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心の壁、愛の橋

今日は週明けでして、恒例のミーティングに加え、新入社員のオリエンテーションに出席、トップ・バッターとして30分以上挨拶、その後、急な来客があり、書店に仕事の本を買いに行ったり、打ち合わせが入ったものですから、更新が随分と遅れてしまいました。大変申し訳ございませんm(__)m。読者の皆さん、改めてこんにちわ!

さて、悔しい事に週末は色々と雑用が多く、都内でのデモ参加は出来ませんでした。残念無念、断腸の思いで悔いが残りますけれど、拙ブログや口コミも含め、僕の信ずる処を、愚直に訴え続けて行こう、そう思っています。それにしても寒いですよね~。毎朝の愛犬の散歩も辛くなって来ましたけれど、どうもこの時期になりますと、しばれるねえお袋さん、僕、東北を舞台にした演歌を聴きたくなるんですよね~。♪津軽には7つの雪が降るとか こな雪つぶ雪わた雪ざらめ雪 みず雪かた雪 春待つ氷雪 津軽の女よ 枕乱して引き込む恋女♪、♪ご覧あれが竜飛岬 北のはずれと 見知らぬ人が指をさす♪、うん、七五調で、情念が感じられて日本情緒たっぷり、演歌と謂うよりも、怨歌、いや艶歌かな!?何故か演歌の舞台は、最果ての地、青森が多い様に感じますけれど、最近、この地で最も注目されている場所がありまして、今朝の朝日新聞にも取り上げられていました。それは、青森県立美術館でして、僕、前々から密かに注目していたんですよ。開園以来7年間で300万人の入場者というのも、アクセスが良くない場所にしては大したもの、感心します。そして、ここは非常にユニークな形状なんですね。と言いますのも、美術館の横には、三内丸山という縄文時代の遺跡が残っていまして、その古墳と地下通路で直結している由、恐らく、こんな形態の施設は、全国でもここしか無いでしょう。また、映画上映に演劇にコンサートも可能でして、地域文化を支えるランドマークとなっているそうです。まあ、この陸奥の国には、棟方志功と寺山修司、という二大アーティストが居ますから、彼らの常設展が出来るのも強味なんでしょう。何れにせよ、大分からはかなりの距離がありますけれど、僕の好きな物だらけでして、何時の日か是非行ってみたいものです。

その美術館・博物館関連の中でも、特に印象に残っていますのが、かって埼玉にありました、ジョン・レノン・ミュージアムです。今はもう無いのですが、ファンにとっては堪らないお宝の品々--リッケンバッカーにエピフォンにギブソン・レスポールといったギターの名器の数々に、アルバム「サージェント・ペパーズ」の際の衣装等々--が陳列されていまして、長時間堪能する事が出来ました。拙ブログでは、同じ話を2度書かない、という自分也のルールを課して来まして、調べましたら、3年前に記してはいたのですが、昨日は彼の命日でもありますし、敢えて禁忌を侵しまして、ジョンの事について綴りたいと思います。

僕の人生に影響を与えた人と言えば、沢山の方々がいらっしゃいます。曽祖父に両親、学生時代の恩師に友人達、作家にアスリートにミュージシャン…。その中でも、忌野清志郎とジョン・レノンは別格でして、両者が亡くなった時は、暫くの間は、彼らの音楽を聴く事が出来ませんでした。強烈な喪失感でしたし、歌声を聴くと辛くなるんですよね。亡くなって数年の月日が流れて、漸く聴ける様になった程でした。

さて、ジョン・レノンは様々な貌を持っています。僕が選ぶ、世界一セクシーな声のロック歌手ですし、作家であり詩人であり、役者であり経営者でもあり、希代のプレー・ボーイであり画家であり、勿論優れたメロディ・メーカーでもあります。勿論、失敗も多いのですが、僕が彼に強く惹かれるのは、馬鹿にされようが嘲笑されようが、常に本気だった事です。でなければ、60年代の欧米で、日本人と結婚しませんし、異人種間のカップルそのものが、当時は相当タブー視されていた訳で、その度胸に恐れ入ります。将に、all you need is love、ですよね♡さて、かって彼に付いて触れた際には、その素晴らしい音楽性について書いていますので、知られざる側面と言いますか、大変な社会運動家だった事に付いて書きましょう。

元々、彼はアングロサクソンでは無く、ケルト系、イングランドから千年単位で弾圧されて来た、アイルランドの民でして、ビートルズのメンバーは皆そうなんですね。彼らを生んだリバプールという、港町自体が移民の街ですから、その事自体は何ら不思議ではありません。さて、ジョンが優れていたのは、全世界をツアーで廻り、アカデミックな教育を受けていないにしても、持ち前の優れた頭脳で、現在地球上を支配している、アングロサクソン体制の矛盾に気付いた事でしょう。ビートルズを解散後、アメリカに渡った彼は、オノ・ヨーコと共に、その矛盾を打破すべく、旺盛な活動を始めます。ベッドの中に居ながらにしてベトナム戦争の反戦歌を造り、歌い、それに共鳴した若者達が100万人を超すデモを起こすんですから、凄まじい影響力ですよね。大統領選挙に出たら、悠々当選だった様にも思いますけれど、アメリカ当局は余程癇に障ったのでしょう、様々な理屈を捏ねくり廻し、ジョンとヨーコは国外退去の憂き目に合います。ホント、アメリカってちっとも変わらないなあ、と思うのですが、当時からジョンの家の電話は常に盗聴され、外出時には複数の尾行が付いていたそうで、その記録は全て残され、FBIの文書が公開されているんですね。

当時世界一のアーティストに対し、何という扱いか、と憤慨しますけれど、ジョンは社会運動に失望し、やっと恵まれた男の子の育児に専念します。その間5年、まあ何もしなくても印税が入りますから、収入は問題無いにしても、おむつを替えパンを焼き、掃除に洗濯と言うんですから、かって地球上を席巻したスーパー・スターとはとても思えませんよね。恋愛にも音楽にも常に全力だった彼の事ですから、育児も同様だったのでしょう。ところが、物心ついたその子が、「パパはビートルズだったの?」と問うた事により、音楽活動を再開する事と相成ります。元々天才ですから、あっという間にレコードは完成、「ダブル・ファンタジー」という名盤が生まれました。レコード・ジャケットは、あの篠山紀信が撮影した、2人がキスをしている有名な1枚です。

そのレコードをリリースして直ぐ、ジョンはファンと称する男から、自宅のマンションの前で射殺され、40歳の短い一生を終えます。僕、未だに疑問を持っているんですが、それは何故殺されたのか、という事なんです。ジョンが亡くなったのは1980年12月なんですが、翌年1月にはアメリカへの永住権を申請出来たんですね。そして、僕、この記事の出典をどうしても思い出せないのですが、その年のクリスマスの夜のプライム・タイムに、ジョンはテレビ局の放送枠を買い取っていたそうでして、放送内容は、「アメリカが広島・長崎にした事」がテーマだった様なんです。アメリカ中の人々が其々の自宅でクリスマスを祝う聖夜に、かって自分達がして来た悪行三昧を延々と見せられる予定だったんですね。まあ、自業自得なんですが、もしかするとそれは、アメリカを牛耳る支配者層である、アングロサクソンの連中には、決して許せない事だったのかもしれません。因みに、犯人のマーク・チャップマンなるご仁は、ハワイの出身で、米軍に在籍していた経歴もあるんですね。

まあ、陰謀説というものは、何時の時代も無くならないものでして、これはあくまで僕の推測に過ぎませんし、真実は闇の中ですけれど、毎年12月8日が来れば、世界中でジョンの歌声が流れ続ける事でしょう。もう僕、ジョンの年を超えてしまいましたけれど、彼のメッセージは未だに僕の血肉となっています。the world will be as one、ジョン、僕も頑張るよ!
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ストロベリーフィールズ・フォーエバー

去年、家族で、朝、セントラルパークに、散歩に行ったんです。
そしたら、見た事ある、古ぼけたアパートがあって。

「あれ?これ、ダコタ・アパートメントじゃん」と言ったんです。

アパートの前に、ゴツい警備員が2人立ってて。
まさに、ここで、ジョン・レノンが撃たれた場所。

それから、公園に入ったら、すぐに「ストロベリーフィールズ」という、庭がありました。

私は、ジョン・レノンに思い入れはありませんが。
ジョン・レノンが撃たれたとき、ちょうど、塾の帰りで、電車に乗ってたのを憶えているんです。

その前に、輸入レコード屋で「ダブルファンタジー」という、とても良いアルバムを買って、持っていたので、「ああ、あのレノンが撃たれたんだ」と思いました。

撃った犯人は、サリンジャーの小説を持っていて。

ちょうど、私も、同じ小説を読んだ後だったので、なんともいえない、めぐり合わせのようなものを感じました。

No title

楽々ライフさん、おはようございますm(__)m。

羨ましいですね!ダコタアパートに行かれたんですね~。

そうですねえ、ジョンが亡くなった時は、僕は中学生だったのかな。ハイロウズの「14歳」の曲そのままの僕でしたが、余りの衝撃で、その日は何も手に付かなかった記憶があります。

サリンジャーも読みましたけれど、犯人のジョンへの狂的な思い入れには、全く理解出来ませんでした。そうそう、僕、小さい頃ですが、オノ・ヨーコは某ホテルで見た事があるんですよ!ジョンも近くに居た筈なのですが、その記憶が無いのが残念です…。

ヨーコ

オノ・ヨーコは、名門の家の出身ですよね。
義理の父は安田財閥の創始者だし。
彼女に会うなんて、最高級のホテルですね。

ダコタ・ハウスはセントラルパークのすぐ近くにあるんです。

現代音楽の作曲家ジョン・ケージも住んでたそうです。
それも、レノンのすぐ近くの部屋。
レノンがステレオのヴォリュームを上げてうるさかったので、文句を言いに行ったら、レノン本人が出て来て、すぐに、ヴォリュームを下げてくれたそうです。

『ダブル・ファンタジー』良いアルバムでしたね。
ジャケットは篠山紀信だったんですか?
あの写真は良かったなー。

No title

楽々ライフさん、おはようございますm(_)m。

折角コメントを頂いていましたのに、全く気付いてませんでした、大変申し訳ございませんでしたm(_)m。

オノ・ヨーコを見たのは、東京のホテル・オークラです。彼女が会計を済ませていたんですが、ジーンズにどてら?の様な個性的なファッションでして、印象に残っています。

ダブル・ファンタジーのジャケットは、本当に美しかったですね゚♡゚
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