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AUSTIN POWERS IN GOLDMENBER/ YEAH BABY YEAH!!

朝寒や 伊達の薄着の ふところ手、寒月や いよいよ冴えて 風の声、襟巻や しのぶ浮世の 裏通り、何時もの様に荷風散人の句で恐縮です。こう書くと東北の方々に叱られそうですが、九州も寒いです~。何でも週末の連休は大寒波だって言うんでしょ、インフルエンザも流行りつつある様ですし、読者の諸兄諸姉の皆様方も、どうか体調を崩されません様、防寒対策をしっかりされて、厚着でお出掛け下さいませ。

繰り返しになりますけれど、昨夜は寒さ故か、寝付きが非常に悪く、非常に困ったんです。眠りに落ちながら思い出したんですが、世界で最も寒い場所、と言えば、ロシアのオイミヤコン村でありまして、この地は、北極圏に属し永久凍土の上にあるんですが、かって-62℃だか-71℃だかを計測したんですね。7月でも零下の時があるというんですから、堪りませんが、地球温暖化の影響なのでしょうか、この村でも、数年前の7月に35℃を超したそうです。夏と冬で、温度差が100℃ですか、ちょっと信じ難い様な土地ですけれど、益々驚きますのは、ここにも人がちゃんと住んでいるんですね。その数500人程度なんですが、作物も作れず、最近水道が引かれた--寒さで管が破裂するんでしょう--というこの不便な地に、何故人が住むかと言いますと、近くの河で、砂金が取れるそうなんですね。どうやらそれが収入源なんでしょうが、人間の金に対する欲求って、何だか凄まじいですし、寒さも暑さも不得手な僕にはとても住めませんけれど、ゴールドの魅力って、ヒトのDNAレベルで刷り込まれているのかなあ…。という訳で、今日は金の話と参りましょう。

僕の世代、40代半ばの男子ですと、小学生の頃ですか、TVの金曜ロードショーなぞで見た、「007ゴールドフィンガー」が、やはり強い印象を残しています。物語の劈頭、ジェームス・ボンドとの昼下がりの情事を済ませた女性が、全身に金粉を塗られて窒息死、というとんでもない掴みでした。ボンドはどんな女性にも一切未練を残さず、毎回お相手が違うんだなあ、と妙に興奮したりして、あれが僕の性の目覚めだったのかもしれませんね。さて、この金、どうもかなりの昔から人々を魅了して来たのは間違い無い様です。紀元前7世紀頃、今のトルコの地で、天然の金を使って金貨としたのが始まりの様です。以来ずっと、資産としても工業用品として、そして昨日の真珠のお話じゃありませんが、女性のアクセサリーとして、大変珍重されて来た訳ですよね。古代エジプト文明を支えたのも、ラテンアメリカのインカを始めとする幾つかの帝国も、金なくして繁栄はあり得なかった訳です。先進国であった欧州では、黒海付近を除いては金が産出されず、苦肉の策として、無から有を産む、錬金術が始まるんですね。現在では、金を創り出す事は、理論的には不可能では無いそうなんですが、錬金術が始まったのは古代ギリシャ、それから千年以上取り組んだ訳ですが、当時の技術では無理でありました。しかしながら、その実験過程で、蒸留を知り、塩酸や硝酸が出来、火薬を発明し、その技術を生かして、中南米の金の産出国を征服したのですから、或る意味成功だったのかもしれませんね。

さて、日本はかって、黄金の国ジパングと呼ばれておりまして、今では想像も付きませんけれど、どうやら2度のゴールド・ラッシュがあった様であります。まず有名なのは、豊臣秀吉太閤殿下の時代です。秀吉公は本当に運の強い人だった、そう痛感しますけれど、彼が天下を取る前後から、日本各地で金が産出されるんですね。茶道にせよ、金屏風のお獅子の絵にせよ、絢爛豪華極まりない安土桃山時代を支えたもの、それが金だった訳です。

そして、僕、これは前々から興味津々だったのが、平安期から鎌倉期にかけて100年の間、東北地方全域を支配した奥州藤原氏なんです。彼らは東北に堂々と割拠し、半ば独立国の様な存在でありました。世界遺産にもなりました、平泉の中尊寺金色堂が象徴的ですけれど、彼らの政権を支えたもの、それも又、金だったんですね。当時の東北地方は、豊富に砂金が取れた由でして、それを朝廷に莫大に献金、独立政府を黙認させていた訳です。それを嫉視し、おまけに源義経を匿った所為もあり、初代将軍源頼朝に滅ばされてしまうんですね。奥州藤原氏は滅びた国家ですから、言い伝えや伝承が歪曲されている可能性が高く、資料等も左程残っておりませんから、霧の中にある様に、非常に全貌が見えづらいんですね。

ただ、これだけは言えますのは、後世の僕達が想像している以上に、進んだ文化があった事は間違い無い様なんです。と申しますのも、中尊寺の所蔵品、これは目を見張る様な逸品ばかりなんですね。中国産の高級な陶磁器は大量に出土していますし、仏教の経典も欠ける事無く揃っています。螺鈿と呼ばれる装飾技法が、金色堂の柱に使われているんですが、それに、屋久島でしか採取出来ない貝がふんだんに使われています。これまた驚きますのは、須弥壇--寺院でご本尊を安置する、一段高い場所ですね。--には、象牙が使われています。これ、インドやインドネシアやブータンに居る、アジアの象じゃないんですよ。アジア象より2廻り大きいアフリカ象の象牙、という事が分かっています。当時の世界史を紐解きますと、奥州藤原氏とほぼ同時期、アフリカ大陸の東海岸に、モノモタパという王国が栄えていました。現在のモザンビーク国の位置にあたるんですが、この王国の輸出品は象牙で有名でして、欧州との交易の記録が沢山残っているんですね。当時のアフリカ大陸において、遠洋航海が出来るのはこの国しかありませんから、岩手県の平泉の象牙は、恐らくモザンビークの海浜から運ばれたのは、まず間違いありません。でも、どういう貿易網があったのか、どういう経緯で運ばれたのか、そして航路については、その象牙は何も語ってはくれません。そして、不思議なのは、金の鉱脈って、当時の採掘技術では、数世紀持つそうなんですね。ですから、奥州藤原氏が滅びてからも、鎌倉幕府はその東北の富を享受出来た筈なんですが、どうもそういう気配が全く無いんですよ。平安時代に、アフリカから象牙を輸入出来る程の金の鉱脈があった筈なのに、それは、藤原氏と共に煙の様に消えてしまったんでしょうか!?

「雪山で遭難時に必要な装備品」「阪神タイガースが世界一強い野球チームになるには」「邪馬台国は何処にあったのか」と並びまして、「奥州藤原氏の謎」は、僕が眠れない時に考えるテーマの1つなんです。読者諸賢の皆様方、もし何かヒントになる様なご意見がありましたら、是非ご教授頂ければ幸いです!

ウィーク・エンドの三連休は大寒波の到来ですが、皆様、デートに行楽に観劇に、大いに楽しんで来て下さいね!僕は、映画に行くか、小旅行でも行こうかな!?それでは皆様、来週までごきげんようさようならm(__)m。
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