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VERTIGO

今日はホントに時間がありません!!もうね、拙ブログ初、谷崎潤一郎ばりの、脚の綺麗な美人秘書に口述筆記でもさせたいぐらいなんですが、生憎この部屋には僕しかいませんから、早速飛ばして参ります!

まずね、「法の下の平等」なんて言いますけれど、この日本国ではそれはあり得ませんね。時の権力者、まあアメリカ様や自民党や大マスコミ、そして官僚どもに近ければ近い程、刑や扱いが軽くなるのは間違い無い様です。と申しますのも、猪瀬元都知事や、みんなの党渡辺代表に対する扱いと、かっての小沢さんに対してのものは、全く違うからです。僕、一応法科の大学院まで行った人間ですから、法治国家のあり方については一家言ある積もりですし、学校を出てからも、研鑽や勉強は怠らなかった積もりです。刑が確定するまでは、公平に扱わなくてはなりませんし、疑わしきは罰せず、これ、世界中の法学部で一番最初に習う事ですし、コモン・センス、常識であります。しかるに、小沢さんは、何年もの長い間、疑いをかけられ、凄まじい量の人格攻撃を受けました。僕、拙ブログを読んで頂ければ直ぐに分かりますけれど、これは冤罪である、と終始一貫して綴って来ました。小沢さんは賄賂なぞ貰っておらず、お金の流れは全て明白です。個人的な経験で恐縮ですけれど、僕、相続の際、国税が来て、死んだ親父の銀行口座を問答無用で調査、数か月に渡って調べ上げられたんですね。勿論、僕は何も法を犯す事はしておりません。一民間人に対し、国税がそこまで調査出来るんですよ。小沢さんの場合、それ以上に権限のある検察が絡んでいる訳で、もっと執拗な捜査があった筈です。なのに無罪な訳で、小沢さんはクリーンなのは、逆説的ですが、或る意味、国のお墨付きなんですよ。だって、悪意のある検察が何年も調べに調べた挙句、悪い事をした証拠が出なかったんですもん。これ以上の無罪の証明がありますか!?そして、当時の報道をよく精査すれば分かりますが、全て疑いか?という見出しや内容なんです。小沢さんに賄賂を渡した、という証拠は出なかったのです。

さて、猪瀬や渡辺の場合はどうでしょうか?これ、僕、小沢さんであれだけ大騒ぎするならば、この両名はもっと大変な事になってしかるべきと感じています。と申しますのも、猪瀬には徳洲会グループが5000万円を、渡辺には化粧品会社DHCが8億円を、夫々渡したと明言しているからです。猪瀬も渡辺も受け取った事を認めましたが、政治資金収支報告書には一切記載が無いんですね。小沢さんの場合は、自己資金を自分の政治資金団体に貸し付けたんですが、収支報告書には、決算期の時期の問題があり、その記載が数か月遅れたんですね。そうしましたら、検察が事務所の捜索をするわ、秘書を逮捕するわの大騒ぎになった訳です。僕ね、誰が考えても猪瀬・渡辺の方が悪質ですし、小沢さんの場合は自分のお金なんですから、どう使おうと自由じゃないですか。猪瀬・渡辺は巨額のお金を貰っていながら、それを黙っており、収支報告書に記載してないんですから、これこそ賄賂じゃないのかなあ!?兎に角、検察はこれ以上恥を晒したくないなら、両名をとっとと捕まえた方が良いですよ。あ、検察に恥なんて概念は無いか。何せ、日本全国の地検で、多くの冤罪を繰り返してますもんね~。この国には「法の下の平等」は存在しません。何時か僕が捕まる様な事があれば、検察にはめられた、とお考え下さい。あ、僕、そんな大物では無いので、それは大丈夫ですね!

閑話休題、嫌な話は終わりまして、僕、草木も眠る丑三つ時にふと目が醒めて、お手洗いに立ったんですが、窓の外を覗きましたら、ここ大分では滅多に見られない濃霧でして、驚きました。ビシソワーズのスープの様な、ここはスコットランドか、と見紛う様な、まさしく一寸先もよく見えない様な重い霧に覆われていまして、何だかシュールな眺めではありました。

僕が今まで見た霧で印象的だったのは、国内ならば釧路と摩周湖、海外ならばサンフランシスコのゴールデン・ゲイト・ブリッジでしょうか。国内のものも、心に残っていますが、SFは凄かったです。ゴールデン・ゲイト・ブリッジ、と言えば、僕が渡米した20代の頃は世界最長の吊り橋でして、全長3㌔齢、それが霧や雲海に覆われて見え隠れしていまして、時折、海や山やライトアップした高層ビルが目の端に移り、いやあ、あれは夢幻というか将にnirvana、涅槃や極楽浄土がもしあるならば、さもありなん、という感じでした。この金門橋、ヒッチコックの「めまい」でも使われたり、SFの象徴とも言うべき観光名所ですけれど、この橋のたもとに、フォート・ポイント、と呼ばれる古いレンガ造りの遺跡があります。歴史の無いアメリカにしてはかなり古びており、何だろう、と思うのですが、実はこれ、金門橋を通過するであろう、敵国の戦艦を狙う砲台の跡なんですね。1861年に造られたものでして、第二次大戦中は、日本軍を警戒していた砲台でした。まあ、当時は戦争中でしたから、アメリカが日本を敵視するのも当たり前、至極当然なのですが、看過出来ない砲台が、実はあるんです。このサンフランシスコの真北に位置するのはオレゴン州なのですが、ここにコロンビア川、という交通の要衝である大河が流れています。ここに、コロンビア要塞と呼ばれた多くの砲台が築かれたのは、1904年であります。実はこの年、日露戦争が開戦したのですが、日本の勝利で終わったのは周知の事実ですよね。開戦当初から、アメリカは日本の勝利に終わるだろう、と予見していたそうで、それは当時のルーズベルト大統領の談話を読めば、誰もが分かる事です。

僕、本当にアングロサクソンは決して油断出来ないな、と感じますのは、ルーズベルト大統領が日露戦争講和のレフェリー役と言うか、立会人を務め、日本側は「これで戦が終わる」と感謝していたんですね。ところが、先のコロンビア要塞にある多くの大砲の向きは、実は太平洋なんですよ…。アメリカの西には広大な太平洋が広がっていますが、その遥か先には、我が国日本がある訳です。僕ね、人を疑うのは好きじゃありませんが、1904年当時から、アメリカさんは、何時の日にか、日本が自分の国に攻め込むんじゃないか、疑心暗鬼だったに違いありません。でなければ、何れ日本の軍艦が、サンフランシスコ沖まで攻め込んで来るだろう、その為にはコロンビア要塞に砲台を造らなければ、と考えませんよ!?その人間不信ぶりたるや恐ろしいな、と思いますけれど、結局はコロンビア要塞完成後、40年近く経って日本を挑発、戦争に追い込みませんよね!?こんな国、信用しない方が良いと思うし、このままでは、アメリカと無理心中でもさせられそうで、僕、怖いですよ!

さて、時間に追われながら何とかここまで書けました。もう少し、この問題を抉ってみたかったのですが、それはまた次の機会と言う事で、よし、では打ち合わせに行って来ます!
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