FC2ブログ

GODZILLA

それにしても昨夕は凄い雨でした。大分の読者の皆様は大丈夫でしたか!?朝から何とも言えない湿気が立ち込めていて、室内に居るだけでも辛かったですもん。午後、僕のオフィスで会議をしていたんですが、いきなりの激しい落雷の後、煩いぐらいの雨音でした。二度程、電源が落ちてしまった様で、パソコンから照明から全て消えちゃいましたもんね。

そうそう、随分前ですが、酒場で飲んでいましたら、お隣の席には若手の部下を連れた、ロマンスグレーの人品骨柄卑しからぬ紳士がいらっしゃったんですね。007、ジェームス・ボンド御用達、イタリアはブリオーニのスーツだと思うんですが、濃紺のスリー・ピースに肩のラインがとてもシャープ、それを優雅に着こなしてらして、ネクタイは薄いブルー、靴はジョン・ロブ、クラッシュド・アイスでブランデーを飲み、そして葉巻を燻らせて、まあお洒落なんですよ。恐らく仕事が終わってお疲れさん、という事だったんでしょうが、その日も雨が強かったんです。紳士曰く、「いやあ、最近は異常気象だねえ。」、それに頷く若手達。「あの、ゴリラ豪雨は何とかならないもんかね。」、しきりにゴリラを連発されてたんです。若手の皆さんは真っ赤な顔で笑いをこらえてまして、うん、そりゃあゲリラ豪雨だね、思ったのですが、訂正する訳にもいかず、僕、自分の胸を両手で叩いて吠えたくなりましたもんね。折角の粋なスーツも台無しでありまして、男性がカッコ良くあるのも楽じゃありませんね。

でも、ゴリラ豪雨、何だか雰囲気ありますし、ああ、凄い雨量なんだな、というニュアンスは分かります。そのゴリラで思い出したのですが、この生き物、凶悪な顔付きと、2㍍近い体長に200㌔という巨躯に似合わず、非常に繊細な生き物なんですよね。肉を食べるなど以ての外、草食性ですし、非常に温和で繊細、かつ神経性で、飼育に最も難しい動物の1つなんです。著名な発達心理学者の、フランシス・パターソン氏が、ココと名付けられた生後三カ月の雌のゴリラに手話を教えた所、2000を超す単語を使える様になった由です。僕、かって豪州に留学した際、現地の語学学校に通ったのですが、その際に聞きましたのは、子供が育つ様に単語を覚えて行きなさい、と言われたんですね。確か、ネイティブの子供達は、5~6歳で1000単語、12~3歳で2000単語が目安と記憶しています。という事は、この雌ゴリラのココちゃん、中学生ぐらいの知能はあるという事でして、僕、パターソン先生の本を読んで最も驚いたのは、死の概念を理解していた事なんです。「死んだらどうなるの?」との先生の問いに、ココちゃんは手話で「苦労の無い穴へ行く さようなら」と答えた由、絵本を読み聞かせていたら、登場する猫を気に入り、本物の子猫を可愛がって育てたというんですね。こりゃあ、子供を棄てる情な人間より、余程母性愛豊かな気がしてなりません。

閑話休題、ソフトバンクのCMに登場する犬のお父さん、根底に流れるのは日本人差別じゃないか、と巷間囁かれて居る様ですが、僕はそこまで不快じゃないですね。製作者の意図が仮にそうだったとしても、日本人は世界に誇れる優秀な民族なんですから、ほっておけば良いんです。ところで、キングコングは皆さん勿論ご存じでしょうが、あれ、かなり分かり易い暗喩と言いますか、もろに黒人奴隷のお話ですよね。違う大陸で見つけた「巨大なゴリラ」をひっ捕らえ、船で無理矢理アメリカに連れて行きますが、キングコングは暴動を犯す、というのが粗筋です。巨大なゴリラ=黒人奴隷、船=奴隷船、という訳ですね。この映画が封切られたのは1933年、世界大恐慌の真っただ中でしたし、アメリカの人心は荒む一方でした。退役軍人が恩給を貰えないとデモを起こし、南部に住む黒人達が北部に大量に移住、その際にも反乱まがいの暴動が頻発しているんですね。その背景を知り、本作を観ますと、現実とのシンクロニシティと言いますか、何とも言えない気持ちになります。

僕、平成の日本人にこそ、記録的な大ヒットとなった「ゴジラ」第1作目を観て欲しいんですよ。この映画が封切られたのは、昭和29年でありまして、日本は漸く敗戦の痛手から立ち直りつつある頃でした。その年、アメリカは南太平洋で核実験を強行、その近海に居た第五福竜丸という日本漁船が被曝、死者を出しているんですね。広島長崎の記憶も生々しい折に起きた、この被曝事件は、大変な社会問題となり、そしてゴジラが公開された訳です。皆様夙にご存じの通り、このゴジラは水爆実験から産まれた怪物でありまして、こりゃあ暗喩も何も無く、反核であり戦争反対の強いメッセージですよね。画面はモノクロで暗く重いドキュメンタリータッチ、当時の首相は吉田茂でしたが、彼の対米随従路線は国民から不信感が強く、国会議事堂をゴジラが破壊するシークエンスでは、館内総立ちで、お客さんが皆立ち上がって拍手をしていたとか。それもその筈でありまして、ゴジラを創ったスタッフ達は皆、プロデューサーから監督から脚本から、従軍経験があった訳で、それがよりリアリティを増したと言えましょう。

ゴジラは結局、皇居を壊す事無く、海へと帰って行きます。海から来て海へ帰る、これが何時ものゴジラの行動なのですが、僕、この生き物は、黄泉の国からの死者という感がしてなりません。島根県には黄泉比良坂、よもつひらさか、なる場所がありまして、幼い頃に亡母と行った事があるんです。古事記にある、夫のイザナギが、死んだ妻のイザナミを追い掛けて来るという有名な逸話の地なんですが、将に生と死の境目と言いますか、周りには人気も無く昼間なのに薄暗く、何だか荘厳かつ重苦しい雰囲気でした。第1作において、ゴジラと共に被曝した科学者が海へと戻って行くんですね、まるで人柱であり、殉死するかの様に。そして、ゴジラの虚ろな目、焼け爛れたかの様な表皮、背びれは骨がむき出しになった様、これでは被爆者そのものです。

次期選挙において、原発を止めない党が1つだけありまして、それは自民党なんですね。もうね、広島長崎があり第5福竜丸があり、そして福島ですよね。これで原発を続けるって、主義主張は自由ですけれど、僕にはとても理解出来ないなあ…。
スポンサーサイト



コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

しもごおり

Author:しもごおり
OSHブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR