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ペコとスマイル

いやあ、今朝は気分爽快です!!皆さんはご覧になりませんでしたか!?そう、ボクシングですよ!生中継で無かったのは残念でしたが、WBCダブル世界タイトルマッチが開催されまして、僕、随分前に行った事がありますが、大田区総合体育館において、八重樫・井上の両日本人選手が、共に見事なワン・パンチ・ノックアウトで勝利しました!WBCのライト・フライ級、フライ級のベルトが日本にある訳で、僕、とても嬉しいんですが、試合前はヤバいかな、と危惧していたんですね。実は、日本VSメキシコの世界戦って、僕達に圧倒的に不利でして、確か勝率は2割にも満たないと記憶しています。ボクシングのメッカ、メキシコの選手達は、日本人と体格的には左程の差は無いのですが、よりテクニックに優れ、耐久力があり、パンチ力もハートもディフェンスも断然向こうが上、トレーナーもマッチメイクも敵わず、正直、3ランクぐらい差があるのが現状なんです。1つだけ例を挙げますと、左のリードブローでしょうか。メキシカンは、数種類の左を打つんですね。通常の素早いジャブ、ロング・アッパー、中間距離ではフック、相手の右腕越しにゆっくりとした左を打つ事もあります。日本人は真面目と言いますか、普通のジャブばかり、これでは勝負になりませんよね…。

さて、両チャンプの快勝は勿論ですけれど、それにも増して嬉かったのは、先日の拙ブログでご紹介しました様に、冤罪事件で収監され、先日釈放されたばかりの袴田さんに、WBCのマウリシオ・スライマン会長が、「名誉チャンピオンベルトを贈呈出来る事を光栄に思う。」と、ベルトを授与した事です。見事に防衛を果たしたチャンピオンの八重樫選手も、「袴田さんと一緒に後楽園ホールで試合を観たいです。」と答えていまして、僕、何だか涙が出ましたよ…。ただ、袴田さんご本人は、長期の拘留で心身共に疲弊されていて、代理でお姉様がチャンピオンベルトを受け取っておられまして、検察と警察には、改めて怒りを覚えました。大馬鹿のアンタ達の所為で、全世界のボクシング関係者を敵に廻してますよ!!

八重樫選手は、持ち前の出入りの活発なボクシングで、挑戦者を退けましたけれど、日本人選手はどうもディフェンスの甘さが目に付いてなりません。八重樫選手の両目は腫れていましたし、接近戦を挑むのならば、真っ直ぐ入るのでは無く、頭も身体も振りながら入らないと。次の相手は、2階級制覇、39戦全勝33KOのローマン・ゴンザレスですから、今のままでは被弾確実でしょう。チャンプのディフェンス技術の一層の向上を望みます。

そして、新チャンプとなりました井上選手、6戦目にして世界奪取、20歳での戴冠には心から拍手を贈りますし、パンチの切れ、勘の良さ、スピード、コンビネーション、何れも素晴らしく、彼の試合は大体観ていますけれど、改めてその才には感心しました。彼は本物ですね。ただ、老婆心ながら、少々気になった点について触れておきます。減量苦もあるのでしょうが、スタミナの点で不安がありました。4ラウンズまでは完璧でしたが、5ラウンドからは脱水症状で足が動かなかった由、単なるオーバー・ワークなのか、もしかすると階級を上げる必要があるかもしれませんね。そして、ディフェンスの見切りは素晴らしいのですが、疲労の蓄積される中盤以降は、きちんとしたブロッキングが必要となるでしょう。やや、防御面は甘いかな!?しかし、久々のホープである事は間違いありませんで、サウスポー対策や接近戦、先に挙げたスタミナ、といった不安が杞憂に終わります様に。あ、蛇足ながら、井上選手の弟さんも昨日試合を行った由、何とプロ2戦目で、WBA4位WBC5位のタイの選手に3-0の判定勝ち、という事ですから、愚弟賢兄ならぬ、賢弟賢兄ですね。より一層切磋琢磨するであろう2人が、これから非常に楽しみです。どうか、聖書の挿話にある、カインとアベルの様にはなりません様に。

僕ね、本当に残念だったのは、この素晴らしいタイトル・マッチが、録画放送でしか無かった事でして、ホント、日本人って、ドメスティックで嫌になります。プロフェッショナルな格闘技の中で、世界で唯一認められているのはボクシングだけなんですがね、それを知らない日本人ばかりですから、こういう殆ど深夜枠での放送になるのでしょう。そして、昨日の両チャンプよりも、もしかしたら上かもしれないのは、卓球の2人の少女の快挙です。

伊藤さんと平野さんという、共に13歳の静岡生まれの少女達が、卓球のワールド・ツアーで、史上最年少優勝を果たした事です。驚きますのは、ドイツ・オープン大会に続きスペイン・オープン大会をも制したんですね。何と2週連続優勝、という事で、僕、Jリーグでちんたらやってる連中より、数段上と思いますね~。相手は世界ランク10位と47位のペアだったそうで、彼女達は、日本卓球界の次期エースになる事は間違いなさそうです。僕、卓球には割と親しみがありまして、一家揃って毎日プレイしていた頃もありました。皆さんは馬鹿にしがちですが、卓球って、「チェスをしながら100㍍走をする様なもの」という有名な言葉がある様に、相当ハードなスポーツなんですよ。僕はシェイク・ハンドのドライブ・タイプでしたが、前陣速攻にカット・マンにサウスポーにペン・ホルダー等々、相手によって全く趣が変わりますから、ボクシングにも似た、一種の格闘技と言えましょう。

現在は、世界に通用するプレイヤーが輩出されつつある我が国でして、野球で言えばメジャー・リーガー、卓球ならばドイツ・ブンデスリーガでプレイする選手も増えつつあります。先の2人の少女も恐らく欧州でプレイするでしょう。でもね、どの世界でも、偉大な先人が居た事を忘れてはなりません。日本卓球界の父、と言えば、荻村伊智朗さんしかいらっしゃいません。ここからが今日の本題でして、随分と長い枕になりましたが、荻村さんの話を少しだけ。

荻村さんは、先の少女達と同じ静岡の産、高校1年生から卓球を始めたそうですから、少々遅いスタートの様に思いますけれど、尋常では無い凄まじい努力と精進を重ねた結果、1953年、大学在学中の21歳の時、全日本チャンピオンとなります。そして、翌年にイングランドはウェンブリーで行われた世界選手権で優勝、1956年の東京大会でも世界制覇、V2を成し遂げます。ここからが彼の快進撃の始まりでした。約10年間に渡り、世界選手権で大活躍、僕、何時か競輪の中野選手も書かなくては、と思っていますが、彼と同様、荻村さんの獲ったメダルは、金12・銀5・銅3、アジアでは敵無し、でありまして、これもう、殆ど超人の域と思いますが、皆さん、如何でしょうか!?

荻村さんの凄さは、プレイヤーを引退してからにもあります。国際卓球連盟会長に就任後、先ずは指導者として世界的に有名になるんですね。育てた世界チャンピオンは10人以上、スウェーデンや中国は、今なお世界的なプレイヤーが数多く居ますが、彼らは皆、荻村さんの影響を少なからず受けています。所謂「ピンポン外交」と呼ばれ、一躍有名になりましたけれど、卓球を通じ、かって外交関係が無かった日中間の交流が始まり、これが両国の国交正常化に繋がる訳です。荻村さんの様に、毛沢東や周恩来に何度も会っている日本人って、田中角栄ぐらいですよ!?そして、荻村さんは世界を将に股に掛け、5大陸を飛び回りました。バルト三国、北朝鮮、韓国、インドネシア、中近東、当時何れも紛争を起こしていた国々は段々と雪解けに向かいましたが、彼の果たした、「ピンポン外交」の役割は非常に大きかったのです。そして、東京都立大学芸術学部映画学科卒ですから、学生時代には、自ら脚本を書き出演、そのフィルムで卓球の素晴らしさを全世界にアピールしました。自ら書いた書籍も数多く、語学にも長けた彼が、卓球のイメージ・アップに果たした役割は、将に前人未到と言えるものでしょう。彼の最後の仕事は、長野オリンピック誘致に見事成功した事でして、何せ、「卓球は世界をつなぐ」が彼の座右の銘だったんですから、並みの政治家とはスケールが違い過ぎます。惜しくも62歳の若さでお亡くなりになりましたけれど、なでしこジャパンなんて、たった1度世界を制しただけでしょう、小さい小さい。荻村さんにこそ、国民栄誉章を差し上げるべきだったんじゃないでしょうか。

今日は少々長くなりましたけれど、今週も拙ブログをご贔屓の程、何卒宜しくお願い致しますm(__)m。
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