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∞ メビウスの輪 ∞

しかしまあ、今の日本の常套手段でありミエミエとは言え、検察もやりますねえ。と言いますのも、東電や馬鹿菅等々、原発事故の関係者42名が、福島県民から告訴されていたんですね。この大変な被害、そして果たして本当に原発事故に対し責任が無かったのか、を問うた訳ですけれど、案の定不起訴ですって。それも、流石に国民感情を恐れたのでしょう、このニュース、殆ど報道されておりません。東京五輪決定の翌日に、不起訴を発表したんですね。テレビは五輪報道一色でして、万歳万歳の雨あられ、おまけに新聞は休刊日でしたから、不起訴のニュースなんて何処も扱ってない訳です。法の番人なんてよくもまあ言いますよ!権力の番人じゃないですか。こいつらの言う正義なぞ、とっくに地に落ちてますし、とても天国には行けない連中ですよね。ま、東電そのものは、通産省--原発はこの省の管轄です--の天下りを大量に受け入れていますもんねえ。同じ穴の狢でして、検察だって各界に滅茶苦茶な天下りをしていますから、裁けないのもさもありなん、であります。皆さん、こういう政府にとって不都合なニュースって、何か大きい出来事の裏でこっそり報道される事が多いですから、どうぞお気を付け下さいませm(__)m。

プロ野球に目を向けますと、東京ヤクルトスワローズのバレンティン選手が、王選手の偉業、シーズン55本の本塁打記録を破るのでは、と大騒ぎになっています。かってこの大記録に迫った選手は何人かおりました。阪神のバース、西武のカブレラ、近鉄のローズ選手…。ところが、偉大なる王選手の上には行かせない、という訳で、不可解な敬遠合戦になったりして、未だアンタッチャブルな記録だった訳です。でもね、僕、ずっと不思議だったんですが、人徳者としても知られる世界の王選手が、自らの記録が破られるのを恐れる程、小心翼翼として器の小さい男なのかなあ、って。やっと疑問が氷解したのですが、今朝のスポーツニッポン紙に王さんのインタビューが載ってまして、「『記録は破られるためにあるんで、どこまで行くか楽しみに見守りましょう。』と、満面の笑顔で語った。」ですって。因みに王さんの家には、現役時代に貰った数多くのトロフィーや楯やバット等々、栄光の象徴である記念品は何一つ残っていないとか。過去の栄光には何の興味も無い、大事なのは未来である、という事なんでしょう。流石WBC第1回優勝監督でして、それでこそ世界のホームラン王であります!僕、小学生の時以来、改めて王ちゃんのファンになりました!例え、バレンティン選手が新記録を打ち立てたとしても、昔とはボールもバットも球場の広さも、対する投手から試合数から異なる訳で、王選手の偉業は、決して色褪せる訳ではありません。こうなったら、シーズン60本ぐらい打って欲しいですし、今度はその記録を破るべく、プロ野球選手全員が切磋琢磨すれば良いんですよ。

さて、そのバレンティン選手のホームタウンは、キュラソー、というカリブ海の小島なんですね。面白い事に彼の国籍はオランダでありまして、これは大航海時代と植民地時代の名残であります。欧州諸国は全て陸続きですから、文化や技術の伝播の速度が、他の国々より格段に速い訳ですね。その点では、携帯やネットも無い時代ですから、極東の島国の日本では、情報において格段のハンディがありました。話を戻しまして、欧州の国々同士で争っていても、限られた土地しか無い訳ですから、海外に新天地を求め、命知らずの船乗りたちが7つの海に乗り出した訳です。このバイタリティは日本人には無いなあ、と痛感しますけれど、その結果、アフリカや南北アメリカ、そして東南アジアやカリブの島々が植民地になったんですね。でも、この外人の皆さん、とひとくくりにして恐縮ですが、元々住んでいる善良な人達を皆殺しにし、黒人を連れて来てその地を開拓させるなんて、よくやりますよね。前述のバレンティン選手も、アフリカの黒人と欧州のオランダ人のハーフでカリブ海の島育ち、そしてアメリカのシアトルでプレイし、日本に来て新記録を作るなんて、とても数奇な運命を感じます。

さて、オランダは国土が狭く--ちょうど九州ぐらいです--、人口は東京と千葉を合わせたより少なく、隣国は強国ドイツですから、海外に雄飛せざるを得なかったのでしょう、それは同情します。そして、13世紀からコツコツを干拓を続け、800年もそれを続け領土を広げたその努力は感嘆に値しますし、人間の叡智を感じさせますよね。また、何事にも寛容で自由な国民性や、江戸期の長崎において、不自由極まりない出島での生活に耐え、日本との長い交流をしてくれた等、長所も沢山あります。でもね、ダッチ・ア・カウントという言葉は割り勘の意味でして、ダッチは勿論オランダ人の意、小国故か、正直ケチで小心な処があるんです。インドネシアがオランダから独立した際には60億㌦払えとか無茶を言いますし、日本の戦後補償についても、執拗に交渉を続け、結局40億円ぐらい支払ったんじゃないかな!?あの~、お金にケチだとモテませんし、そして、手酌だと出世しませんよ、なんちゃって!?

人間同様、そういう長所と短所を併せ持つオランダですけれど、でもねえ、僕、この国余り好きじゃないんですが、どうしても許しちゃう処があるんです。と言いますのは、近代絵画の歴史において、極めて重要な役割を果たしているんですね。日本でいうと関ヶ原の戦の頃、オランダは世界中に雄飛して居たのですが、面白いもので芸術の世界でもトップだったんですね。フェルメール、レンブラント、ヴァン・ダイクがその代表格でしょうが、興味深いのは、それまでの画壇の主流だった、宗教画が殆ど無く、人物にせよ風景にせよ、写実的なアプローチなんですね。僕、オランダ人達の大移動の時代でしたから、そのダイナミズムが絵画にも影響を与えたんじゃないかな、という気がしてなりません。レンブラントは「光の画家」と呼ばれましたが、フェルメールにしても、一点にライトが当たるイメージが強いですもんね。一連の傑作群の絵画が象徴した光と影、それはその時代のオランダの栄光であり、そして欧州の覇権はイングランドへと移る訳でして、その暗喩という僕の考えは穿ち過ぎでしょうか。去年でしたか、上野の森の驟雨の中、大変な長さの行列でしたが、「真珠の耳飾りの少女」はやはり素晴らしかったですし、本物を見られて良かったです。

その後のオランダの絵画は、黄金時代が嘘の様でして、欧州の画壇の中心は勿論花の都であるパリとなります。でもね、幾らオランダの画家達がメイン・ストリームから外れたとは言え、謂わずと知れたワン・アンド・オンリーであるゴッホ、世界初の抽象画を描き、常に若い女性達をはべらしていたモンドリアン、技術者の父を持ち、元々は建築家志望だった、騙し絵のエッシャー。日本が世界に誇れる画家は幾人かいまして、梅原に藤田に棟方辺りでしょうが、何世紀にも渡って文化を大事にして来たヨーロッパに、一日の長があるのは、流石に認めざるを得ませんねえ。

今日は野球の本塁打の話をしようと思っていたのに、どんどん脇道に逸れまして、17世紀のオランダの絵画について語ってしまいました。来週は出張が入ってまして、ちょうど順路でもあり、久留米の石橋美術館で、クレーやルノワールが出品されるそうなんです。芸術の秋ですし、寸暇を惜しんで覗いてみようかな!?
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