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A SHOT IN THE DARK

コイツの馬鹿さ加減には、ホトホト愛想が付きました。そう、安部ですよ安部。昨日の拙ブログで、「大雪等の天災の時こそ政府の出番」といったニュアンスの事を書いたと思うんですね。今回の大雪は、全国各地で多くの交通機関が全面的にマヒし、関東甲信越では19人の尊い命が亡くなり、1600人近い負傷者が出たそうです。宮城や山梨や静岡で、そして新幹線や電車や自家用車で、数千人もの人々が孤立する事態となりました。僕、こういう時こそ、大きな権限を持った総理大臣の出番と思うんですよ。直ぐに緊急対策本部を設置、直ちに情報を収集し的確な指示を出す、それがアンタの仕事でしょ!?ネットや新聞を見ましたら、この馬鹿は、大雪の当日、今回の五輪の金メダリストである羽生君と電話会談、その後は赤坂の高級天婦羅屋で、支援者と飯を食ってたんでしょ。「総理、緊急事態ですから、急いで公邸にお帰り下さい」と言わない支援者も大馬鹿なんでしょうが、このガキ、近くに居たらぶん殴ってやりたいですし、とことん性根を入れ替える必要がありますね。とりあえずは反省の意味をこめて、ダサいジャージに着替えさせてから、1日中、天婦羅を咥えたまま、バケツ持って立たせましょうか。その後は首まで雪に埋めた方が良いですね。オリンピックの金メダリストを称えるのか、大雪で大変な目に合っている国民を助けるのか、どちらを優先すべきかなんて、考えるまでもありません。安部クンは、人として失格と思いますね。1日も早く自民党政権を終わらせないと、とんでもない事になりますよ、全く。

何でも明日もまた全国的な大雪の由、皆さん、政府はあてになりませんから、水は当然として、非常食を用意するのは勿論の事、ガスや電気といったライフラインの確保、或いはその代用品を、どうぞ手元にご用意下さいませm(__)m。

さて、今朝の大分も雨というよりもみぞれだったのかな、大層寒かったですが、こういう時の防寒着となると、やはりコートは必需品でしょう。世界初のレインコートと言えばやはりバーバリー、ここが初めて商品を売り出したのが、1830年と言いますから日本では第11代将軍、天下の大道楽者と呼ばれた徳川家斉公の時代であります。この将軍、何と分かっているだけで16人の女性に53人の子供を産ませたというんですから、「乾いて候」「実験人形ダミー・オスカー」「半蔵の門」等々、小池一夫先生の漫画の主人公もびっくり、空いた口が塞がりませんが、他し事はさておき、当時、世界初のゴムを使った防水布が開発されたんですね。それがレイン・コートの由縁であります。バーバリーと言えば、同じくイングランド王室御用達のアクアスキュータムが、レイン・コートでは有名ですよね。アクアスキュータムとは、水の楯、という意味でして、ここは世界初の防水ウールの生地を開発、トレンチ・コートの元祖であります。似合う似合わないは兎も角として、僕、割と色々なコートを着て来ました。先のバーバリーやアクアスキュータムは勿論の事、今でも着ていますのは米軍が放出した、M51やM65といった、冬季用のミリタリー・パーカです。ダッフルやピーコートといったイングランド海軍が採用した物も、若い頃は良く着ていましたし、スタジャンやノーマルなステンカラー、ポンチョにダスターにスプリング、最も恥ずかしかったのは、母に着せられた、白いファーのロングコートでしょうか。「たかし、デビッド・ボウイになるのよ」って、息子の容姿を見れば、とてもあんな美貌なんて無いって直ぐに分かるでしょうに、親の欲目とは怖いものですよね…。僕、今最も欲しいのはレザーでして、ライダース仕様の、丈が短い物は割とよく見かけますが、あれだとどうしても寒いんですよ。ずうっと狙っているのは、栄光のドイツ海軍潜水艦部隊の士官が使用していた、ダブル襟の黒のレザーのハーフ・コートなんですよね。武骨でスタイリッシュでシンプルで実用的、惚れ込んでいます。でも、実物はとても無理ですから、ドイツの映画会社が役者さんの衣装として使ったものが、たまにYahooのオークションに出る様なんですが、僕が気付いた時点で既にsold out、何時も悲しい思いをしています…。

さて、僕の父が愛用していましたのは「とんび」と呼ばれるコートでして、これ、正式にはインバネス・コートと言います。シャーロック・ホームズや大正時代の文士達がこよなく愛した物なんですね。袖なしで二重になっていて、ゆったりとしたフォルムの物なんですが、和服の際に非常に合うんですね。父は中々似合っていましたが、煙草の灰を落とすものですから、折角のコートは穴だらけでした。さて、このコート、スコットランドのインバネスという街で生まれたもので、バグ・パイプを演奏する際に、雨でも楽器が濡れない為のものだったんです。そのコートが男物の着物に非常に合うんですから、カレー・ライスや豚カツやコロッケや肉じゃがと並んで、これが本当の和洋折衷の最たる物だなあ、と痛感します。

でもね、日本史上最大の和洋折衷を体現した人物、と言えば、織田信長公しかおりません。地球儀に時計に世界地図を常に手元に置き、ワインとステーキを嗜み、西洋音楽を演奏させ、黒人の召使を連れ、自分のお城はツインタワーで吹き抜けにし、そして夜間にはライト・アップ、ベルベットのマントに羽の付いた帽子を着用ですもんね、今から500年近く前にその振る舞いなんですから、そりゃあぶっ飛んでたでしょう。さて、信長公の使用していた物に、所謂「南蛮胴」と呼ばれる鎧兜があります。外国から輸入した鎧兜を改良し、より強化したものなんですが、信長公が使用したとされるのは、南蛮帽子型兜、と呼ばれるもので、丸いシルクハットの様なフォルムでして、非常にシンプル、当時の武具には必ず装飾性があるんですが、それが皆無でして、いや、流石は天下人、センスも抜群であります。

そして、信長公の時代の最大の和洋折衷、それは火縄銃と言えるでしょう。1543年に種子島に漂着したポルトガル人に譲って貰った、2丁の火縄銃ですが、日本人って本当に優秀ですよね、その銃の欠点を見抜き、百合と呼ばれるペーパー・カートリッジを自作し、小型の拳銃型から馬に乗りながら使用出来るタイプ、そして大筒と呼ばれる石垣を破壊するという大型の物まで造り上げたんですね。時は恰も戦国時代、日本中が戦に明け暮れた時ですから、種子島に鉄砲が伝来して半世紀にもならない間に、何と50万丁もの火縄銃があったと言います。当時世界最大の鉄砲保有国だったそうで、戦国大名達は自分達の領土を広げる為に、銃を生産したんですが、瓢箪から駒でして、これが結果的に日本を救う事になったんです。

日本一有名な宣教師と言えばフランシスコ・ザビエル、彼の名や肖像画は教科書でお馴染みですよね。彼が属していたのはイエズス会ですけれど、キリスト教を布教してから、その地を植民地とする、というのがスペインやポルトガルの基本的なパターンなんですね。戦国末期の一時期だけでしたが、当時長崎を収めていた大村氏は、港周辺の一部の土地を、イエズス会に寄付しているんです。大村氏は、内外に敵が多く、長崎を守る為に、イエズス会の力を借りた訳でしたが、教会の中には大量の武器弾薬が隠してあった由、また、日本人を奴隷として売買していたんですね。これ、下手をすると、ポルトガル等の侵略を招く、大変な事になっていた可能性があります。豊臣秀吉公が、その大量の鉄砲や軍事力を背景に、「伴天連追放令」を通告し宣教師達を追放、事なきを得たんですね。いやあ、本当に良かったです。

でもね、今日はお洋服の事を書いてブログを終わろう、なんて思っていたんですが、どんどん話がずれまして、まさかフランシスコ・ザビエルについて触れるとは。まあ、思いもよらぬ事があるのが人生ですし、今日も拙ブログを楽しんで頂ければ幸いですm(__)m。今日は長崎に因んで、3時のおやつは文明堂、カステラでも食べようかしら!?
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