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GUERNICA

僕の人生って、禍福はあざなえる縄の如し、の諺通りでして、割合浮き沈みが激しいんですね。40数年間の人生で、3度の大きなトラブルがありまして、でもこれ、自分のやった事では無く、肉親の所為だったのですが、今思えば、精神面の弱い人だったら、何処か身体をやられてたんじゃないかしら。まあ、天性の楽天家であり、自己を客観視出来る処と、「旨い物を食べてお酒を呑んでたっぷり寝る。兎に角我慢だ。今現在を全力で頑張っているし、方向性は決して間違っていないし、命を取られる訳じゃない、明日は明日の風が吹く。そして、笑顔だけは忘れない様にしよう。」、というモットーが良かったんでしょう。そして、親友のMさんを始め、その時その時で支えてくれる人にも恵まれた、という幸運もありました。

もう十数年前になりますか、2度目の大きなトラブルの渦中において、公私ともお世話になった方がいらっしゃいまして、その難事を処理してからも、ちょこちょことは会ってはいたんです。昨日、彼が見えまして、久闊を叙して歓談していましたら、今度は先方がかなりシリアスな状況に陥っていまして、義を見てせざるは勇無きなり、僕、出来うる限りの協力を堅く約束しました。沈む瀬あれば浮かぶ瀬あり、と申します。兎に角頑張れ!!僕は何時でも、いざ鎌倉、喜んで馳せ参じますよ!!

そういう大変な状況にある友を思い、そして仕事の事を考え出すと、深夜になっても中々寝付けませんで、少々重いのですが、画集を手に取って気分を鎮めていたんですね。クリムトの金、デュフィの青、ゴーギャンの赤、レオナールフジタの白。ボッチョーニの躍動感、ターナーの疾走感、モネの静謐感、ヴェッチェッリオの豊満感。ミュシャの華麗さ、若沖の途轍も無いポップさ、北斎の大胆さ、歌麿の妖艶さ…。ウヰスキーとキューバ産の葉巻が手元に無かったのは残念ですが、すっかり絵に夢中になりまして、暫し時を忘れていたんですが、久方振りにピカソを観て、今更ながらなんですが、やはり巨人だなあ、との思いに浸りました。これ、ホントに偶然の一致で驚いたのですけれど、ちょうど日付が変わり、6月4日になったんですが、この日は、ピカソ畢生の大作、「ゲルニカ」が完成した日だったんですね。

「ゲルニカ」、この絵は皆様ご存じでしょう。ピカソの生まれ故郷、スペインのマラガから指呼の距離にある、ゲルニカの街がナチス・ドイツによる空爆を受けました。史上初の無差別空爆とも言われていますけれど、それに対する憤りから、縦に約4㍍、横は約8㍍の大作を1か月で仕上げた、と言います。僕、残念ながら画集でしか観た事はありませんけれど、人の目をした牛、泣き叫ぶ馬、大空を見上げ救いを求める人、子供を抱き哭く母親、あえて血の色である赤を使わず、モノクロームだという事が、より一層の迫力を備えていて、この原画はマドリードにありますから、是非1度見てみたいものです。でもね、僕、彼の伝記は、「ピカソ=天才とその世紀」、マリ・ロール・ベルナディック著 高階絵理加訳 知の再発見双書、でしか読んでいませんけれど、この「ゲルニカ」を描いている際は、2人の蠱惑的なガール・フレンドが押し掛け、修羅の様な状況だったとか。だって、この「ゲルニカ」をピカソがペンキまみれになって描いている時、後ろでは、そのガール・フレンド2人が取っ組み合いの大喧嘩をしていた、ってんでしょ!?いやはやなんとも、色んな意味で凄い人です…。

さて、ピカソは91歳まで生き、1万3500点の絵画、3万5000の彫刻・陶器・挿絵、10万を超す版画を残しました。僕のオフィスにも、彼のリトグラフが1つありますけれど、その横に掛かっているターナーがエッチングの銅版画でモノクロ、という事もあり、ピカソのスペインの祝祭を描いた絵が妙に目立ちますもんねえ。また、彼の特色として、生涯に何人ガール・フレンドが居たか分からない--3人の女性に4人の子供を産ませたのは確実です。--艶福家であり、そして、最も僕が感心しますのは、その画風の変化です。時系列にざっと並べてみましょうか。

若い頃の、深く暗い青を多用した「青の時代」。新たな恋人を得て、明るい色調を基調とした「薔薇色の時代」。そして、アフリカ彫刻に影響を受け、キュビズム--異なる複数の視点から、物体を1つの形にまとめて描いたものです。--を経て、古典的な手法に回帰したり、シュールリアリズムに傾倒し、ゲルニカを描き、最晩年の原画は見ましたけれど、クレヨンを使っていたり、90歳とは思えない程カラフルで若々しかったですもんね、いや、脱帽しました。どうも、ガール・フレンドが変わる度に、作風も変化した一面もある様ですが、それはさておき、こんな巨人はピカソだけかなあ、と思ってましたら、いやいや、日本にも居ますよ。

それは、文豪谷崎潤一郎その人でありまして、彼もまた、3回結婚の剛の者、書いた作品群は膨大かつ傑作揃いであります。谷崎先生は日本橋は蠣殻町のご出身でして、僕、その生誕の地を訪れた事がありますけれど、初期の頃は、江戸期への憧れが滲み出る様な小説を多く書かれていたんですね。それが、デビュー作の女性の背中に刺青を入れる物語から始まって、幻想的なもの、ミステリー、マゾヒズムに同性愛、歴史小説に三角関係、そして近親相姦を匂わす様な小説も手掛けた様に、作風は大きな変化を遂げました。谷崎先生は、生粋の江戸っ子なのに、「卍」なんて、大正時代に全編大阪弁で書かれたレズビアンのお話ですもんねえ。勿論、その作風の変化には、ピカソ同様、その時にお付き合いされていた女性の影響があるのは、まず間違い無いと思われます。

何れにせよ、偉大な芸術家を支えたのはwomanでありまして、「元祖、女性は太陽であった」という有名な言葉を記すまでもありませんね。ピカソや谷崎にはとても及ばない僕だって、やはり母親の影響って強いと感じますもん。今日は我流の拙い芸術論と相成りましたが、如何でしたでしょうか!?さて、今日はこれから福岡に行って来るのですが、昨晩から大雨洪水注意報が出ておりまして、窓を開けたら滝の様な雨、日帰りの積もりなんですが、果たして今日中に帰れるかしら!?明日のブログは書けるかどうか分かりませんけれど、そろそろtime's up、それでは行って参りますm(__)m。
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ゲルニカ

ゲルニカ、私もずっと好きでした。

昔、京都に住んでた頃、新聞で見つけたゲルニカの絵が気に入って、ハサミで切り取って、壁に貼ってたんです。

その時は、その絵が描かれた歴史的な背景は詳しく知らなかったけど、ただ、絵として、純粋に、気に入ってました。

去年の夏、ゲルニカを観ました。

思ったより、大きかった。美術館の中にはミロやダリや、ブニュエルの映画や、それにフルクサスのアートなど、有名な作品がいろいろあったけど、いろんな作品を見ては、ゲルニカの所へ戻ってきて、ジーーーーーーッと見つめて、それからまた違う絵を見て、また戻ってきて、ジーーーッと見つめて・・・・という、「もう二度と見なくても良い」というくらい見ました。

No title

楽々ライフさん、ご無沙汰です。

ゲルニカ、ご覧になったんですね~。スペインですか!?羨ましい限りです(^^)。

縦に4㍍、横に8㍍と言いますもんね~。

僕も絵画が大好きでして、流石に高額なものは買えませんけれど、手に入る範囲で、リトグラフや版画等々、コツコツ買い集めています。
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