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✙ THE GARDEN OF EDEN ✙

どうにかこうにかPCも直った様でして、今日は久し振りに拙ブログの更新となりました。でもね~、明日から僕、大分県下を忙しなく飛び回る3日間になりそうです。初盆のお参りに墓掃除、何だかまるで修行僧になった感がありまして、オンアビラウンケンソワカ、朝には紅顔ありて夕べには白骨となれり、ギャーテーギャーテーハーラーギャーテー、もう頭が痛くなりそうです。それでもご先祖様の供養は日本人ならば当然の事でありまして、猛暑に負けず喉の渇きにも負けず、藪蚊の襲来と戦って参ります。

以前からの読者の方は疾うにご存じでしょうが、僕の母方の祖先は宇佐神宮の神官の家系でして、父方は千葉の山賊の出身--何だか高貴な出の母が、野卑な盗賊の父にさらわれた感がありますが、これじゃあまるで黒澤明の「羅生門」ですね--ですが、それはさておき、親族は宗教系の道に進んだ人が多いんですよね。上智大学の神学部に行かれた方。天台宗の尼僧になられた方。カソリックに天理、知り合いには創価学会の方も居ましたし、でもうちの菩提寺は浄土真宗でして、何だか宗教のショッピング・モールと言いますか、将にオン・パレードでした。それ以外は医者に歯医者に学校職員に少女小説作家、寅さんの様なテキ屋になった人、その真逆で警察関係に行かれた方。大手建設会社役員に中国の大学教授、お花の先生に銀行マン、そして僕と、余りにバラエティに富むと言いますか、脈絡が無さすぎて訳が分かりません。まあ、夫々の自由を許容する家系だったのでしょうし、僕の私淑する永井荷風先生が養子を取る際に「教師、軍人、役人にはさせぬ事」と言った有名な逸話がありますけれど、どうやらその道に行った親族は居ない様です。

閑話休題、僕自身は全く宗教心に薄く、お経を聞けば聞く程睡魔が襲って来る始末、何だか罰が当たりそうですが、今日は世界最大の宗教、キリスト教のお話と参りましょう。とは言え、僕自身は極めて素朴な宗教感でして、日本古来の神道である、全てに神様が宿るといった平和的な考えが、最も性に合うと思っています。どうもキリスト教の様な絶対神、一神教は苦手ではありますね。まあ、無学な一無神論者の意見と思って、暫しの間お付き合い下されば幸いです。

さて、世界最大のベスト・セラーは謂わずと知れた聖書ですけれど、僕、これは文学書と思って読みました。ちょっとしたホテルには、ベッドの下に必ず置いてありますし、聖書の冒頭、天地創造の章に依れば、僅か一週間でこの世界が造り上げられますよね。神が、「光あれ」「空あれ」と言って、どんどこ地球が造られるんですが、そんな筈はありゃしません。地球に生命体が生まれたのは、月からの隕石に微生物が含まれており、それが成長した、というのが定説になりつつあるんですから、天地創造の一節は、荒唐無稽な与太話と言えましょう。預言者モーゼの出エジプト記についても同様でして、海が2つに分かれて道が出来、追手が来たらそれが閉じられるなんて、単に浅瀬を見つけて渡っただけじゃないの、と言いたくなりますよね。

ただ、文学書として読むと、口語体で訳された旧約聖書なんて、まあ文章が格調高いんですよ。神が自分の事を語るくだりがありますけれど、「我は在りて有る者なり」なんて、良く分からないけれど、何だか納得してしまいます。そして、カインとアベルの兄弟間の葛藤を描いた挿話にしても、ノアの箱舟にしても、バベルの塔にしても、不気味なのに荘厳な黙示録しかりでありまして、絶対神と卑小な人間との物語と言うんでしょうか。欧州文明に絶大な影響を及ぼした事は間違いありません。ゲーテ、ドストエフスキー、ミルトン、皆キリスト教を自分なりに咀嚼し、「ファウスト」「カラマーゾフの兄弟」「失楽園」が生まれた訳です。そうそう、僕、ヘミングウェイは大好きなんですが、遺作である「エデンの園」は、女性2人と男性1人の三角関係を巡る、大層官能的で退廃的、そして魅惑的な物語なんですが、これにしても、聖書にインスパイアされたものである事は間違い無いでしょう。音楽の鼻祖と呼ばれるバッハに付いては皆さんご存じの通りですし、黒人の讃美歌であるゴスペルは、20世紀のポップ・ミュージックの全ての母と言えます。美術についても同様で、もう数えきれない程の宗教画が多く残されていますよね。因みに僕、以前の拙ブログでも触れましたけれど、イエス・キリストは金髪碧眼では無かったと思います。ユダヤの民は、エジプト人の奴隷でしたし、エルサレムは中近東に位置しますから、そこの出身で白い肌って、確率的にあり得ませんね。恐らく、黒く縮れた髪に浅黒い肌だったと思われます。

さて、旧約とは旧い契約、新約とは新たな契約の意です。旧約にはイエス・キリストは登場しませんで、エホバと呼ばれる神と、人間との契約なんですね。新約はキリストとの契約になる訳です。エホバにせよキリストにせよ、信ずる代わりに君を守ってあげよう、てな感じでしょうか。僕達日本人の考える契約って、結構緩い概念だと思うんですね。でも、西洋文明では、契約、コントラクトとは、キリスト教そのものの根幹に関わる考え方なのですから、外交交渉等で、齟齬が生まれるのは仕方が無いのかもしれません。ですから、今度のTPPにしたって、日本を除く欧米側は、「国家間の契約」という考え方で、一歩も譲らず、大変悲惨な結果になると思いますよ。

閑話休題、僕達日本人に最も分かりずらいのは、カトリックとプロテスタントの違いと思います。元々はカトリックしか無かった訳で、宗教革命により分裂しちゃうんですね。無学な僕がざっくり分けてしまいますと、カトリックはローマ法皇を中心とした組織であり、プロテスタントは自由に聖書を解釈するという、比較的緩やかな戒律の宗派と考えて良いでしょう。面白く感じるのは、カトリックの方が断然信者は多いのですが、所謂旧世界であり旧大陸である、欧州の文化という事になります。従って、欧州各国に加え、スペインやポルトガルが植民地にした南米・アフリカに広がりました。新教とも言うべきプロテスタントは、アングロサクソン系の国々、アメリカ・カナダ・イングランド・豪州といったところが主となります。あ、あとは東欧で独自の発展を遂げたロシア正教、これらがキリスト教の三大宗派と言えるでしょう。これまた興味深いんですが、アングロサクソン系の中では、カトリック信者は異端視されてしまうんですね。先日の拙ブログで紹介したばかりのJFK、ケネディは、アメリカの歴史の中で、唯一のカトリック信者なんです。もしかして、それも非業の死を遂げた一因なのかもしれませんね。

キリスト教にイスラム教、ヒンドゥー教に仏教、古代のシャーマニズムにアニミズム、ありとあらゆる神があり、僕、共産主義--信仰そのものを認めていない考え方です--も一種の宗教と思います。でも僕、宗教が生まれたのは、元々素朴なものだったと思うんです。例えば闇が怖いですとか、何故空があり星が輝くのだろう、という処を詩的に解釈し、それが体系化されていったものが、仏典であり聖書でありコーランと思うんですね。そして、人間はどうしても弱い部分がありますから、心が哀しい時にすがるもの、それが宗教なのでしょう。勿論僕、人々が夫々信ずるものを否定したりは決してしません。けれど、この宗教があるが故に、世界中で紛争が起きている事は事実な訳で、もういい加減、お互いに寛容と忍耐の精神で共存出来ませんかねえ。堪忍五両思案十両という諺がありまして、じっと我慢すれば五両の得であり、しっかり考えて行動すれば十両の得、という意なんですね。

お盆や終戦の日を前にして、そう愚考した次第です。とりあえず明日は、宇佐に参りまして、ご先祖様にこの半年間の報告がてら、お墓を掃き清めて来ます!次回更新は、金曜日になっちゃうのかなあ、出来ればお盆休み中にでも書きたいと思っております。読者の皆様、もしお時間がおありでしたら、偶に拙ブログを覗いて見て下さいませ!
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