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ぼっけもん

よか朝なぁ~、きゅはよか天気じゃ~。週末はどけか行かれたね、それにしてん、よかおごじょらにせがまるっ、こんよっして、きばいやんせ、おやっとさあ。この怪しい方言、何処まで正しいか、まるで自信がありませんが、僕、週末、随分な強行軍で鹿児島に行って参りました。時間が限られていましたから、観光三昧という訳にはとても行きませんでしたが、出来ればもう数日居たかったなあ。それにしても、まず印象に残ったのは、陽光煌めく静謐な錦江湾、そして雲一つ無い紺碧の空に、もくもくと火山灰を噴き上げる、桜島の雄大な美しさです。活火山ですから、生きている訳で、外面如菩薩内心如夜叉、この喩は宜しくないかもしれませんが、まるで西郷南洲翁を思わせるんですよね。穏やかな時には、全てを包み込む優しさとたおやかさがあり、一度憤りを感じると、誰にも制御出来ない程の猛烈な炎が止まらなくなる訳でして、う~ん、敬天愛人でしょうか。

なんでも鹿児島の幼児達は、全国の絵画コンクールでは何時も優秀な成績とか。まあ、海と山に囲まれ、日々刻々と様相を変える活火山まであり、自然の美しさは折り紙つき、それが子供達の感受性を豊かにしない筈はありません。黒田清輝に東郷青児に藤島武二を生んだ地ですからね、何だか頷ける気がしました。そして、夜には居酒屋で、キビナゴにゴーヤに薩摩揚げと芋焼酎なんぞを嗜んでいますと、行く人来る人通る人、皆さん九州顔--こんな言葉があるのかな!?--なんですよ。眉は何処までも太く--誰もお手入れなんてしやしません--、眼光鋭く、二重瞼、顎や頬骨もがっしり、僕もどちらかと言うとこの系列の顔ですが、最近の若い人の様にシュッとしてないんですよね。そして冒頭に挙げた様なハードな鹿児島弁ですから、上手く聞き取れなかったりして、日本全国津々浦々、やはりその土地には夫々の風土がありますし、旅情をそそられるものがありましたねえ。

それにしても、黒豚と地鶏のオン・パレード、確かに美味しいのですが、この齢になりますと、そう沢山食べられるものではありません。そして、鹿児島のみならず、沖縄等々、南国では一般の風ですが、味付けが少々甘いんですよね。これ、フィリピンにしてもタイランドでも同様、ここら辺になりますと、甘辛く酸味がある感じとなりますが、この甘味は、暑さからの食物の腐敗を避ける為、と言われています。この薩摩の黒豚、興味深い事に、非常に長い歴史があるんですね。戦国時代ですから、今から500年以上前、当時の日本では肉食は禁忌でしたが、独り薩摩の国だけ、豚をモリモリ食べていたんです。ご存じの様に、鹿児島は謂わずと知れたシラス台地、火山灰が大地を覆っている訳ですから、田園なぞ造れる訳がありません。植えさえすれば育つ薩摩芋と、それを餌とする豚、最高のカップリングでして、これ、沖縄においても同様でしょう。さて、島津の殿様率いる薩軍は、九州統一寸前まで行ったんですね。越後の兵と並んで、戦国期に日本最強と謳われましたが、当時から、戦の際には豚を己の食糧とすべく、生きたまま従軍させた、というんですから、常に良質な蛋白質を食べられる訳で、食の面でも、そりゃ強い筈です。天下無敵の米軍を、ゲリラ戦の揚げ句、見事打ち負かしたベトナム兵士、彼等の携行食糧の1つとして、生きた雌の鶏があります。そう餌を必要としませんし、毎朝卵を産みますし、最後は食べてしまえば良い、という理に叶った考えと言えましょう。まあ、豚も鶏も鳴き声が煩いですから、居場所を敵に気付かれる感はあるのですが…。

閑話休題、風光明媚、気候は温順、人情に満ち溢れ、観光名所は多岐に渡り、山海の美味に富み、誠に良い処、鹿児島よいとこ、一度はおいで、アドッコイショ、これでは民謡の草津節ですが、僕、この街には、日本再生の為の大きなヒントが或る、そう思っているんです。

アベノミクス、何て大層な事をのたまい、株価も上がっている様ですが、原発の事故処理、赤字国債の解消、官僚制度の打破、マスコミのクロス・オーナーシップの解消、様々な法整備等々、最も大事な事には何も手を付けていませんから、将に砂上の楼閣、机上の空論でありまして、これぞ張り子の虎、いつ何時駄目になるか分かりやしません。

僕、日本の再生には、教育、それしか無いと思っているんです。かっての薩摩の国は、優れたリーダーを日本一多く輩出しました。島津斉彬公を筆頭に、西郷さんに村田新八、東郷平八郎に山本権兵衛、大山巌に西郷従道、枚挙に暇がありません。斉彬公は大名の生まれですから例外ですが、彼ら優れたリーダー達を生んだのは、鹿児島独自の教育です。郷中教育、と呼ばれるものでして、将に文武両道のシステムでした。6歳から始まり、25歳ぐらいまで属する組織なんですね。払暁に目覚めると、全力で走り、先輩の家で四書五経を素読する事から始まります。返り点なぞ無い、中国の聖典とも言える書を繰り返し読むんですが、勿論幼い子供達に意味なぞ分かりません。それでも、読書百遍意自ずから通ず、段々と理解する訳です。この四書五経、国や政治に携わるものはどう自分の身を処すべきか、という本でして、おまけに中国語ですから、文法は英語と全く同じ、当時の侍の方が、平成の日本人よりも、語学力に長けていたのも納得です。勉学後、家に戻り復習を済ませ、神社の境内などに集まり、相撲や山登りで身体を鍛えます。午後からは再度読み書きをおさらいし、今度は剣や馬術など武芸の稽古を行うんですね。夕方になりますと、生徒が皆集まり、生きて行く上でのルールを叩きこまれるのです。卑怯な行いをするな、勉学と武芸に励め、弱い者はかばえ、という教えを受けるんですね。年長者は年下の者を指導し、子供達はリーダーを尊敬し、これを20年近く続け、卒業、という訳です。

指導され指導する事により、勉学や体力作りは勿論の事、共同体の掟、組織のしきたり、リーダーはどうあるべきか、そして、仁義礼智忠信孝悌、人として生きてゆく為に最も大事な事をお互い学ぶ訳です。無知無能な文部官僚どもが弄繰り回す、妙なゆとり教育よりも、薩摩の民の長年の経験則から編み出したシステムの方が、僕、余程優れている様に感じますね。

どうも週明けはお堅い話になりますが、今週も拙ブログを宜しくお願い致します。読者の皆さんを愛しちょっど、今日もあいがとさげもした。いっど鹿児島におじゃったもんせ~。
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