FC2ブログ

it is no use crying over spilt milk.

無事に福岡から戻って参りました!!皆様、週末は楽しく過ごされましたか?さて、その出張に出る前の夜中ですよ、凄い地震が九州地方を襲いまして、深夜の2時過ぎだったのかな、僕、四つん這いで激しい揺れに耐えるだけでした。僕自身も当院も、不幸中の幸いで、特に被害が無かったのは何よりですけれど、でもね、あの揺れを体感してしまうと、やっぱり原発は危険極まりないですね~。南海トラフや関東等々、大型地震が来るのは想定内なんですから、よりリスクを排除した施策を取るのが、政治家の必須条件でしょう。幾らお金があったって、死んじゃったらそれでお終いじゃないですか。どうか皆の力で原発を止めましょうね!

さて、その後は眠れず終い、早朝の大分駅へと向かったのですが、田舎には珍しく構内が人で埋め尽くされておりまして、特急列車は地震の為の運休の由、僕、すかさず百貨店の前の高速バス停までダッシュ、日頃の行いが良かったのでしょう、何とか乗り込む事が出来ました。でもね、考える事は誰しも同じ、福岡に入ってから都市高速が渋滞でありまして、アポイントメントはお昼前ですから、アカデミー賞3部門受賞のアメリカの暗部を描いた話題作「それでも夜は明ける」を密かに観ようと思っていたんですが、とても無理でした。アテンドされた方から聞きました、筑紫口の改札側にある、八天堂のクリームパンでお腹を満たしまして、仕事に励んだ次第です。1泊2日の道中、ずっとアテンドして頂きました皆様、この場を借りて厚く御礼申し上げます。大分にお寄りの祭は、是非お声をお掛け下さい。袖振り合うも多生の縁、家三里を出れば旅の空、と申します。こちらに来られた折には、精一杯お世話させて頂きますm(__)m。

さて、その2日間、関係者の挨拶廻りが殆どだったのですが、車での移動中、博多山笠の総本山と申しますか、氏神、いや鎮守様になるのかな、櫛田神社で参拝したり、接待の飲み会の〆には屋台でラーメンをご馳走になったり、お土産用の地元で親しまれている明太子屋さんを教えて貰ったり、ちょっとした観光が出来る様にご配慮頂き、僕、恐縮しきりだったのですが、土曜のお昼に、明治15年創業の「かろのうろん」というお店にご案内して頂いたんです。あんまり腰の無い麺に、明太子が片腹入り、海苔が入ったうどんだったのですが、非常に出汁が効いて美味でした。驚いたんですが、国民食と呼んでもいいうどんですが、この博多の地が発祥の由、何でも1241年と言いますから鎌倉時代になりますか。日本から宋に渡り、仏教を学んだ円爾という高僧が、布教の地として選んだ博多に数年間滞在したそうなんですね。当所はワンタンの様なピラピラした麺だったそうですが、全国に波及したのが室町時代、その頃には既に現在のうどんと左程変わらなかったとか。もう全国区となった豚骨ラーメンにせよ、このうどんにせよ、何せ早く食べられるのが特徴と思いますが、やはり博多は商都ですから、タイム・イズ・マネー、という訳だったんですね。

中世に世界的に流行を見せたのが、所謂「自治都市」と呼ばれる形態の街でした。農業から商業への過渡期であり、貨幣と言う物が急激に力を持ち始めた時代が中世でして、農本主義から資本主義への転換期とでも言うのかな、ドイツですとハンザ同盟、イタリアですとロンバルディアが有名ですけれど、なかなかどうして、日本だって決してひけを取りません。博多は豪商を沢山輩出した土地柄で、まあ、日本の中では外国に最も近いですから、貿易が盛んになるのも分かりますよね。戦国期に日本三大肩衝、と呼ばれた茶器は、初花・新田・楢柴なんです。何れ劣らぬ名器揃いなんですね。この三大名器は、信長・秀吉・家康と、時の天下人が所有していたのですが、残念ながら焼失した楢柴に関しては、堺の商人から博多の豪商、島井宗室が購入したもので、眉唾かもしれませんが、九州全土の石高に匹敵したと言われています。信長は、この楢柴がどうしても欲しかったそうですが、結局入手したのは秀吉でして、時の天下人しか持てない様な高額な茶器を、一商人が所有していた、というんですから、当時の自治都市である、堺や博多の実力は、計り知れないものがありますよね。

僕、これは持論なのですけれど、天領ですとか、長崎の様な一種の自由都市、そして、博多や金沢の様な自治都市は、文化が非常に発達する、と睨んでいるんです。お上の規制が緩くなるのがその最大の理由でしょうし、まあ、識者の方には言わずもがなでしょうけれど、金沢の各種工芸品は、数百年に渡り世界的なレベルにありますし、僕、何と言っても凄いなあ、と思いますのは、彼の地の名物、河豚の卵巣の糠漬けです。河豚は猛毒を持つ事で広く知られていまして、大分県だけは肝を食べられますけれど、金沢では、強い毒性を持つ卵巣を2年近く塩蔵、その後水洗いして糠床に1年漬ける、という大変手間暇が掛かった珍味なんですね。僕、1度しか食べた事はありませんが、塩味は少々きついですけれど、大変なコクと旨味がありまして、日本酒に良しご飯に良し、金沢の豊かな食文化の凄みを感じました。

さて、余り広く知られていないのが残念ですけれど、奈良県は橿原市にあります今井町、ここが日本では珍しい城塞都市と言いますか、町民による完全な自治を長年保っていたんですね。東西南北に4つの門を配置、幅7㍍深さ2㍍の深いお濠と土塁に守られた、自衛の為の町造りを、1500年代に実現していたんですから恐れ入ります。この街が史書に現れるのは飛鳥時代でして、当時は泥濘の地だった様ですが、綺麗に埋め立て、本願寺を信仰し、堺と交流、山中にある処なのですが、交通の要衝という地の利を生かし、貿易や金融センターとしての役割を持ち、東南アジアとも交易が盛んだった、と言いますから、人間、創意工夫で、何とでもなるものですよね。天下の織田信長公もこの富裕極まりない地を見て感嘆、自治権を認めた、と言われています。この街で発行していた独自の紙幣であります、「今井札」が約1世紀近く流通していた事で、その実力が分かるのではないでしょうか。何せ300年の栄華を保った程豊かですから、茶道やお能や和歌に俳諧、書道にお囃子に華道に画と、ありとあらゆる芸術家も集まって来たんですね。彼の俳聖、松尾芭蕉も長期滞在した記録が残っていますが、江戸末期になりますと、徳川幕府の凄まじい重税により、この街は衰退してしまい、現在では、旧家の街並みが、その栄華の名残を惜しむ様に残されています。

僕、何時も思うんです。時の政府は、個人や会社の懐に手を突っ込む様な真似は、決してするものじゃないと。民間の人達の営々たる努力、そして創意工夫って、自らが生きる為ですから、精一杯の知恵を振り絞りますよ。現代だって、少し前ですが、お酒のメーカーは皆、ビールでは高いですから、発泡酒を造って大ヒットを飛ばしたじゃないですか。そしたら税金を上げるなんて、政治家も官僚も、自分ではお金を生み出せない寄生虫みたいなものですからね。民間が税金を納めて、それでご飯を食べているのが彼らなんですから、僕達の邪魔はして欲しくありません。民間企業という、金の卵を生む雌鶏を、税金を上げて殺してどうするの!?どうも安部のヤロウは、アベノミクスとか言って調子に乗ってますが、消費税を上げた途端に経済は失速しますよ。どうか日本が、今井町の様にならない事を切に願っています!!よし、では会議に行って来ますね。今週も拙ブログをご贔屓の程、何卒宜しくお願い致しますm(__)m。
スポンサーサイト



コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

しもごおり

Author:しもごおり
OSHブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR