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ブラック・ジャック

読者の皆さん、こんにちわ!僕、今週末は福岡出張、割とスケジュールがタイトになりまして、さっきやっと打ち合わせが終わった処です。さて、もう3月もそろそろ半ばですし、いい加減暖かくなっても良い筈なんですが、昨日の大分も寒かったです。夜半、ふと目が醒めまして、煙草に火を付けて一服していたのですが、窓の外ではそぼ降る冷たい雨でありまして、♫ 飲ませて下さい もう少し 今夜は帰らない 帰りたくない ♪、思わず昔の演歌の「氷雨」の歌詞を思い出しました。

さて、昨日は何だか肌寒かったものですから、床屋も映画館に行くのも中止、お部屋でぬくぬくと、DVD鑑賞と野球観戦をしておりました。レンタルビデオ屋さんに行くのも何だか億劫、無精髭のまま、怠惰な姿で寝転がって、甲子園での阪神-巨人のオープン戦を観ていたんですね。それにしても、我が愛する阪神はちっとも打てませんで、送りバントは見事に失敗するわ、ノーアウト3塁の絶好のチャンスに、難しい球に手を出すわ、容易いボールは見送っての三者凡退では、野球の神様も見放しますよね。どうやら、オープン戦で勝ち星が無いのは阪神のみ、球春なんですから、せめてこの時期ぐらい夢を魅せて欲しいんですが、いきなりの6連敗って…。まあ、どうせ打てないなら、超高齢者が揃った打線には見切りを付けて、若い選手達に切り替えて欲しいものです。

それにしても、この貧打には目を覆うものがありますし、緊急に強打の内野手を補強する必要があるんじゃないか、と勝手なファン心理で、ネットで色々と検索していたんですね。四国独立リーグの愛媛マンダリンパイレーツには、知り合いの経営者の方もいらっしゃいますし、Yさん元気かなあ、と思いつつ、ネット・サーフィンをしておりましたら、大変興味深いサイトを発見しました。「世界の野球」というブログでありまして、その野球独立リーグについて書かれていたんですね。大変申し訳ありませんが、大筋を勝手に引用し、僕の意見を交えて要約させて貰いますね。まず、この独立リーグは、社会人野球チームが減少する中、日本プロ野球への選手の供給源になるべく、そして地域活性化の為に立ち上げられた訳です。勿論、独立リーグ経由で、プロ野球に入団した選手も多いのですけれど、当初の目論見程では無かった訳です。となりますと、新たなアイデンティティと言いますか、存在意義が必要になって来た由なんです。詳しくは先のYさんに聞いてみようとも思うのですけれど、所謂野球後進国からも選手を積極的に受け入れて、新戦力の発掘は勿論の事、国際交流にも役立てよう、という事なんですね。「世界の野球」様のデータは勿論の事、色々と調べてみますと、いや、四国の地に、新たなムーブメントが生まれる予感すらして来ました!イタリア出身で、香川のチームで投げ、それが目に留まり、オリックスに入団、主戦力となったマエストリ投手はその好例でしょうが、オランダ・フランス・スペイン・台湾・韓国・中国・ミャンマー、そしてアフリカの内陸国のブルキナファソ、中南米のエルサルバドル等々、世界中の野球人が、日本プロ野球で一旗揚げる事を夢見て、続々と海を渡り、四国の地に結集しつつある訳です。欧州では、ドイツやチェコやロシアで野球が発展しつつありますし、次回のWBC大会の参加国は、40を超すという事ですから、今後が楽しみです。インドでも、アメリカ野球に挑戦する選手が出て来ましたもんね。最近の甲子園大会を観ましても、随分とハーフの選手が増えましたよね。もう今は、メジャー・リーグ有数の選手に成長したダルビッシュ投手は、父君がイラン国籍です。暫く前に、全国ベスト4に入った、名門東洋大姫路のエース、アン君は、ご両親共にベトナム人でした。ブラジルにアメリカに台湾等々、年々歳々、甲子園大会も国際色豊かになって来ている訳で、野球というスポーツの無限の可能性が、益々楽しみになって来ました。

僕、その四国独立リーグの素晴らしい試みで想起しましたのは、一見関係無い様に思われますが、大学医学部の事なんです。僕は医学の道を早々にドロップ・アウトした人間でして、多くは語れませんが、野球はその技術によって、世界中でプレーする事が可能ですけれど、それは医師も同様ですよね。医学部って、アジアの方が多かったりして、割と国際色が豊かな方なんですよ。何と言っても、人を救う事に国境や言葉なんて、関係ありませんものね。

さて、日本の私学の医学部の歴史を紐解きますと、明治の御代に設立された処が殆どでありまして、皆さん、大変崇高な志を抱いて、大学を造られているんですね。今日は、何処をfeatureするか迷ったのですが、その中でも2つの名門大学をご紹介したいと思います。

先ずは、慈恵医大であります。この大学の設立は、明治14年に出来た成医会講習所がその前身でして、これを造り上げましたのは、海軍軍医のトップ、中将高木兼寛さんなんです。高木さんは薩摩藩のご出身、日本の医学はドイツに範を取っているんですが、面白い事に、鹿児島だけはイングランド・スタイルだったんですね。高木さんはロンドンに留学、最優秀学生の表彰を受け、多くの知己知友を得て、イングランド医学学校の外科教授の資格を取りましたから、将に麒麟児と言えましょう。ドイツ一辺倒の医学へのアプローチで良いのか、もっと患者様により近い医療を提供しよう、という訳で、慈恵医大を設立する訳です。高木先生は、学者としても臨床医としても大変優れた方で、日本人から脚気を無くした事で広く知られています。そして、大変リベラルな考えの持ち主として有名だったんですね。それから長い月日が過ぎ、この慈恵医大からは、エフゲニー・アクショーノフ、というドクターが生まれました。エフゲニー先生は、ロシア人とドイツ人のハーフでして、ご両親が日本に亡命されたので、無国籍なんですね。日本語を学び、慈恵医大を卒業後、麻布でクリニックを開業、日本在住の外国人を主に診察されまして、本当に貧しい人からは、診察費を一切取らないとか。現代版赤ひげ先生でありまして、貧者から診察費を取らない理由を、「お金が倍あっても、今晩食べるものは決まっています。そして、お金が貰えなくても、病気を治す勉強になるでしょ?」ですって。現代の聖者の趣がありますが、創立者の高木先生の心意気が、エフゲニー先生に与える影響は大きかったのではないでしょうか。

そして、東京女子医科大学であります。この大学は、世界でも珍しい、女子大学としての医大なんですね。設立者は吉岡彌生先生でして、この優れた女医さんを少々ご紹介しますね。さて、当時は女性蔑視が甚だしく、女子というだけで医学部入学を認めない学校もあったんですね。元々天真爛漫で、自由をこよなく愛した吉岡先生は、これに猛反発、ならば、という事で、万難を排し、金策に駆け回り、東京女子医大を設立する訳です。今もそうですが、当時はより一層官僚が強かった時代ですから、吉岡先生の「間違った事は正す」という姿勢には頭が下がりますよね。この大学は自由な校風で知られていますけれど、卒業生に、蔡阿信、という台湾国初の女医さんがいらっしゃいます。蔡先生は、東京女子医大を卒業後、台湾に戻り医院を開業、多くの患者様を救いつつ、産婆養成に力を注ぎ、多くの妊婦を救います。そして、ハーバード大学にも留学するんですから、如何に優れた頭脳の持ち主かが分かりますが、晩年の彼女は私財の全てを投じて、財団法人を設立、身寄りの無い老人や未亡人を救ったんですね。これまた聖人と思いますけれど、大学の設立者である、吉岡先生の気高い理想が、蔡先生の中にも受け継がれた、と言えると思います。

四国の独立リーグから、医学部の話になりまして、書いている本人もびっくりですけれど、野球と医療、世界は違えど、国籍性別一切不問、優れた人材を世に残そうという試みは、非常に尊いですし、素晴らしい事と思いませんか!?何時の時代も、高い志と開明性を持った高潔な人格は光り輝くものです。僕、若輩者ですが、偉大な先達を目標に、これからも病院運営を頑張ります!
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