしょう。でも、連敗を経て、このままではプロで通用しない、とファイト・スタイルの全てを変えた訳です。

東電は勿論の事、もし悩みを抱えている方がいらっしゃったら、勇気が居るでしょうが、今までの自分のやり方を変えてみるのも1つの手ですよ!読者の皆様、僕で良ければメール下さい、何でも相談に乗りますよ!!よおし、今日も午後から来客のアポイントもありますし、打ち合わせもあるんですが、川島選手に負けず、頑張ります!
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