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❤ 恋人はサンタクロース ❤

おはようございます!皆様、週末は如何お過ごしでしたか!?僕、土曜日は飲み会がありまして、その所為だけでは無いんでしょうが、心身の疲れがドッと出たのか、日曜日は殆ど寝たきりでした。布団の上にじっとしておりまして、気付くと寝ている状態でして、これではなめくじか蝸牛、パセリとニンニクとエシャロットで炒めて辛口の白ワインで頂く、これではエスカルゴですね、スイマセン…。それはさておき、お陰様で、全身に力が漲る感じでありまして、今週からは心機一転、気持ちを入れ替えて頑張る所存です!

閑話休題、数日前から不気味な胎動を示していた、トルコでのデモ、どんどん大規模になっている様です。以前から注目しているフリージャーナリスト、田中龍作さんのホームページやツイッターを拝見していましたら、このデモ、当分収まりそうにありませんね~。田中さんは、アフガンやパレスチナ、コソボやカンボジア等々、世界の紛争地域を取材に飛び回っておられますが、現在はトルコに行かれて写真入りで貴重なレポートを毎日更新されています。エルドアン現首相の、余りにイスラム寄り、かつ高圧的な政策が国民の猛反発をかっている由でして、「アルコールは一切禁止」「女性は3人以上子供を産む事」、この他にも、国民への無茶な要求が色々ある様ですし、どうやら汚職絡みの都市開発計画まである様ですから、そりゃあデモも起きますよ。このデモを報じているのはツイッターがメイン、何と1500万件のツイートがあるそうです。参加者も、医師に労働組合に学生に年金生活者、趣味のサークル、サラリーマンに屋台の店長、老若男女入り乱れ、公園や広場を占拠し続けているとか。トルコ内のメディアはこの騒乱を黙殺状態の由、デモは一切報じず、何とペンギンのドキュメンタリーをやっていたとか。報道の優先順位が全くおかしいですし、何か、メディアって、何処の国も一緒ですね~。臭い物には蓋をするのは構いませんが、真実は隠していても必ず分かりますし、トルコの方は、もう誰もテレビを信用していないそうですよ。王様の耳はロバの耳!ってな訳でしょう。そして、日本人としてとても申し訳無く感じたのは、黒海沿岸のシノップという漁師町での映像です。この小さな街でもデモが起きているのですが、これは、原発反対を訴え、多くの住民が立ち上がったそうです。この原発は日本から輸入する由、田中さんがリーダーに取材したところ、「フクシマの事は知っている。首相の原発政策に反対してデモに参加した。」そうなんですね。オイ、日本の政府とマスコミ、どさくさに紛れて何やってんの!?あのねえ、トルコって日本同様の地震国なんですよ。もし、原発事故が起きたらどう責任取るの!日本国内においても、東電、いや盗電は無為無策無責任ぶりをさらけ出しているのに、原発を輸出するなんて、正気の沙汰じゃありませんよ!

親愛なるトルコの皆さんに対し、今の日本人は何をしているのか、僕、怒りを抑えるのに必死なんです。実は、現在のトルコ共和国が、近代民主主義国家として成立したのは、1923年ですから日本では大正時代の事なんですね。第1次世界大戦に、ドイツ側に味方し参戦したオスマン帝国--トルコの前身の国です--は大惨敗を喫し、領土の殆どを欧州諸国に分割統治されました。そこで立ち上がりましたのが、建国の父であり、トルコ共和国初代大統領のケマルさん、という方なんです。このケマルさん、ギリシャとの2度の激闘を制し、英仏連合軍を撃退し、見事独立を勝ち取ります。カリスマ性に溢れた軍人であり、民主化を推進した偉大な政治家でもありました。アタチュルク、という姓なんですが、これ、「父なるトルコ人」という意味でして、議会から贈られたものなんですね。それ程、トルコに尽くした偉人と言えましょう。そして、このケマルさんを物心両面から支えた2人の日本人が居るんです。このブログの枕詞の様ですが、昔の日本の侍、そして明治人は本当に偉かったと痛感します。

まずは、大谷光瑞さんであります。恐らく皆さんご存じ無いと思いますが、この人、浄土真宗の大物というか親分でありまして、本願寺の22代目の法主なんですね。坊主が何でトルコと関係あるの、と怪訝に思われるかもしれませんが、この大谷さん、まあスケールの大きい男なんですよ。最初に入った学習院は勿論退学、英学校も辞め、地元京都で学んだ後、仏跡を確認するという事に相成りまして、何と探検隊を結成するんです。3度に分けての大遠征だったのですが、シルクロードにインドにモンゴル、そしてトルコにてケマルさんとの奇縁が生ずるんですね。帰国後の大谷さんは、本願寺の当主であり政府の顧問役も務めるという、八面六臂の大活躍なんですが、ケマルさんの独立運動に大いに賛同、各方面に働きかけ、小銃1万丁、機関銃500丁、何十万発もの銃弾を用意、横浜港からトルコへと贈るのです。この武器は、ギリシャとの決戦前に無事届き、トルコ軍は大勝利を得るのでした。まあ何という生臭坊主でしょうか!?事の是非は兎も角、男同志の友情と言いますか、将に意気に感ずでありまして、いや、流石は僧兵あがり、本願寺を見直しましたよ。

お次は山田寅次郎さんであります。これまたご存じ無いと思いますが、この方は茶道の家元なんですが、かって、拙ブログでも触れましたが、明治23年、トルコの軍艦が日本近海で遭難事故にあったんですね。その折、日本人は、自らの命を顧みず、トルコの人々を救ったんです。この山田さんは、民間に義援金を募る運動を始めまして、1億円をかき集め、そのお金を直接届けるべく、イスタンブールへと渡ります。トルコ全土から熱烈な大歓迎を受け、山田さんは暫くイスタンブールに住む事になるんですね。トルコ士官学校で日本語を教えていたのですが、その生徒の中に、ケマルさんも居た、という訳なんです。その後の山田さんは、トルコの煙草工場から、日本に技術を導入し、製紙業界の風雲児となります。弟子達に懇願されて60近くになってから家元を襲名するのですが、将に、在トルコ民間大使として、両国の交流に尽くした快男児だったと言えましょう。

ケマルさんも、人種は異なれどまた侍でして、日本のトルコへの友情を感謝し、彼の執務室には明治天皇の遺影が飾られていたそうです。そして、新生トルコの国造りは、明治維新の日本のケースに倣って行ったそうなんですね。今なお、トルコが親日的な由縁の1つと言えるのではないでしょうか。

それにしても、かっては独立運動への支援と、義援金を送っていたのに、今では原発ですか…、トホホ。ホント、日本人の劣化を強く感じますし、僕達はトルコの人達に倣い、自らの目と耳で、メディアを取捨選択せねばなりませんよね。今日は何だか堅いお話に終始してしまいましたけれど、今週も拙ブログを宜しくお願い致します。
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