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WESTWORLD

おっは~。今日は本当に時間がありませんから、バンバン飛ばして参りますよ~。さて、いよいよGW到来でありまして、読者の皆様方は行楽のご予定がおありでしょうか!?いいないいな~。僕、最近まともな休みがずっとありませんでしたから、欲も得も無く、ただひたすら眠りたいですね。GWはお布団がお友達になりそうです。でも、こういう大型連休の際、家でニュースを見てますと、どうしても、傑作テレビドラマ「結婚できない男」の主人公、阿部ちゃんの台詞が思い浮かぶんですよ。「こんな休みにわざわざご苦労な事だな。どうせ、人混みの中、おしくらまんじゅうをしに行く様なもんだ。春先の気温はうなぎ上りだ。」いや、週末からご予定のある方も沢山いらっしゃるでしょうに、大変失礼致しました。妄言多謝、お許し下さいませ。

僕の安直な発想ですと、こういう行楽シーズンに行く所、と云えばまず遊園地が思い浮かぶんですね。という訳で、今日の拙ブログは、遊園地のお話と参りましょう。

まず、恐らく大多数の方がお好きと思うんですが、○○ズニーランド、僕、そこまで好まないんですよね。大体、千葉の浦安って、元々は只の漁師町じゃないすか。散々コンクリートで埋め立ててるもんだから、夏は照り返しがキツくて猛烈な暑さですし、遮蔽物が無いもんですから、冬は縮みあがる様な過酷な寒さです。将にさっきの阿部ちゃんの台詞そのままですもんね。ミッ○ーだって、どうせ中身はバイトの日本人でしょ!?大体、れっきとした千葉県なのに、何で東京ディ○○ーランドなんですかね。煙草は吸えないし、食事は高いばっかりです。まあ、「カリブの海賊」「イッツ・ア・スモール・ワールド」「ジャングル・クルーズ」は嫌いじゃありませんが…、って結構好きじゃん!?

僕、海外で行きましたのは、韓国のロッテワールド、名前を失念しましたがマカオの小さな遊園地、ユニバーサル・スタジオ・ハリウッド、アナハイムにある本家本元のディズニーランド、豪州ではメルボルンのルナ・パーク。台湾では月眉音楽世界、ここにはアジア1の巨大プールがありまして、人工の波を起こすんですね。うろ覚えの記憶で申し訳ありませんが、確か2㍍は優に超すビッグ・ウェーブだったかと思います。僕、泳ぎは寧ろ得意な方ですけれど、絶叫絶叫又絶叫でした…。国内に目を向けますと、都内ではとしまえんによみうりランド、関西ではUSJに神戸のハーバーランド、といったところでしょうか。

僕、絶叫系のマシーンは大の不得手でして、のんびりゆっくり回りたい方なんですね。そして、遊園地って、昭和と云うか、郷愁を誘うと言いますか、何だか物悲しいイメージがありません?幼児体験が災いしているのか、僕、最新のものよりもレトロ風の方が断然好みです。

大分には、昭和4年に出来たと謂う、「ラクテンチ」という遊園地があります。大分県民で知らない者はいないでしょうが、これがまあ、大正浪漫と謂うか、レトロな遊園地なんですよ。僕、もう随分行ってませんが、大丈夫かなと感じる程の急傾斜のケーブルカーに10分程乗りますと、山の中腹に到着、そこにラクテンチがあります。山から見降ろす別府の景色は絶景ですし、当園名物のあひるのレースは中々愉快ですし、温泉にも入れますし、これまたレトロなのは、ドサ廻りの小劇団が演じる事の出来る演芸場まであるんですね。僕、かって自主制作映画のロケで、この遊園地を撮影しましたけれど、何だか平成の雰囲気では無く、画像には中々の効果があった様に思います。

西の横綱がラクテンチならば、東は当然浅草の花やしきしかありませんね。この花やしき、謂わずと知れた日本最古の遊園地でありまして、元々は材木商の植物園を「花屋敷」と名付けていたのが始まりです。嘉永6年に開園って言うんですから、何とペリーが黒船に乗って日本に来た年ですよ!?興味深いのは、当時のアトラクション?は、広大な敷地内にブランコが1つだけだったそうで、今ではフリー・フォールとかがあるんですから、人間の技術力って凄いですよね~。僕、浅草は大好きな街で、幾度と無く訪れています。仲見世をひやかして、浅草寺に参拝してお御籤を引いて、境内を左に折れて暫し歩けば、そこが花やしきであります。まあ大変クラシカルかつ手狭な佇まいでして、小さなジェット・コースターに乗りますと、隣の建物にぶつかりそうな按配なんです。まるでかっての香港国際空港のランディングの趣、スラムであります九龍城の脇を飛行機がすり抜けて行きますから、スリリングではあります。

日本における遊園地文化、この鼻祖は、かって本ブログでもご紹介しました、阪急グループの創始者であり総裁である、故小林一三翁なんですね。僕、尊敬して止まない大経営者でして、生粋の慶應ボーイ、茶人であり美術界のパトロンであり小説も書き、大変な艶福家であり、大臣を歴任した大立者です。この方は、ワン・アンド・オンリー、と言いますか、画期的なビジネス・モデルを造り上げた事が最大の功績でしょう。阪急の始発駅である梅田に、ターミナルビルを建て百貨店を経営、鉄道の沿線沿いを住宅地として開発、終着駅にはプロ野球チームのスタジアム--これは男の子向けですね--があり、途中の駅には女の子向けの宝塚歌劇団がある訳で、いや、何と柔軟性に富み、頭の良い人物でしょうか。後発の私鉄会社、阪神に近鉄に南海、西武に東武に東急、僕に言わせれば、全部小林翁のパクリですもんね。

そして、特筆すべき事は、この阪急のムーヴメントが、京阪地域に多大な影響をもたらした事でありましょう。阪神モダニズム、と呼ばれていますが、大正期のこの地に、近代的な建築や文化やライフスタイルが根付いた事でしょうね。財閥の社長さん達に、文壇の大御所達、港町神戸が近いですから、多くの在日外国人達、様々な企業や大学等々、こぞって京阪地区に拠点を置いたのです。神戸を訪れた方にはお分かりでしょうが、美しい建築物が非常に多いですもんね。これらは当時建てられたものが殆どなんです。経営で利潤を追求するだけで無く、文化まで生み出すんですから、小林一三さんの先見の明、神の如しであります。因みに、僕の敬愛する谷崎潤一郎の代表作、「卍」「春琴抄」「細雪」はこの地で書かれているんですよ。

如何に優れたビジネスモデルと言えども、廃れてしまうのは世の常、現在の百貨店や遊園地の凋落ぶりは目を覆うものがあります。それでも、かって栄えたものは何かしら郷愁を誘う鄙びた味わいがあるものです。よし、眠りに飽きたら、GWはラクテンチにでも行ってみようかな!?もしどなたか奇特な方がいらっしゃいましたら、是非僕を誘って下さ~い。
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