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ホテルはリバーサイド ♪ 

いやあ、それにしても寒くなりました。先程、楽々ライフさんというブロガーの方からコメントを頂いて、思わず膝を打ったのですが、この季節、やっぱり鍋ですよねえ。大分は日本一の河豚の産地ですから、その鍋も大変結構ですよ。近畿ならば鯨を使ったはりはり鍋、博多ならばクエ鍋かもつ鍋、広島ならば牡蠣、茨城なら鮟鱇、長野ならほうとう、山陰ならば蟹、う~ん、辛口の日本酒の人肌燗と艶やかな和服美人のお酌付き、こりゃあ堪りませんよね。と、ここまで書きましたら、親友のMさんがオフィスに見えまして、エスプレッソを飲みながら小一時間、ももクロの話を中心に暫し歓談したんですが、僕、ハタと思い出しました。

僕、最も好むのは、ちゃんこなんですよ。新宿駅から黄色い電車の総武線に乗る事暫し、将棋の街千駄ヶ谷、東京ドームの水道橋、学生街のお茶ノ水、オタクの聖地秋葉原、問屋街の浅草橋を過ぎますと、お目当ての相撲の街、両国に到着致します。なんたって、国技館があるぐらいですから、犬も歩けばお相撲さんに当たる、てな具合なんです。寒空に 浴衣姿の 相撲取り、大男達がウロウロしてますし、喫茶店ではその巨漢達が、可愛らしくパフェなんぞを食べたりしてますもんね~。僕、ボクシングの世界戦を観る為に、何度かこの両国を訪れましたけれど、何だかデカくてちょん髷の人達がいるな~、なんてぼんやり見ていたら、元大関の霧島関と、元関脇琴錦関が笑ってたりするんですよ。あ、琴錦は親方の娘さんと普通のOLさんと二股を掛けてまして、大スキャンダルになりましたけれど、「どっちもホントに好きなんです」には苦笑いしました。だって渾名が「さまよえる下半身」ですよ。季節によって場所が移動すると言われた、「さまよえる湖」、ロプノール湖じゃないんですから…。でも、むらがあったとは言え、天才肌の技の切れる力士で、僕は好きだったなあ。

さて、両国の裏通り、ちょいと横町に入りますと、そこはもう、木造の旧家が多く残っておりまして、まわしが沢山干してあったり、そこはかと無く力士が常用する椿油の薫りが漂っていたりして、まるで江戸時代の雰囲気、中々風情の或る良い街なんです。さて、お相撲さんの街ですから、当然ちゃんこ料理屋が沢山あるんですが、Mさんと両国駅で待ち合わせをして、何の予備知識も無くフラリと入ったお店が、ビンゴ!ラッキー・ストライク!チェック・メイト!でして、大変な美味でした。驚いた事に、円錐形の尖がった鍋でして、お汁は全く無いんですよ。鱈に蟹に豚に鶏に蛤、白菜椎茸人参、葱にえのきに舞茸に豆腐に油揚げ、具材が沢山詰められていまして、そこから水分が出る、というアイディアなんですね。すり胡麻やかぼすを浮かせたポン酢で食べたのですが、コクと旨味を鍋の中で凝縮した感じ、切り立ての青竹に詰められた冷酒も大変結構、〆の腰のあるうどんまで、お互いに物も言わずに食べましたもんね。あ~、あの鍋をまた食べたいなあ…。

閑話休題、先の琴錦関の「さまよえる下半身」ではありませんが、「さまよえる湖」の繋がりで、本日の拙ブログは、湖のお話と参りましょうか。

先日の朝日新聞でしたか、日本最大の湖、琵琶湖において、古事記にも記述のある、全長7㍍の葦を束ねた船で航行する、という試みを行っていました。余り知られていませんが、琵琶湖は世界最古の湖の一つなんですね。京の都が成立したのは、この琵琶湖に因る所が大でありまして、そりゃそうなんです。人間、水が無いと生きられませんから、巨大な貯水池がある処に人々が集まるのは自然の理でして、関東地方が栄えたのなんて、人類の歴史を遡れば、ここ近々の数世紀ぐらいなんです。関東には坂東太郎と呼ばれる日本一の川、利根川水系がありますけれど、昔は治水も難しかったですから、人口が増えなかった、という訳です。坂東太郎の意は、常に氾濫し洪水を起こす、という事らしいですから、そりゃ人が住みませんよねえ。徳川家康公が江戸に来てから、関東地方は初めて治水に力を注ぐんですね。なんと、徳川幕府が続いた250年近くの間、ずっと工事をしていたんですから、どれだけ大変だったかが分かりますよね。さて、琵琶湖は常に穏やかで特に治水の必要性も無く、縄文時代の丸木舟が出土しているぐらいですから、古くから人が住みついていた事が分かります。所は違えど、人は皆考える事が同じだなあ、と感じるのは、琵琶湖の親戚筋である何百万年前からある古代湖、バイカル湖やタンガニーカ湖にしても、非常に古くから人々が定住しています。

シベリアのバイカル湖には、日本人のルーツと言われる人々、所謂マンモス・ハンター達が住んでいたマルタ遺跡が有名ですし、タンザニアのタンガニーカ湖には、紀元前からバントゥーと呼ばれるアフリカ系の最大の民族が定住していました。僕ね、スキューバ・ダイビングの免許があれば、是非調べてみたいのですが、琵琶湖には湖底に沈む遺跡が、何と200を超える数あるんですね。中でも、葛籠尾遺跡、と呼ばれるものがあります。縄文時代から平安期まで、数千年以上もの間の莫大な数の土器のみが出土するそうでして、それがまた完全な形で出てくるそうなんですよ。これ、明らかに何らかの意図があってした事でしょうし、水深何十㍍もの深さだそうですが、是非この眼で、古代から蓄積された大量の土器を見てみたいものです。

僕、海外で見た最も印象に残る湖は、オーストラリアの西部、教会の街アデレードからバスで陸路1日、砂漠の中にある、エアー湖でしょうか。辿り着くまでがまあ大変でして、お尻も腰も痛くなりますし、食べられるものは、数百㌔毎に点在する小さなドライブ・インでの、バッファローやラクダやカンガルーのステーキぐらい、何だか冒険家の気分ではありました。さて、この湖、水分がすっかり蒸発してしまい、塩しか残っていないんですね。50年に1度、大雨が降り、この湖は満々と水で満たされるとか。自然とは凄いもの、この湖は青森県と同じぐらいの面積なんですが、その広大な大水源を目指し、遥か彼方から、大量のペリカンやカモメが飛来し、視界一面を海鳥が塞いでしまうとか。まるで、アルフレッド・ヒッチコック監督の映画「鳥」の様ですが、その光景を見てみたいと思うのは僕だけでしょうか。

何れにせよ、人々の暮らしには切っては切れないもの、それは湖を満々と満たす水でして、今後はその水資源を巡って戦が起こると言われているぐらいなんです。僕達日本人は、本当に恵まれている民族でして、豊葦原瑞穂の国の由来も、水に関わりがありますもんね。その初心を、決して忘れてはならないと思います!よし、ではsuntoryの阿蘇の天然水を飲んで、これから職員の面談に行って参ります!
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