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蓼食ふ虫

今日は、病院全体での運動会を企画していたのですが、昨夜から生憎の雨でして、残念ながら中止と相成りました。楽しみにされていた皆様方、本当に申し訳ございませんでした。でも、台風も近付いて来ておりますし、已むを得ない決断だったかと思います。それにしても、作業療法課の皆さん、優秀な若者揃いとは言え、雨の中、テントを片付けたり、万国旗を下ろしたり、本当にご苦労様ですm(__)m。風雨は益々強くなる様ですから、怪我をしたり、風邪を引かない様、充分に気を付けて下さいね。

さて、昨日の事なんですが、色々と仕事が立て込んでしまい、お昼ご飯抜きでそのまま夕方まで頑張ったんですが、僕の場合、どうも目に疲れが溜まる様でして、書類を見ていると辛くなったのには参りました。ここで1つだけ、愚痴を言わせて下さい!僕、病院全体のコーディネイト的な役割も担っているんですね。職員の皆さんが仕事熱心なのは大変結構なんですが、その時の仕事にフォーカス、コンセントレイトし過ぎると言うのかなあ、どうも廻りに目を配る余裕が無くなる方が多いみたいなんですよ。まあ、人の命や精神に関与する仕事ですから、集中するのはとても良い事なんですが、病院と言えども組織な訳で、うちは280人の大所帯ですし、やはりチームですからね。夫々が、ちょっとした気配りや、ハードな大分弁では無く優しい言葉遣いをし、相手を思いやる事が出来れば、当院はもう1つ上の、医療サービスが提供出来る気がしてなりません。

話を戻しまして、空腹に耐えながら頑張っていたんですが、そういう時に食べたくなる物って、その人の本当の好物、或いは肉体が切実に欲している食材なんでしょうね。昨日の僕は、カツ丼、鰻重、カレーライスが無性に食べたかったのですが、今日の拙ブログは、既に日本人の国民食とも言える、カレーについて綴ってみます。

僕、20代の頃の1カ月を超すインド旅行には、未だに強烈な印象が残っているんです。間違い無く、僕の人生の中で最もカレーを食べた1カ月だったんですね。インドは元々、長い間イングランドの植民地でしたから、朝食は豪華絢爛、大変美味しいんですよ。カリッと焼けた厚めのハード・トーストか熱々のマフィン、或いはスコーンとミルク・ティー。綺麗に焼かれたサニー・サイド・アップと厚切りのベーコン。焼きトマトとクレソンのサラダ。時折、変化球と言いますか、ジェリード・イール、鰻の煮こごりか、キッパード・ヘリング、鰊の薫製なぞも付いたりして誠に結構、ギネスか何かを飲みたくなるのが珠に瑕ではありました。ところがね、インドの昼と夜は必ずカレーなんですよ。ラムやマトン、シュリンプにマカレル--鯖ですね--、数々の野菜や貝、具材はその都度変わりますけれど、全てカレー味、いやもう全身真っ黄色になるかと思いました。

でも、そのお陰か、2度酷くお腹をやられましたけれど、思っていた程では無かったんですね。ホエン・イン・ローマ、ドウ・アズ・ザ・ローマンズ・ドウ、郷に入っては郷に従え、でありまして、カレーの成分が、灼熱のインドに合っているんでしょう。そりゃそうでして、カレーの元になる香辛料は、何と紀元前3000年前から、薬剤としても使われますもんね。ギーと呼ばれる水牛のバターで具材を炒め、徐々に香辛料を混ぜて行くのですが、ターメリックはウコンですから肝臓に良く、カルダモンは生姜の仲間で腸に利き、せり科のクミンは胃を強化しますし、コリアンダーも同じくせりの兄弟筋で、炎症を緩和しますから、謂わば、インド版の薬膳料理の趣であります。肉や魚を保存出来る、これらの小さな香辛料を巡って、コロンブスが7つの海を大暴れし、世界史を変えてしまった訳ですから、何だか不思議な感があります。尤も、日本では気候が穏やかな所為か、山椒ですとか紫蘇、葱に大根ぐらいでしょうか。あっ、最近は滅多に見ませんけれど、京都の老舗料亭辺りに参りますと、鮎の塩焼きに蓼酢が付いて来ます。待てど暮らせど来ぬ人を 宵待草の遣る瀬無さ 今宵は月も出ぬそうな、艶福家で知られた画家、竹久夢二の秀句じゃありませんが、この花は言葉通り夜に咲きますから、それを愛でながら、京都の銘酒と鮎の塩焼きで、初夏の一夜を過ごすのも乙なものです。まあ、ここでお酌をしてくれる、はんなりとした京都弁の浴衣美人達が居れば、益々結構なのですが、僕、残念ながら、その様な僥倖に恵まれた事はありませんでした。

閑話休題、このカレー、世界中でアレンジメントされて食べられている訳ですが、僕がかって住んでいましたのは豪州のメルボルン、ここは移民の街でして、チャイナ・タウンを筆頭に、韓国人街にイタリアにベトナムにタイにギリシャ、世界の食の万国博覧会の趣がありました。そこで様々なカレーを食しましたが、イングランドの物は、具が牛のみだったりして何だか味気無く、ベトナムはトマトやココナッツ・ミルクが入っていたりしてスープの趣、少し馴染めませんでしたねえ。やはり美味しかったのはタイ・カレー、ハーブやニンニクや唐辛子がふんだんに使われ、ナンプラー--魚醤、日本ならば秋田のしょっつる、醤油の一種ですね--が隠し味ですから、日本人の舌に合うのかもしれません。

飯の上に唐辛子細味に致し、芋のどろどろの様な物をかけ、これを手にて掻き廻して手づかみで食す。到って汚なき人物也。

文久三年ですから、明治維新がもうすぐ目の前の頃、幕府使節団の随行員が、インド人がカレーを食べている処を見て、活写した記述ですけれど、まさか国民食になるとは、このお侍さんも思いもよらなかったでしょうね~。その後、遼原の火の如く、あっという間に日本中にカレーが広がる訳ですが、これ、当時のインテリ層の影響が大きかった様です。「青年よ大志を抱け」の北海道はクラーク博士の農学校では、明治9年にライスカレイのメニューがあります。そしてハイカラな日本海軍でも、イングランド風のカレーのレシピが残っているんですね。明治期の日本を牽引した海軍の軍人や、学生さん達が、帰省した折に、「ライスカレイなる、ばり旨か料理があるばい。作ってみてくれんね。」、何処の方言か分かりませんが、こうして伝播していったのではないでしょうか。当然、本場のインド風の香辛料たっぷりの味付けは日本人には合いませんから、各地方でアレンジメントしたんでしょうね~。

書いている僕が、あ~お腹減った~と、何だか非常に空腹を覚えて来たんですが、読者諸賢の皆様方は如何でしょうか!?当然、僕の今日のお昼はカレーでしょう!あ、でも、運動会の準備をしていたから、今日の給食は幕の内弁当かなあ!?
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