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ひょっこりひょうたん島

今日思い立つ旅衣、帰洛を何時と定めん、という訳で僕、公務で1泊2日の出張にこれから行って参ります。事務部長との打ち合わせや、電車の時間も刻々と迫りつつあり、何時もより指が速く動いております、って曲芸師の染之助染太郎の様ですが、僕、ちょっと焦り気味なんです。

おっと、先ずは読者の皆様にお礼から。昨日、拙ブログの総拍手数が、何と28万を突破しておりまして、おめでとうございま~す、ってこのギャグはもう良いですよね…。でもね、このブログがもう3年半ですか~。ここまで長く続けるなぞ何も考えず、思うさま綴って来ましたけれど、公私共に出会いあり別れあり、何だかまるで己の子供の様でもあり、未熟な自分の悪戦苦闘の歴史でもあり精神史であり、感無量ですし、ありがとうございま~す、って、あ~駄目だ、どうも染之助染太郎が傘の上で土瓶を廻している姿がリフレインされてしまって、恐縮です。冗談はさておき、いつもいつも拙ブログを覗いて下さるブロガーの方々、職員や友人知人の皆様、ひたすら感謝ですし、1度、読者の方々にお集まり頂き、オフ会でもしようかしら。今一度、こんな我儘なブログを何時も読んで頂き、本当にありがとうございます。今後ともご指導ご鞭撻の程、何卒宜しくお願い申し上げます。

さて、何だか久し振りに共感出来ると言うか、人様の不幸にこういう事を書いて良いのか分かりませんけれど、ドクター中松って先生がいらっしゃいますよね。発明件数は3000件を越し、飛び跳ねる妙な靴を履いて選挙に出たりして、何だかどうも眉唾な方ですけれど、何処となく愛嬌があったりして憎めないんですが、その先生、何と末期癌で余命1年半だそうで、それはとても悲しい事なんですが、僕、彼の発言を聞き、恐れ入って、そしてとても感動したんですね。この会見を開いた理由は、「建康に留意すれば、人間の寿命は144歳まで可能、と論文に書いた私の命が終わる。大変ショックでした。今後は、治療法と、癌治療ロボットの開発にかけたい。癌で苦しむ人への募金活動も行いたい。」との由でして、いやあ、僕、中松先生は憎めないけれど何処か怪しいな~、と思っていましたが、このポジティブで突き抜けた処は、素晴らしいなあと感じました。人の将に死なんとする其の言や善し、まあ、先生は工学部のご出身で、医学部ではありませんが、もしかしてもしかすると、世紀の大発見があるかもしれませんよ!?先生、頑張って下さい!!

僕、ピーマンと自民党、ゴキブリとアメリカは大嫌いですけれど、先入観は捨てて、是々非々で接する積もりなんですね。へえ、自民党にも幇間や宦官ばかりでなく、気骨のある男が居るんだなあ、と思ったんですが、村上誠一郎先生、その人であります。村上先生は、特定秘密保護法にも、拙速な集団的自衛権の進め方にも、原発の再稼働にも全て反対でありまして、中々信用出来る方だなあ、と感心しました。画竜点睛を欠くのは、ならば何故自民党に居るのか、という事なんですが、真の男ならば何れは離党するでしょう。僕、今の自民党には珍しく正論を吐く先生だなあ、と思って、村上先生の経歴を調べて、なあんだと得心しました。と申しますのも、先生は、彼の村上水軍の直系の血縁者だったんですね。

この村上水軍とは、日本史上最大の海賊集団なんです。僕の十年来の親しい友人が居まして、何時もご登場頂くMさんとは別人でして、その名も村上君なんですが、彼も非常に個性的で面白く、かっては著名な歌手のバック・シンガーを務め、競馬はプロ並み、現在は全く違う職種に就いていますけれど、サックスも中々達者、僕の映画でも音楽を担当して貰い、闇金の社長さん役でも出演したんですが、やはり自由闊達な海賊の血が流れているのかなあ!?さて、この村上水軍、平安時代から続く古い家でして、海上輸送に要人警護に密貿易、難破船の救護に海戦等々、海に関する全ての事を請け負っていた訳ですけれど、何故大分にその末裔の村上君がいるかと言いますと、この水軍を放置していては危険であるとして、大分の山奥に玖珠という処があるんですが、豊臣秀吉が、彼らから船を取り上げて、そこの大名にしてしまったんですね。

さて、この村上水軍、蒙古襲来の際にも、日本中を二分した南北朝の争いにおいても、倭寇の折も、織田信長公と毛利家が争った瀬戸内海の覇権を競う大戦の時も、日本史上に現れます。でも、彼らが最も大きな功績を成し遂げた、と言えば日露戦争において、でしょう。当時のロシアと日本の国力差戦力差は、比較出来るレベルにありませんでした。勿論ロシアが断然上です。日本が勝つには、ロシアの大艦隊を全て海の底に沈める必要があったんですね。当時の日本海軍の参謀は、天才と呼ばれた秋山真之、彼は凄まじいまでの読書量で有名でして、ロシアとの戦いに何かヒントは無いか、という訳で、日々勉強と研鑽を怠らなかったんです。結局、彼の猛勉強が実り、見事日本はロシア海軍に完勝、全ての敵船を鎮めるんですが、その時、最も参考になった書とは、村上水軍が残した古書、南北朝時代のものですから、今から900年近く前の本だったと言います。即ち、常に我が全力を挙げて分散された敵を撃つ、という言われてみれば当たり前の、とてもシンプルなものだったんですね。まあ、大海原において、常に自軍の戦力の全力を集結するのが如何に大変か、というのは言うまでもありませんが、それを成し遂げたのが、訓練と作戦の妙だった訳ですね。

明治の日本人は偉かった、僕、いつもそう思います。でも、僕達は皆、彼らの血を引いているんですから、どんな大変な事、原発から復興だって出来ない筈はありません!!よおし、では、いよいよ電車の時間が迫って来ました。汽笛一声新橋を、それでは僕、特急列車に乗って出発進行、行って参ります!!
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