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♬ K ULUWEHI O KE KAI ♪

いやあ、東北の皆さん、そして東北楽天ゴールデンイーグルスナイン、本当におめでとうございます!!見事な優勝、本当に良かったですね!悲劇続きの東北において、久し振りに元気が出るニュースじゃないでしょうか。シーズン前の下馬評では、優勝すると思っていた方は皆無に近いんじゃないかな!?無論僕もその一人でして、パリーグは大混戦になるとは感じていましたけれど、まさか楽天が優勝するとは思ってもいませんでした。ジョーンズやマギー、メジャー・リーグの大物の加入で打線に軸が出来、銀次や枡田や聖澤といった若手の頑張りもありますが、何と言っても田中マー君に尽きますね。ここまでの成績が22勝0敗なんて、昨年からですと26連勝ですか、世界中のプロ野球の記録を破っちゃうんですから、優勝するのも当然ですよね。僕、80年近い日本プロ野球の歴史の中で、一番の右投手は、大分県民の誇り、鉄腕稲尾と思っていますし、今もその考えは変わりません。しかしながら、稲尾のアンタッチャブル・レコード、20連勝を破る投手が登場するとは思いもよりませんでした。田中投手にはただただ脱帽、最敬礼、スタンディング・オベーションですし、こうなったら、クライマックス・シリーズ、日本選手権、アジアの覇者を決めるアジア・シリーズ、全て制して欲しいものです。

閑話休題、漸く昨日、今年一番の大きな仕事が一応無事に終わりまして、やれ嬉しや、麦酒を片手にヴィデオを観ていました。「社長外遊記」、高度経済成長の日本を舞台に、森繁久彌扮するお気楽社長が、商談に事業拡張に浮気♡に大活躍する、という人気シリーズなんですね。本作はハワイのホノルルにデパートを新設する、という大変景気の良いお話なんです。三木のり平が女装しまして、珍妙なフラ・ダンスを披露する処で、出演している役者さん達も大爆笑しているんですが、エキストラのダンサーを何気無く観ていましたら、皆さん、二の腕や脚や太股に、見事な刺青がびっしり入っていたんですね。僕、その一連のシークエンスを観ながら、長年感じていた事が結び付きまして、本日はそれを皆さんにご披露したいと思います。

まず個人的な思い出から入りますと、海外に行けば、特にアメリカなぞは、かなり気軽に刺青を入れられます。何処にでもある様な街角に、「TATOO」と看板がありまして、ひょいと入れば、シャーッと数分で刺青が可能なんですね。あれはLAかSFでしたか、確か西海岸、結構人が並んでますし、皆さん明るく、安価ですから、当時20代の僕も、ついつい入れたくなりましたもんね~。あ、勿論、僕の身体は「○○命」とかタオのマークとか桜吹雪とか、何の刺青も入っておらず、綺麗なもんですよ。

さて、この刺青、まず想起したのは、僕のこよなく愛する谷崎潤一郎のデビュー作であります。そのまんまのタイトルなんですが、「刺青」でして、これ、明治の終わりに発表されたんですが、まあとんでも無い内容なんです。彫り師がおりまして、常々理想の女性の身体に刺青を入れたい、と願っていたんですね。或る日、駕籠の袖から、白く艶やかで艶めかしい脚が出ているのを見まして、この女しか居ない、という訳で、「刺青を入れさせてくれ」と懇願するんです。執拗な願いに負け、その女性の背中一面に蜘蛛を彫り込むんですね。カラスカァと鳴いて夜が明けまして、朝日を浴びた全裸の女性、その美しい白い背中に彫られた漆黒の蜘蛛を拝む、という粗筋です。とんでも無い変態かつ、ド助平親父ですね~。よくまあ、謹厳実直な明治の時代に発表出来たものですが、でもね、日本における刺青の歴史って、大層古いんですよ。

紀元200年頃、女帝卑弥呼が君臨する時代、中国から大使が参りまして、当時の日本の風俗を書き残したのが、彼の有名な「魏志倭人伝」、その中にこういう一節があります。「男子は大小と無く、皆黥面文身す」、これ、当時の日本人は大人も子供も皆、顔や身体に刺青をしていたんですね。どうやら、水に潜って魚を獲る際のおまじないだったそうでして、これ、南方に行けば行く程、同様の刺青が見られます。鹿児島に居た伝説の隼人や熊襲達も眼に縁取りをしていたそうですし、中国南部の沿海部、台湾、フィリピン、タイ、ベトナムも身体に刺青を入れる風習があります。タイですと、魔除けやお守りとしてですし、台湾ですと、成人になる際のイニシエーション、所謂通過儀礼となるんですね。勿論、現在では廃れつつある風習なんですが、この刺青、僕達と同じモンゴロイドである、南太平洋のポリネシアの民にも見られます。ニュージーランドのマオリ族、サモアやトンガ、フィジーにタヒチ、そして勿論ハワイでも、刺青はポピュラーでカジュアルなんですね。

どうも、南方系の民族には、刺青に対する抵抗感が無く、元々は同族なのかな、という感を強くするんですが、その傍証として、ダンスが挙げられます。ハワイですとフラ、もっと南に下がればタヒチアン、サモアやフィジー等々の南太平洋のアイランダーには、ラグビーで有名な、ハカという戦いのダンスがあります。日本の南、八重山諸島、奄美や与論、そして沖縄や鹿児島では、結婚式の際、カチューシャーというダンスを出席者全員で踊りますよね。フラ、タヒチアン、ハカ、カチューシャーにしても、神への祈りであり、祝祭であり、愛を寿ぐものという点では皆同じでして、踊り方には差異はありますけれど、同根のものと言えると思います。

フラ・ダンスの世界一の祭典は、毎年春、ハワイ島で行われるメリー・モナーク・フェスティバルなんですね。このメリー・モナークの意は、陽気な王様、なんですが、これにはハワイの歴史が絡んで来ます。常夏の島、ハワイには、かって王国があったのですが、アメリカの詐欺にあって全土を取られてしまいました。1990年代になって、その卑劣な行為を認め、ハワイの人達に正式に謝罪したそうですが、100年前の事を今更謝られてもねえ…。ハワイ王国、という以前の形で返す筈もありませんし。毎回アングロサクソンの悪口ばかりで恐縮ですが、ハワイの文化も、言語も、土着の宗教も、全て棄てさせたんですから、アメ公とは付き合いきれません。さて、未だハワイ王国が存在していた1870年頃のお話です。既にハワイを手に入れようとしていたアメリカは、陰に陽に圧力を掛けていたのですが、フラ・ダンスを止めろ、と執拗に良い張り、一旦は廃止されてしまうのです。ところが、当時の王、カラカウアは大変な大人物でして、フラの復活を宣言、その功を慕い、メリー・モナーク・フェスが始まったんですね。

閑話休題、実はこのカラカウア王、日本と縁があるんです。それは後述しますけれど、王は、このままでは、我が愛するハワイ王国は、アメリカの卑劣な手段により、合併されてしまう、と大変な危機感を持ったんですね。その為には世界の情勢を知らねばならぬ、そして国際政治の現場を体験せねば、と思い立ったカラカウア王は、ハワイ王国を一旦妹に任せ、世界一周の旅に出ます。アメリカでは大統領に直談判し、ハワイと米国の輸出入の交渉に大成功、そして、欧州先進国の殆どを来訪、ローマ法皇に会い、イングランド女王と会見し、エジプト・中国・インド・タイと渡り、そして日本にやって来たんですね。1881年、明治14年の事でした。カラカウア王は、急激に伸びつつある新興国、日出ずる国、我が国日本との同盟を切望していたんですね。自分の娘である、カイウラニ王女と日本の皇族であり天皇の弟君の息子、東伏見宮親王との結婚を申し出ました。当時の日本は、西南戦争の痛手が癒える前でして、明治天皇もかなり悩まれたそうですが、「残念ながら、ハワイを援助出来る程の余力は無い」として泣く泣く断りを入れています。実は、この時、カラカウア王は、アメリカの圧力に対抗すべく、ポリネシアの島々と同盟した大連合を進めていたんですね。既にサモアは同意しており、日本を後ろ盾にして、ハワイの独立を守る、という大構想だったのです。ところが流石はアメリカ、薄汚い手段は得意中の得意、無理矢理にクーデターを起こし、カラカウア王の政権を転覆するんですね。そして数年後、哀れにも王は、失意のまま、逝去してしまいました。

もし、明治天皇がご決断されていて、ハワイ王国が独立したままだったら、第二次世界大戦で日米が激突する事も無かったでしょうし、南海の楽園に、天皇家と縁戚の親日国家があった訳で、残念でなりません。でもね、これは僕の推測ですけれど、カラカウア王の遠大でロマンティックなプラン、先に挙げた刺青やダンスじゃありませんが、心の奥底に、日本人とポリネシアの民は、元々は同根、という意識があったんじゃないでしょうか。

僕の仮説、如何でしたか!?週末は割と好天に恵まれそうな雰囲気ですし、皆様、楽しい休日をお過ごし下さいませm(__)m。
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