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THE NATURAL

三寒四温、とは良く言ったもので、昨日は暖かかったのに、今朝は結構冷えますね~。僕、布団と毛布の枚数をどうするか、ここ数日ずっと迷っていまして、でも押し入れに入れなくて良かった、って平和な悩みですね、スイマセン…。それにしても、北朝鮮は本気でミサイルをぶっ放して、戦争を始める心算ですかねえ!?僕、どう見てもブラフと思いますし、国際政治の外交の場において、食糧や原油等、何らかの好条件を引き出そう、という腹じゃないですかね。それでも、油断大敵、注意一秒怪我一生ですから、日本政府の皆さん、アナタ方は随分頼り無いですけれど、宜しく頼みますよ。

閑話休題、球春到来で愈々ペナントレースも始まり、夜の帳が下りる頃になりますと、僕、おもむろにケーブルテレビのスイッチを入れまして、プロ野球観戦が常なんです。日本で野球が初めてプレイされたのは1871年ですから明治4年、国内一の規模のアマチュアの大会、高校野球選手権が1915年、大正4年に開始ですから、爆発的な人気で全国に広まった事が分かります。そしてプロ野球が始まったのが1936年ですから、もう77年ですか、やはり日本一の国民的スポーツですよね。年々歳々、人は変われども、野球は変わらず、今やかの 三つのベースに 人満ちて そぞろに胸の うち騒ぐかな、子規の句じゃありませんが、毎年この時期は血沸き肉躍る心持がします。今年は、アメージング・ルーキー、とでも言いましょうか、その77年の歴史の中でも初めて、投手と打者の二刀流にチャレンジするファイターズの大谷君--投げては160㌔の快速球、打っては場外ホームランなんですから堪りません、でも僕が見る所、断然打者の方が良いと思うなあ--、我が阪神の藤波君と、楽しみな新人が目白押しです。

昨日は凄かったなあ、と思ったのが、中日ドラゴンズの山本昌投手です。御年47歳、今年の夏には48歳になる大ベテランがスワローズ戦に先発、6回を無失点に抑えて見事な勝利を収めました。現役最年長、この歳まで投げた投手なんていませんでしたから、投げる度に記録になっちゃう、という凄い男です。このドラゴンズ、4番打者は40歳、守りの要の捕手は42歳、代打の切り札は44歳と、皆さん介護保険料を払っていると思いますが、これだけベテランが頑張ると、若手の出番は中々ありませんよね。

様々な世界で、世代間の戦いは良く見る事が出来ます。大概は若手が勝利を収める事が多いのですが、時の流れに逆らい、一所懸命に戦うベテランの姿には、僕、何時も涙がこぼれる思いがするんです。僕のこよなく愛する、ボクシングと将棋の世界からご紹介しますと、まずは、”ビッグ”ジョージ・フォアマンでしょうね~。バトル・オブ・ジ・エイジズ、と銘打った世紀の一戦、統一世界ヘビー級チャンピオン、イベンダー”リアル・ディール”ホリフィールドとの激戦は、惜しくも一敗地に塗れましたが、転機が訪れたのは45歳の時でした。27歳のチャンピオン、マイケル・モーラーに挑戦、当時フォアマンは45歳ですから、18歳の年齢差がありました。大差でフォアマンがリードされていましたが、運命の10ラウンドに、狙いすました右ストレートがチャンピオンの顎に直撃、何と20年ぶりの戴冠となった訳です。僕、この試合、WOWOWで固唾を飲んで見守っていましたけれど、まさかフォアマンが勝つとはとても思えず、椅子から立ち上がって、手が痛くなる程拍手を贈りましたもんね。世紀のビッグ・アップ・セット、言葉通りの大番狂わせでした。

将棋界に目を向けると、有吉道夫さん、という一世を風靡した昭和の名棋士がいらっしゃいます。若かりし頃、名人位まであと一歩と迫りましたが、惜しくも届かなかったんですね。将棋界は相撲と同じく、番付がありまして、負ければどんどん落ちてしまうんです。名棋士として鳴らした有吉さんも寄る年波には勝てず、最下位のクラスまで落ちてしまい、73歳の時、とうとうこの一局に負ければ引退、という所まで追い詰められました。相手は売り出し中の21歳の若手でありまして、九分九厘有吉さんに勝ち目は無い、という状況だったんですね。人間って残酷なもので、名棋士有吉さんの最後を見届けようと、多くの報道陣やファンが、対局場の関西将棋会館に集まったんです。この一戦は深夜まで秒読みが続くという激しい戦いになりましたが、見事有吉さんの快勝、その年齢差なんと52歳でありまして、将棋ファン以外には余り知られていませんけれど、素晴らしい快挙と思います。

閑話休題、先の山本昌投手に話を戻しまして、彼の現役生活はもう30年近くになります。僕、大学生の頃に彼が投げている姿を観ていますもんね~。プロ野球に在籍する選手は全体で約800人、毎年100人前後が入れ換わる、という弱肉強食の世界で、30年間もの間、トップ・アスリートとしてやっていく事が如何に凄いか、本当に頭が下がる思いがします。昌投手は、神奈川は茅ケ崎の産、日大藤沢高卒ですから、所謂野球の強豪校では無く、ドラフト5位指名、という事実からも、余り期待されていなかった事が分かります。実際、プロ入りしてから5年間は殆ど2軍暮らし、解雇寸前だったんですね。一縷の望みをかけて、アメリカに野球留学となりますが、そこでも解雇寸前、大リーグの名投手から、「彼はトラックの運転手になった方が良い」と言われたそうです。人間万事塞翁が馬、何処に成功のきっかけがあるか分かりません。試合前、チーム・メイトのメキシコ人--彼は大成しなかったそうです--から遊びで教わった、スクリュー・ボール--曲がりながら落ちる球種ですね--が昌投手の運命を変えました。自分でも驚く程曲がったそうでして、帰国後は先発投手の一角を占め、そのまま現在に至る、という訳です。

そこまでボールが速い訳でも無く、絶妙なコントロールとまでは行かない昌投手ですが、何故打者を抑えられるのか、僕、不思議だったんです。その秘密は、ぎくしゃくとして球の出所が見えにくい投球フォームと、スピンの効いたボールの回転数にありました。数年前まで、日本一の球威を誇っていたのは、元阪神現在はアメリカ・メジャー・リーグ、シカゴ・カブスのクローザー、藤川投手でした。テレビの番組の企画で、プロの投手のボールの回転数を計測する企画があったのですが、松坂投手は1秒間に41回転、藤川投手が45回転、何と昌投手は驚きの52回転だったんです。そこまで球速が無くとも、プロ野球一、スピンが効いたキレの良い球を投げている、という事実が判明しました。現在でも、若手の誰よりも練習し、一番多く食べるというんですから、こりゃあ50過ぎても投げてるんじゃないですか!?高齢化社会の星、と言える偉大な男でありましょう。最後に、僕、昌投手が憎めないなあ、と微笑ましく思うのが、稚気に溢れたと言いますか、感性が子供のまんまなんですよ。恐らく、今までに稼いだ額は10億を下らないと思いますが、昌投手の趣味は実に男の子らしいんですね。ラジコン自動車、テレビ・ゲーム、漫画の収集、そして、息子さんと一緒にしょっちゅう山に入り、カブトムシやクワガタを獲り、沢山飼育しているって言うんですから、感性は小学生か中学生のままですよね!?

この気分転換の上手さ、これはどの世界でも成功する鍵と言えるでしょう。よし、僕も昌投手を見習って、今度の週末はカブトムシを探しに山に入ろうかな!?
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