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† 7人の侍 †

おはようございます。いやあ、短い出張と言いますか、九州圏内だったのですが、ずっと車の移動でして、顔はパンパン、足はむくみますし、背中や腰は張ってますし、参りますね~。お陰で、昨夜は爆睡しました。

それにしても、ダルビッシュ投手、本当に惜しかったですし、残念でした。9回ツーアウトまで走者を出さず、最後の最後でセンター前ヒットでしょう。千載一遇の好機を逃し、さぞ悔しかったでしょう、心中お察し致します。でもまあ、俗説かもしれませんが、完全試合をやった投手って、勿論ビッグ・ネームも居るんですが、意外に大成しない人が多いですから、寧ろこれで良かったのかもしれませんよ。物事何でもプラス思考が一番です!興味深く感じたのは、そのダルビッシュ投手、調子は万全では無かったそうでして、微調整しながらのピッチングが、昨日の好結果に繋がったとか。その話で懐かしく思い出したのが、野茂選手の逸話です。

野茂投手は、メジャー・リーグにおいて、2度のノーヒット・ノーランをしたんですね。メジャーの140年近い歴史で、野茂選手の様に、アメリカン・ナショナルの両方のリーグでノーヒット・ノーランをしたのは4人だけなんです。はっきり言って、松井選手が国民栄誉賞を貰う--実力も人格も素晴らしいですから喜ばしい事ではあります。--のであれば、野茂選手が先でしょ!?さて、その野茂投手のノーヒット・ノーランですが、2度ともアクシデントの連続だったんです。1度目はコロラド・ロッキーズ戦でしたが、球場は凄い雨に見舞われまして、試合開始は2時間遅れました。その上、ロッキーズの本拠地はデンバー、クアーズ・フィールドなんですが、ヒッターズ・パーク--打者の為の球場、と訳して良いでしょう。--と呼ばれていまして、その所以は、ここ、非常に標高が高いんですね。1マイル、と言いますから標高1600㍍の地にスタジアムがありまして、高地で気圧が低く、空気抵抗が少なくなり、ボールが良く飛ぶ、という訳です。おまけに、その高さ故に、空気が薄いですから、投手の消耗度は酷い、という悪条件が加味されます。確かに、この球場での試合は、7-8とか、12-9とか、乱打戦が多いんですよ。さて、その試合での野茂投手、試合開始は2時間も遅れて集中力を保つのも大変だったでしょうし、マウンドはずっと続いた雨で泥濘と化し、9月のナイターで高地で強風、体感温度はかなりの低さだったでしょう。そして、当時のロッキーズは、ブレイク・ストリート・ボーイズ、という異名が付いておりまして、本塁打を30本以上打つ、タイプの異なる強打者--ガララーガ、ビショップ、ウォーカー、カスティーヤでしたか、皆、丸太の様なゴツい二の腕をしてました。--が4人も揃っていたんですね。これ程の悪条件の中、見事ノーヒット・ノーランを成し遂げた野茂は、真の侍と言えるでしょう。

そして、2度目のノーヒットノーランは、ボストン・レッドソックス在籍中でしたが、何とこの日も、球場の電機関連の機器が故障し、試合開始が大幅に遅れました。おまけに開幕直後のボストンはまだまだ酷寒、お客さんはコートにマフラーに帽子や手袋、選手達はネック・ウォーマーにスタジアム・ジャンパーを着込んでいる有様でした。奇しくも、12年前の今日、4月4日、試合後には、またもや偉業を成し遂げた野茂の恥ずかしげな笑顔が印象的でしたねえ。寡黙ながら、不言実行、全くの無名選手からのし上がり、日米だけで無く、中南米でも惜しみなく投げた野球小僧、そしてどんな悪条件でも愚痴1つこぼさない、鉄の意思を持つ野茂投手、僕にとっては永遠のアイドルです。

僕、彼に惚れ直したのは、引退後の事なんです。野茂投手は高校時代に芽が出ず、社会人野球時代にその類稀なる資質が開花したんですね。現在の日本は、怪しげなアベノミクス--そのうち、化けの皮がはがれるでしょう。--により、株価だけは上昇しています。ですが、実体経済の面では、全く駄目でしょうね。まだまだ不景気と思うのは、社会人野球チームの推移を見れば一目瞭然です。昭和60年当時、企業が持つ野球チームは、180程ありました。会社の士気を上げ、福利厚生の一環、という訳だったんですね。それが、平成23年には83ですもんね。100近い企業が社会人野球から撤退した事になります。現在はクラブチームや独立リーグもあり、寧ろ球団は増えてはいるのですが、手弁当でやっている感覚でしょうか。その現状を憂い、野茂選手は私財を擲ち、2003年にNOMOベースボールクラブを設立、もうプロ選手が7人も育っているんですよ。7人の侍というべきか、野茂の指導の元、侍の遺伝子は受け継い行く訳で、本当に嬉しい限りです。

最後に、寡黙な野茂投手ですから、所謂語録みたいなものはありません。楽しいエピソードを1つだけ。イチローに長谷川に勿論野茂投手と、多くのメジャーリーガーを育て上げた名伯楽、故仰木監督と食事をした際の事です。監督は名うての女性好き、野茂投手と共に鮨屋に行かれたそうですが、複数の美女も連れていたそうなんですね。監督はイチャイチャしてお酒を飲んでいるんですが、流石は野茂投手、美女には全く目もくれず、「監督、ウニを頂いていいでしょうか」「監督、トロを頂いていいでしょうか」。食べも食べたり200貫近く、流石の仰木監督も、美女達のお店に行くお金が無くなったとか。鮨の一貫って、大体50gと言われていますから、×200って、1㌔、7合ですよ…。いや、超一流のアスリートなんですから、それぐらい食べないと、世界を舞台に活躍出来ませんよね。僕の知ってる人でも、仕事の出来る奴で、小食は余りいない様に思います。

さて、今日は、僕の旧知の方が栄転になりまして、送別会です。皆様もこの時期、花見だ何だで結構飲まれる機会が多いと思いますが、故仰木監督に成らない様、お互い気を付けましょうね~。
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