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深海の使者

大船や 帆綱にからむ 冬の月、航海や 夜昼となき 雲の峰、砂の上 曳きずり行くや 桜鯛、蒼海の 色尚存す 目刺かな、海女とても 陸こそよけれ 桃の花、僕、昨晩寝る前に、高浜虚子の句集を読んでいたのですが、いやあ、やっぱり正岡子規のお弟子さんだけありまして、「客観写生」ですか、格調が高い優れた句ばかりですよね。風景描写がビビッドで、海の光景の一部を切り取って保存しているというのかな、鮮やかな余韻があります。盲亀の浮木、優曇華の花と申しますけれど、マーフィーの法則じゃありませんが、偶然の一致ってあるものでして、今朝ネットを見ていましたら、海にまつわるニュースばかり、その中でも沈船に関するものが目に付きました。

まず、井底之蛙と言いますか遼東之豕、中国の夜郎自大ぶりもここまで来たかと呆れたんです。中国は南シナ海に接している訳ですが、その海域全ての沈船の所有権は、皆自分の物である、と主張しているそうなんですね。何とかに付ける薬は無い、ホントねえ、言動が無茶苦茶ですよ。この南シナ海は、ブルネイ・マレーシア・ベトナム・フィリピン、そして中国が其々所有権を主張しており、全くの未解決なんですね。おまけに、この海での沈船って、中国籍の船舶は左程多くなく、オランダやイングランドや中近東の物が殆どでしょ。そして、古来から船が行き来していまして、沈船には、学術的にも歴史的にも文化的にも重要な物が少なくないんですね。昨年、フランスを中心とする、世界的に有名な海洋学者達のチームが、この海域の沈船の捜索を開始、いざ引き上げようとした所、中国の沿岸整備隊に拘束されたそうなんです。そんなねえ、このチームの皆さんって、泥棒では無く、真摯な学究の徒でしょ。貴重な文化財を売り飛ばしたりしませんよ。沈船って、謂わばタイム・カプセルの様なもの、当時の暮らしぶりや交易の様子が分かる、第一級の歴史的資料でしょ。他国の学者を苛める様な連中が住んでいるんですもん、まともな国ではありません!

そして、常夏の島ハワイはオアフ島、その沖合で旧日本海軍の潜水艦が沈んでいるのが発見されました。この潜水艦は、アメリカが日本から接収したのですが、当時としては画期的な物でして、その先進的な技術がソ連に渡る事を恐れ、自沈させたそうなんですね。こういう話を聞きますと、僕、かってはプラモデル少年でしたから、その血が騒ぎます。という事で、今日は知られざる旧日本海軍の潜水艦のお話を。

さて、まず今回発見された潜水艦は、伊400型と言います。実はこれ、当時としては破天荒極まりない型破りのスーパー潜水艦だったんですよ。まず、全長120㍍は、当時世界最大であり、その理由は後述しますが、補給を受けずに世界中の何処でも行ける驚異的な航続能力を誇りました。そして、何故その大きさが必要だったかと申しますと、この潜水艦、飛行機を3機積んでいたんですね。凄い発想、と感服するんですが、潜水艦でアメリカ本土近くまで行きまして、飛行機を格納庫から引っ張り出し、爆撃するというアイディアだったんです。これまた凄いのは、積んでいる飛行機は「晴嵐」というのですが、フロートを付けていますから着水可能、そこまでは僕でも出来ます。でも、幾ら当時のプロペラの飛行機とは言え、3機も積んだら、スペースを取って仕方無いですよね。ですからこの「晴嵐」、なんと組み立て式でありまして、そうですね、鳩が地面に居る時って、翼は胴体の横に折りたたんでますよね。あの感じで飛行機をコンパクトに収納してある訳です。さて、目的の海域に到着したとして、この「晴嵐」、発進するまで3分あれば大丈夫だったとか。3分で発進、3分で爆撃して、3分で収納、その後は深海に潜ってスタコラサッサ~という訳で、いや、これ、ぶっ飛んだ発想と思いませんか!?ただ、戦局の悪化により、この「晴嵐」を使う機会が無かったのは、残念至極でありました。

そして、旧日本海軍潜水艦部隊の優秀さを最も体現したもの、それは、遥か彼方のドイツへの航海でありましょう。第二次世界大戦当時、日本はドイツやイタリアと同盟を結んでいた訳ですが、問題は三国間でどうやって連絡を取るか、でした。ドイツとイタリアは近いですから問題は無いですが、日本が欧州に連絡を取るとしても、廻りは敵国だらけですし、当時の飛行機の能力では、日本~ドイツまでの空路はとても無理でした。となるとどうするか、そこで考えたのが、日本からドイツまで、潜水艦で行く、という案だったんですね。

広島の呉を出港、南シナ海、東南アジアのマラッカ海峡、インド洋、南アフリカの喜望峰を超え、アフリカ大陸を横目に見ながら北上、ドイツ占領下へのフランスの軍港に入港するまで、3か月以上掛かったと言いますから、遥かな航海であり、波濤万里という言葉通りですよね。現在の原子力潜水艦ですと、シャワーも浴びられますし、空気清浄器も完備していますから喫煙も可能、軽い運動も可能ですし、冷凍庫がありますから、生鮮食品も幾らでも食べられます。ところが、昭和16年当時の潜水艦はまだまだ原始的で、レーダーすら完全なものではありませんでした。1か月もしないうちに新鮮な野菜など食べられず、ずっと缶詰ばかりですし、猛暑のインド洋にいても、真水は貴重品ですから、風呂なんて入れません。敵国の海域を航海するのですから、常に臨戦態勢ですし、その劣悪で過酷な環境下で、よくもまあ遠路遥々ドイツまで行ったなあ、と感心するしかありませんよね。日本からは東南アジアの錫やゴムなどを輸送し、ドイツからはジェット戦闘機やロケットエンジンの設計図を入手する、というのが目的でした。日本から5度、ドイツから3度イタリアから1度、大航海が行われましたが、三国とも、武運拙く敗戦の憂き目に合います。潜水艦乗り達の不眠不休の努力は、結局実らなかった訳ですが、当時の潜水艦でも、人間の叡智と工夫で大航海が出来るんですもん、何だか元気が出ませんか!?

これから師走も本番ですが、この船乗り達の苦労を思えば、幾ら忙しくても、文句は言えませんよね。よし、気合入れて頑張ります!
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