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恋人たちの食卓

昨夜は随分と盛り上がりました~♡♡僕、楽しむ皆さんを見ながら、何だか感無量だったんですね。と申しますのも、僕がここに来たのが7~8年前になるのかな、当時は、病院全体の忘年会なぞ無く、部署毎にバラバラに年忘れの宴会をして〆、だったそうです。それでなくとも、病院という組織は国家資格者の集団でして、同じ職種で固まりがちなんですよね。例えば看護師さんだけで、作業療法士どうしで、事務部のみで、小さなコミューンと言いますか、そこで結束の強いインナー・サークルを作りまして、他部署を受け付けない傾向があるんですよ。僕、それはあんまり宜しくないなあ、様々な部署が協力しあって患者様の病気と戦わないといけないのに、院内で対立してどうするんだろ、常々そう思っていまして、その解消の為にも、まずは院内全体で行う忘年会を開催しよう、そう決めたんですね。

当院の職員は280人、夜勤や当直や其々の都合もあり、忘年会に参加するのは、毎年大体200人弱なんです。僕の提案で始めた忘年会だったんですが、院内初の試みだった所為か、最初の年は、何だか透明のバリアが張り巡らされているかの様でして、まあお通夜の雰囲気でした。この発案、失敗だったのかなあ、と忸怩たる思いだったのですが、職員の皆さんにも、自分で言うのは何ですが、僕のフランクな人柄が徐々に分かって貰えたのかな、年年歳歳、賑やかに朗らかとなり、大きな笑い声も聞こえる様になりました。

そして昨日は、例年よりも参加者も増え、U看護部長の肝煎りで、職員有志によりAKBのダンスの余興がありまして、大変な盛り上がりでした。職種や性別や年齢なぞ関係無く、どんどん壇上に皆が上がりまして、楽しそうに踊ってるんですもん、数年前のお通夜の様な頃を思えば、思わず頬をつねりたくなりましたし、随分活気が出て来たなあと、心の底から嬉しくなりました。やっぱりメリハリですし、皆さん若いんだから、時には羽目を外して、ジャンジャン遊ばないと嘘ですよ。それにしても、M先生のダンスの振り付けはパーフェクト、艶やかな女装姿は非常にセクシーでした♡♡そして、もう1人のM先生、勢い余って壇上から転げ落ちてましたけれど、強打した膝の具合は大丈夫かなあ!?坊主の不信心、易者身の上知らず、医者の不用心という諺もありますし、どうぞお大事になさって下さいねm(__)m。ともあれ、参加された全てのスタッフの皆様方に、この場を借りて、厚く御礼申し上げます。本当にありがとうございましたm(__)m。来年の忘年会は、僕も何か余興をやろうかなあ!?久方振りに、ギターを練習し直して、皆さんの前でご披露しようかしら!?或いは、落語をやるか漫談をやるか、僕が脚本を書いて職員有志を募って演劇でもするか、まあ、1年間じっくり考えます!

さて、この宴会ですけれど、古い古い時代ですけれど、その痕跡がイスラエルの洞窟に残っていたんですね。1万2000年前のものだそうですが、陸生の亀の甲羅が70以上、そして野生の牛3頭分の骨が見つかり、それらにはは全て焼かれた跡が残り、シャーマン、即ち巫女さんの墓もすぐ傍にあったとか。もしかすると、お通夜の後、故人を偲んでの宴席だったのかもしれませんね。或いは、その洞窟からは、甕や器も多く出土したと言いますから、シャーマンがお酒を造っていた酒蔵だったのかもしれません。と言いますのも、最も原始的とされるお酒は、アルコール度数は低いのですけれど、斎戒沐浴して身を清めたシャーマンが、穀物を口の中に入れて噛み砕き、それを器や瓶に吐き出しまして、発酵するのを待つんですね。これ、僕は飲みたくありませんけれど、当時は仕方無かったのでしょう、これしかお酒を造れませんものね。因みに、最古のワインは紀元前5500年前頃、ビールは紀元前3500年前、と言われています。

皆さん、亀なんて美味しいの?と思われるでしょうが、僕、1度だけ食べた事があります。父の生家は千葉の田舎、大網白里町、というところなんですが、そこに遊びに行った際の事です。父の同僚だった医師が、小笠原諸島で勤務していたそうでして、そこの名産はウミガメでして、冷凍にして送ってくれたんですね。親子揃って恐る恐る食べたのですが、刺身にしても臭みは全く無く、確か鍋にしたのかな、肉質も柔らかく、豚肉に近い味わいでした。成程、古くから世界中で食用として珍重されたのも分かる気がしましたもんね。

父と宴会、と言えば忘れもしません、僕が高校を卒業したお祝いで連れて行って貰った台湾での事です。福岡空港を発ちまして、父と僕は花札をしながらのフライト、かなり危険な親子に見られたでしょうが、イザ勝負になりますと、外聞なぞ気にしません。夢中になって札をめくる内に台北に着いたんですね。故宮博物館、孔子廟、総督府に陽名山、観光名所をグルリと網羅しまして、夕暮れ時の屋台街を覗き、ホテルにチェック・イン、博多で軽く食べたきりでしたから、流石に空腹を覚えました。父と部屋が別なので、何だかおかしいな、とは思っていたのですが、夕食は、現地の父の友人の台湾の方がアテンドして下さるとの由、正式な晩餐との事でしたから、僕、まだ慣れないネクタイを締め、スーツを着たんですね。ロビーで黄さんという現地の方と合流しまして、首都台北の大歓楽街のど真ん中にある、レストランへと向かいました。

通されましたのは、全面ガラス張りの妙な部屋でして、映画「燃えよドラゴン」のラストのシークエンスの様でしたが、段々と落ち着いた頃に、料理が出て来ました。キアムラーアー、しじみとニンニクの醤油漬け。オーワージェン、牡蠣のオムレツ。グーリータン、ハマグリと冬瓜のスープ。ローツゥオン、多くの具材が入ったちまき。ニウロウメン、牛骨で出汁を取り、あばら肉がたっぷり入った麺。中華圏では、豚・牛・羊の3種の肉料理が出ると最高級のおもてなしだそうですが、確かその折もそうだった記憶があります。高校を卒業したばかりで食べ盛りの僕でしたし、大きい声では言えませんけれど、在学中から既にお酒も飲んでましたから、ビールも頂いちゃいまして、「黄さん、ナイスガイ!」とか心の中で思っていたんです。そんな僕を見て、父も微笑んでいる様でした。食後のデザートは、ジャスミン茶とムーグワニウナイ、謂わばパパイヤのシェイクですね。それにダウホエ、黒蜜がかかったジェラートですか、そこまで平らげて、すっかり満ち足りた気分だったんです。暫し間がありまして、黄さんがパンパン、と手を叩きますと、ガラスと思っていました部分は、実はドアでありまして、絢爛豪華と言うのかな、色とりどりのドレスを着た、妙齢の美人達が、どやどやと大勢入って来たんですね。僕、エエッ!と度肝を抜かれ、思わず父を見たんです。父は、おもむろに、「たかし、お腹はいっぱいになったかい?そろそろ部屋に帰りたまえ。」、何だか重低音で、威厳を見せつつ言うんですよ!!この後に何が起こるのか、正直未練は残りましたが、根が素直な僕ですから、大人しく部屋に帰って1人で寝ました…。

もう亡くなって随分経つとは言え、とんだ父の暴露話となりましたが、宴会って、ホント、楽しいもんですね!皆様も忘年会シーズン真っ盛りでしょうが、肝臓には気を付けて、仲間内での楽しい時間をお楽しみ下さい!それではまた来週にお会いしましょう!
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