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☃ 雪中の奇跡 ☃

それにしても寒いですね~。皆様、週末は如何お過ごしでしたか!?僕、どうも体調が優れず風邪気味でありまして、1年の疲れが出たのかな、みぞれ落ち それを眺めて 朝寝かな、ひねもすのたりのたりの休日でした。

i'm dreaming of a white christmas,just like the ones i used to know、これは北半球の歌でして、南半球では、メリー・クリスマス・イン・サマー、僕も幾たびか経験しましたけれど、あれは何だか不思議なものです。燦々と照りつける太陽の下、半袖半ズボン或いは水着姿、下手をすると裸足で歩いている人が居ますし、ボートを漕いだりサーフィンをしたり、バーベキューで肉を焼く香ばしい薫りが漂って来たりして、それでもクリスマス・ソングが流れて来る訳ですから、どうにも違和感を禁じ得なかったものです。

ジングルベルジングルベル、ジングルオールザウェイ、街中がライト・アップされ、何だか喧しいですけれど、どうもね、僕、随分前から馴染めないんですが、日本人の付和雷同性と言いますか、クリスマスだとかヴァレンタイン・デーにホワイト・デーですか、少々騒ぎ過ぎの様に思うんですね。あ、僕がモテないから言う訳では無く、日本人のクリスチャンなんて数える程なのに、商魂逞しい輩に乗せられて散財して、何だかなあ…。大体、僕の家なんて浄土真宗ですし、母方は神主の家系、叔母さんは天台宗、伯父さんは奈良在住で、かっては密教の勉強をしてたんじゃないかしら、イエス・キリストの誕生日を祝う義理なんて何にもありゃしませんよ、全く…。ポコポコと木魚を叩いている方が、余程筋が通るじゃないでしょうか、チーン。そういえば僕、法事の際の焼香の折に、お香を入れ過ぎちゃいまして、もうもうと大量の煙が発生、お経を読む坊主が激しく咳込み、弔問の方々が笑いを堪えるのに必死でしたもんね。これがホントの抹香臭い、なんちゃって…、って余りに不謹慎でしたか、申し訳ございませんm(__)m。

ところで当院の創立記念日は4月8日なんですが、この日はお釈迦様の誕生日ですから、これなら分かります。僕、これも前々からどうも釈然としないんですが、昨今は、祝日をずらしてくっつけまして、連休を造ろうとしますよね。国民のレジャーの為だとか、休みを取って貰う為だとか、尤もらしい理由を言いますけれど、間違っています!祝日には、夫々きちんとした意味があるんですね。僕の誕生日である11月23日は、勤労感謝の日ですが、これは、新嘗祭という、五穀豊穣を寿ぐ古来からの神事でしょ。勤労感謝、なんて変なネーミングは止めるべきですし、どうせ知恵足らずの官僚が付けたんでしょうが、飛鳥時代から続いている、由緒正しい儀式の名前を、かってに変えてはいけません!建国記念日は紀元節、春分の日は春季皇霊祭、子どもの日は端午の節句、秋分の日は秋季皇霊祭、文化の日は明治節、僕達日本人は、長い長い歴史を持っているんですから、昔ながらの言い方を大事にすべき、そう思いますが如何でしょうか!?

閑話休題、クリスマス、というと何だか世界中が平和なイメージですけれど、決してそうではありません。1939年ですから、今からもう74年前の聖夜になりますけれど、世界中の耳目を集める戦争が、ソ連とフィンランドの間で行われたんですね。という訳で、今日は、「雪中の奇跡」と呼ばれたこの戦についてお話しましょう。

さて、1939年当時の世界情勢は、将に弱肉強食でありまして、一流国ともなれば植民地を持って当たり前、特に欧州においては、夫々の国が隙あらば領土を増やそうと虎視眈々、謂ってみれば日本の戦国時代の様な有様でした。特にソ連の領土に対する執念は、故今村昌平監督のデビュー作じゃありませんが、「果てしなき欲望」でありまして、近隣諸国に難癖を付けては土地を分捕っていたんですね。さて、フィンランドは、ちょうど日本と同じぐらいの面積の小国なんですが、人口は僅か370万人、対するソ連は1億7000万人でした。偶然の一致ですけれど、ソ連の年間の人口の増加が370万人ですから、フィンランドなぞは刺身のツマ、取りに足らぬ存在だった訳ですね。そしてフィンランドは所謂バルト三国、北欧の国ですけれど、ここを押さえれば、デンマークやスウェーデンにも触手を伸ばせる上、北海にも出られる、という事で、ソ連は陰に陽に圧力をかけて来るのです。ソ・フィン間は隣接しているのですが、国境を30㌔下げろ--エッ、でもそれってフィンランドの土地なんですけど…。--ですとか、フィンランドの海域の小島を50年間貸せ、ソ連の軍事基地を置くから、とか、まあ滅茶苦茶な要求ばかりして来るんですね。

無論、フィンランド側は取り合わず、撥ねつけていたのですが、或る日突然、ソ連側が攻め込んで来たのです!その言い分がふるっていまして、「フィンランド側が大砲を打ち込んで来た。そして、フィンランドの圧政に苦しむ住民達を救い、解放する為に戦争をする!」ですって。理屈や大義名分なんて、後知恵で幾らでも付けられるものですが、それにしてもこれは酷いですね。大体、人口370万VS1億7000万で、少ない方は喧嘩売らないでしょ!?面白いのは、ソ連側は、フィンランドの国境沿いに、兵隊100万人、大砲2000門、6500台の戦車、4000機の戦闘機を配置していた、というんですから、やる気満々ですよね…。

さて、それを迎え撃つフィンランド軍は、極めて脆弱な体制でした。国中を総動員して必死にかき集めた兵は25万人、戦車は僅か30両、150機の飛行機、それがやっとだったんですね。諸外国は、フィンランドに同情しながらも、ソ連の後難を恐れ傍観するだけでして、同盟してくれる国は皆無、全くの孤軍として戦うしかなかったのです。

勿論、これだけの物量差がありますから、たちまちのうちに国境は破られ、ソ連軍の快進撃が続きます。どうやらソ連軍首脳陣は、「3日でこの戦は終わる」と豪語していたそうでして、油断大敵ですけれど、そう考えるのも無理はありませんよね。ところがどっこい、ここからが、その後「雪中の奇跡」と呼ばれたフィンランド軍の戦いが始まります。

まず、フィンランドの地形なのですが、その数10万と呼ばれる湖沼が点在している上に、大河があり鬱蒼とした森林があり、それらが国土の8割を占めるんですね。何せ74年も前ですから、道路は舗装しておらず、大軍や戦車が来ましても、あっと言う間に泥濘と化し、ちっとも進めないんです。そして、3日で終わる戦争、とソ連側は思い込んでいましたので、碌な冬季装備をしていなかったんですね。フィンランドにとっては好都合な事に、その年のクリスマスはとんでも無い寒波となりまして、連日-40℃を超えました。まあ、フィンランドの3分の1が北極圏に属しますから、さもありなん、という感があります。

そしてフィンランドの民は、フィン人と呼ばれまして、この寒冷の地で、トナカイや狐を追う狩猟民族だったんですね。即ち、天性のハンターである上に、こういう地域で移動に必要なもの、それはスキーですから、それにも非常に長けていた訳です。ほら、冬季五輪でも行われる、クロスカントリー・スキーってあるじゃないですか。あれって、50㌔ぐらい移動しますからね、おまけに、歴代のメダリストには、フィンランド人が多数名を連ねているんですよ。

ソ連でも体験しなかったとんでも無い寒さに襲われ、たき火をして野営をしていると、フィンランドのスキー兵達が音も無く忍び寄り、銃火を浴びせ、アッと言う間に逃げてしまうんですね。しかも、脆弱であまり武装していない輸送部隊を襲い、食糧や燃料や武器を奪ったり焼いたりしてしまうんです。時には、ソ連の大量の戦車やトラックまで分捕る大戦果を挙げました。疲労しきっている処に、満足に食事も暖も取れず、ソ連兵達はバタバタと倒れて行きました。何と、100万人のソ連兵のうち、その半分の50万人が、戦病死或いは捕虜になったと言います。そしてこの戦は、クリスマスを越し、約4か月続きました。奮戦空しく、国土の1割を割譲する、という講和に終わりましたけれど、フィンランドの独立は保たれたのです。

折角のクリスマス、というのに、何だか血腥い話になりましたけれど、その国が攻め込まれた時、いざ頼りになるのは、やはり自国の兵隊さんな訳です。日本人も、クリスマスに浮かれて、何時までも平和ボケしてる場合じゃないですよ!今年もあと1週間となりましたけれど、皆様、僕の様に風邪を引かず、年末を乗り切って下さいね!
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