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幸福論

あ~眠たい…。僕、どうもこの梅雨の時期は睡魔との暗闘が続くと言いますか、ふと油断すると瞼が重くなる感がありまして、日々何とか頑張っております。その鬱陶しい梅雨空をふっ飛ばすというと大仰ですが、先週末の花園ラグビー場で、日本VSウェールズのテスト・マッチが行われ、好勝負が繰り広げられました。ウェールズ代表は、ニュージーランドで行われた、前回のラグビー・ワールド・カップで僅差の4位に終わり、現在世界ランキング5位の強豪チームなんですね。対する日本は世界15位、正直かなり格差がある対戦だったのですが、惜敗したものの、スコアは18-22、もうワン・トライで勝てた試合でして、いやあもう少しで大金星でした、残念!

この試合でトライを決めたのは、現在早稲田大学1年生の藤田君、19歳でありまして、東福岡高校時代は、選手権3連覇を達成した麒麟児なんです。そして、世界最高峰のスーパー・ラグビー--南半球のニュージーランド・南アフリカ・豪州で行われるリーグ戦でありまして、世界41カ国で放送、2000万人近くが視聴していると言います--にも、田中・堀江の両選手が参戦しており、日本ラグビーの夜明けは近いんじゃないかな!?

さて、僕、試合後のインタビューを見ていまして、「次は勝ってファンの皆様に恩返しをする」と語る、藤田選手の初々しくも凛々しい表情が印象的だったのですが、こういう伸びて来る若い人って、どの世界においても共通点が或る様に思いました。当院も春に新入社員が入り、そろそろ仕事にも慣れて来る頃ですし、彼らへのサジェスチョンという訳ではありませんが、少々綴ってみたいと思うんです。読者諸賢にはご存じの事も多いかと存じますが、暫しお付き合いの程を。

都内某ホテルで盛大なパーティが行われた時の事です。相撲の親方、将棋の名人、一部上場企業の会長、芸能プロダクションの社長、書家、出版界のお歴々等々、各界一流の著名人が勢揃いしていたそうなんですね。僕の知人が、ふと、「私は○○と申します。実は私は○○社で人事を担当しておりますが、日々迷う事ばかりです。不躾で失礼致しますが、もし差し支え無ければ、どういったタイプの若者が伸びるんでしょうか。お教え願えませんでしょうか。」、皆さん、アルコールが入っていて上機嫌だったそうですが、「素直な人でしょうか。」と異口同音に同じ答えが戻って来たそうなんです。

日本古来の芸事、茶道にしても華道にしても、勿論武道もそうでしょうが、守破離、しゅはり、という言葉があります。まずは師匠の言われた事を忠実に守る、即ち「守」でして、次に、長年の修行を経て、自分に合うやり方を取捨選択する、それが「破」でしょう。最終段階は、試行錯誤の後、今までの形を離れ新たな型を創る、即ち「離」であります。僕なぞ今年で未だ46歳、若輩者ではありますが、どうも最初の基礎の段階、「守」から疎かにしている人が多い感がありますね~。

故立川談志師匠は「状況判断の出来ない奴、これ即ち馬鹿という」と名言を残しています。「艱難汝を玉にす」これは、若い時の苦労はかってでもせよ、という格言ですよね。大日本帝国海軍は「5分前の精神」という伝統があります。即ち、定刻の5分前には己の持ち場に就き、時間になればすぐさま仕事に掛かれるという心得なんですね。これは僕が痛感し、造った造語--もしかすると既にある言葉かもしれません--なんですが「人との対応は鏡である」「どの世界にもプロが居る、相手の大事にしているものは必ず尊重せよ」、これは拳拳服膺しています。

こう書くと、何だか僕が運命論者であり、傲岸不遜な感じは否めないんですが、トラブル・メーカーって、一定の形がある様に思うんですよ。素直で無く、時間を守らず、態度は宜しくない、相手の大事なものに敬意を払わない、感謝する事を知らず、状況判断が出来ない…。これでは、幾ら良いものを持っていたり、天賦の才に恵まれていても、大成する可能性って限りなく低くなる様に思います。

ここからはまたまた明治人の話になってしまって、大変恐縮なんですが、幸田露伴、という文豪がいます。露伴先生の父君は幕臣でありまして、チャキチャキの江戸っ子、貧困に喘いだ為、学校は中退を繰り返し、アカデミックな教育は受けていませんでしたが、俳句に漢学に和歌に親しみ、浄瑠璃に井原西鶴に道教まで研究し、電信技士に書店員等々、様々な職業や苦労や勉学を経験してから、作家になるんですね。今の日本人には感じられない、本物の叡智、インテリジェンスを感じさせる文士と思うのですが、僕、露伴先生の残したもので、最も優れた本、それは「努力論」だと思うんです。

非常に興味深いのは、「努力論」と銘打っていながら、この書のテーマは、「運」なんですよ。ほら、努力して苦労し続けているのに不運な人、或いは何だかラッキーな人っていますよね。露伴先生は、「運」について、先に挙げた様々な経験を踏まえて、考察するんです。まずは「惜福」、福を惜しむという意味でありまして、己が幸運と感じた時、それを大切にし、粗末にせず、奢り高ぶらない、という事でありましょう。他人から嫉視されたり、妬まれたり、無用に敵を作る必要なんてありませんものね。お次は「分福」です。読んで字の如し、福を人に分け与える、という意味ですね。幸運を独り占めせず、廻りにも分け与える、周囲が幸福だからこそ自分も幸せ、という訳です。最後は「植福」、今後も幸せが続く様、その種を植えておく、という意味ですね。即ち、現状に胡坐をかく事無く、地道に精進を続けるという事でしょう。僕なりに卑近な例え話を致しますと、林檎の木を貰った、ワーイワーイ、とその実を独り占めし、全て食べてしまっては只の馬鹿ですよね。周囲の人に、その林檎の実をお裾分けし、皆さんの協力を得て、種を植えて増やして行く、という事ではないでしょうか。

何だか今日の拙ブログは、怪しげな道徳の教科書に様になって恐縮至極、インチキ二宮金次郎の趣ですが、読者の皆様が、もし何か得られる事があれば幸いです。よし、それでは大至急会議に行って参ります!!
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