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~~ 流され者 ~~

宮城の牡鹿半島の付け根には、女川、おながわという漁港がありまして、ここは日本一の秋刀魚の水揚げを誇るんですね。昨日、大分県の精神科病院の会合--関係者各位の皆様、諸先輩方、ドクターの皆様、貴重なお話をありがとうございました--がホテルでありまして、夜更けに戻ったのですが、ネットでニュースを見ていましたら、その女川港が取り上げられていました。何時もの様に大量に魚が獲れたのですが、その中に、通常の1.5倍はある秋刀魚が混じっていたとか。僕、知らなかったのですが、大抵の秋刀魚は大体30㌢程だそうで、ところが昨日獲れたものは、45㌢を優に超えていたそうです。「30年以上も漁師をやってるけど、こんな大きいのは初めてで、縁起が良いや!」との由、漁港の人達は皆笑顔だったのですが、僕、強烈な違和感を感じました。その写真も見ましたけれど、大き過ぎてあからさまに妙でして、これ、恐らく、奇形の秋刀魚と思うんですよ…。♫ 海は広いな大きいな ♪、かってニュージーランド沖で日本の捕鯨船が、体長10㍍を超す首長竜に酷似した生き物の死骸を発見しましたよね。今年の夏も、スペインの海浜に、体長4㍍はある奇妙な生き物が打ち上げられていました。まあ、深海魚の中には、奇妙奇天烈なフォルムのものもありますし、突然変異という事もありますけれど、女川港の位置を考えると、漁師の皆さんの様に脳天気に笑っていられません…。まず、女川原発がある上に、福島からは指呼の距離なんですね。女川原発そのものは、何の被害も無かったそうですが、漁場はどう考えても、仙台湾や金崋山沖や三陸、或いは太平洋でしょ。ちょっとこの巨大秋刀魚は、放射能汚染で危ないんじゃないかなあ!?

それを裏付けると言いますか、日本の農水省のサイトを拝見してみたんです。すると驚いた事に、アメリカは日本からの食品の輸入を規制していたんですね。9月9日の時点で、青森・岩手・宮城・山形・福島・茨城・栃木・群馬・埼玉・千葉・新潟・山梨・静岡・長野・静岡の計14県が対象でして、輸入停止にしている品目があったり、第三者機関作成の、放射性物質検査報告書を義務付ける由でした。

何だか安部の言う事と随分違う様な…。そして、スーパーでは「国産」としか書かれていない食品の多い日本よりも、アメリカの方が余程国民の健康を考え、そして放射能を警戒している様な…。

僕、こんな事--JR北海道の、杜撰極まりない管理体制には反吐が出ますし、世界一の鉄道王国、日本の名が泣きますよ--を続けていて、日本という国は大丈夫なのか、本当に不安です。先の漁師さん達には大変失礼ですけれど、国の言う事を鵜呑みにして良いのかなあ!?僕ね、国民の大多数の皆さんって、正直な処、「民主が駄目だったし、自民も良くは無いけど、仕方無いから任せてみるか。官僚がのさばり、福島の事後処理や国の借金、あらゆる層でのモラルの崩壊や少子高齢化の問題もあるけれど、今まで何とかなったから、これからも大丈夫だろう。オリンピックも来るし。」という、諦念と楽観がない交ぜになったというか、そんな感じじゃないでしょうか。

閑話休題、宇喜多秀家、という戦国武将が居ます。余りメジャーでは無いと思うのですが、僕、彼の人生って、今の日本人に類似している様に思うんですね。愚者は経験に学び賢者は歴史に学ぶ、では早速綴ってみましょうか。

僕、彼は結構好きな方なんですが、宇喜多秀家公程、劇的な人生を送った人は稀な様に思われます。幼少期に父を亡くしたのですが、彼の領地は、現在の岡山県一帯でして、当時の中国地方は毛利家と織田家の激しい角逐が既に始まっていたんですね。宇喜多家の去就が、戦国時代の帰趨を決めるといった重要な役割でしたが、結局は織田家に味方する事となります。宇喜多家の担当は、これまたラッキーな事に木下藤吉郎、後の関白である豊臣秀吉でありまして、主家である織田家が滅びても、その縁は続いたんですね。当時としては大変な長身であり、眉目秀麗の二枚目、戦の采配を取らせても中々でありまして、秀家公は秀吉公から、眼に入れても痛くない程の可愛がられ様でした。豊臣姓を名乗って良いという、天下人から一族としての扱いを受け、娶ったのは秀吉公の盟友、前田利家公の娘の豪姫、そして弱冠22歳で中納言となります。この上の官位は、大納言・内大臣・右大臣・左大臣・太政大臣しか無い訳で、順調に行けば、益々の昇進は確約されていたでしょう。因みに織田信長公は右大臣までの昇進でして、それも40代半ばでの事ですから、秀家公は異例の昇進というのがお分かりになるかと思います。そして、秀吉公が天下の政治を任せた、五大老にも加えられるんですね。徳川家や上杉家、毛利家といった大大名と同格の地位となります。昇り竜の様な順調な人生ですが、好事魔多し、人間万事塞翁が馬、秀吉公の死後からは、ひたすらに転落の一路を辿るのです。

謂わばお坊ちゃんですから、秀吉公を見習って豪奢な生活が大好きだったんですね。趣味の鷹狩の為だけに、常時300人は雇っていたというんですから、そりゃ無駄遣いでしょう。その他の施策においても推して知るべしで、まるで、不要な公務員を抱えた、地方自治体そっくりです。戦には強くとも、経済には疎かった様で、領民に無理な重税--経済が必ずしも回復していないのに、消費税を上げようとする島国がありますね--をしこうとして、重臣達の猛反発を買います。挙句の果てには領民は逃散、ちょうさん、と言いまして他の土地に逃げる始末です。先々代から忠勤を励んでいた家臣達も、敵である徳川家に勤めてしまいます。

天下分け目の争いである、関ヶ原の戦には勿論豊臣方として参戦、憎き徳川家を相手に堂々の戦いっぷり、大奮戦するのですが、味方から裏切り者が続出、武運拙く敗戦の憂き目に合います。数少ないお供と共に、岐阜~金沢~鹿児島と厳しい逃避行の末、結局は身柄を家康に引き渡されました。かっての同僚や部下であった大名達からの願いもあり、官位は剥奪されますが、死罪は免れ、現在の東京都、南海の絶海の孤島、八丈島へと島流しになるんです。思えば22歳で中納言となり、天下に号令出来る五大老となったのが26歳、島へと流されるのが34歳でした。是、将に一炊の夢というべきでしょうか。そして秀家公はその後50年間、半世紀の間、八丈島で暮らし、2度と日本列島の土を踏む事は無く、同地で亡くなりました。子孫達も、その罪を解かれたのは、徳川幕府が瓦解した明治になってからでして、宇喜多一族が本土に戻れたのは、300年近く後の事だったんですね。

僕、秀家公は、決して悪い男じゃなかったと思うんです。豊臣家に忠誠を誓い、戦いぶりも勇猛果敢、多くの大名達から、助命を懇願されたと言いますから、きっと好漢だったんでしょう。でもね、領民が重税に苦しむのも分からず浪費三昧、「世間知らずの殿よ」と、家臣を離反させてしまいました。豊臣家に尽くすのは良いのですが、結局は負けた揚げ句、宇喜多家が滅亡した訳ですから、部下達の勤め先も無くしたんですよね。

一個人としては魅力的かもしれませんが、経営者として、或いはリーダーとして見た場合は失格であります。現状を把握せず、物事の本質を理解せず、お上--彼の場合は豊臣家ですね--を疑わず、その場の感情に流され短絡的、それでは国を喪うのも当たり前でして、僕、今の日本人にそっくりと思うんですよ。どうかどうか、日本人みんなが、己自身の考えをしっかり持ち、決して流されず、自立して欲しい、切に切にそう願っています。じゃないと、本当に日本は滅び、宇喜多家の様になりますし、僕だってさっさと海外の国籍を取って、きっと何処かにある新天地、シャングリラか桃源郷かアヴァロンに逃げちゃいますよ!?
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