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飛んでイスタンブール

僕、幼い頃からのお笑い好きでして、それこそ欽ちゃんから始まりまして、ドリフは勿論の事、THE MANZAIに俺たちひょうきん族、ダウンタウンに竹中直人、99に雨上がり決死隊、最近ではケンコバに宮川大輔、皆大好きなんです。そして、僕、精神安定剤と言うと大仰ですが、特定の番組やビデオを流し続ける癖がありまして、そうですねえ、映画ならばX-MENシリーズに社長シリーズがそうですし、テレビドラマならば阿部ちゃんの「結婚できない男」でしょうか。そのラインアップに、最近ある番組のDVDが加わりまして、それは「東野・岡村の旅猿 プライベートでごめんなさい…」なんです。

これ、基本的にはお笑い芸人の2人の旅番組なんですね。ほら、通常のその手の番組ですと、名所旧跡を訪れ、名だたる温泉に浸かり、その土地の名物を味わう、と云った予定調和、ヤラセの世界じゃないですか。ところがこの「旅猿」、マネージャーも付かず、行きあたりばったりで素のまんまなんですね。食べ物が合わないと、プロデューサーとの口論なんて当然至極ですし、現地ガイドにはそんな処には行きたくない、嫌だ、とはっきり言いますし、道に迷ったりもして、まあ僕らの旅もそんなもんじゃないですか。非常にリアルですし、良い意味でリラックスしていると言うのかな、そこが非常に面白く、僕、しょっちゅう観ています。DVDも10枚ぐらい出ているんじゃないかしら。未見の方には是非お薦めしたいと思います。

さて、前々回だったのかな、東野・岡村の2人がトルコを訪れる回がありまして、何時もの通り抱腹絶倒、非常に面白かったんですね。僕、そこで感じたのは、トルコの人達の親日的な事でして、本の知識では知ってはいましたが、やはりかと思ったんですね。という訳で、近くて遠い国であります、トルコについて今日は綴ってみたいと思います。

全く関係性は無いと思うのですが、親友Mさんの故郷長崎では、「トルコライス」なる料理があります。何と言えば良いんですかねえ…。うーん、お子様ランチ風でして、1つのお皿の上に、ピラフにスパゲティにトンカツが乗って、ドミグラスソースがかかっているという代物、決して不味くは無いのですが、名物と言うにはどうなんでしょうか。

閑話休題、僕、かなり昔に名古屋に住んでいたのですが、今思えば局地的なブームだったのか、トルコの人達が住んでいたのか、トルコ料理のお店が結構あったんですね。何と言ってもシルクロードの目的地であり、オリエンタル急行の終着駅でもあり始発駅でもあるトルコですから、料理に関しても、クロスオーヴァー的な感がありまして、東洋と西洋がミックスした雰囲気があります。ムスリムの戒律から、お肉は羊がメインでして、ミントやオリーブオイルやナッツにヨーグルトをふんだんに使用するのは西洋風です。香辛料が多いのはインドの影響でしょうか、お米やお魚もたっぷり摂取するのはアジアンテイスト、先の旅猿を見ていて印象的だったのは、鯖のサンドイッチでした。本当に、僕らが食べている焼いた塩鯖、それにレモンを絞って、タマネギを入れ、パンに挟んで食べるのですが、将に和洋折衷、これこそトルコ料理ですよね。

さて、この国の成立過程は非常に興味深いものがありまして、古代ギリシャの影響があり、ローマ帝国に支配され、オスマン帝国が出来、そして独立するんですね、現在の首都であるイスタンブールは、何と、かって3つの大きな帝国の本拠地でもあった訳で、如何に要衝の地だったかが分かります。モスクがあってキリスト教の教会もあって、地下には宮殿まであるんですから、僕、是非行ってみたい地の1つなんですね。

トルコの歴史を顧みると、ロシアの多大な干渉を受け続けて来たんですね。ロシアという国の領土欲は、海の魚を止めどなく食べ続ける鯨にも似て、凄まじいものがあります。世界最大の国土を持つ国なんですから、好い加減にすれば良いのに、と思うのですが、ロシアの永遠の望み、それは不凍港を持ち、欧州に睨みを効かせる大艦隊を所有する事でした。ロシアの泣き所、アキレス腱はその寒さでして、大抵の港は氷結してしまい、冬季は使いものにならないんですね。よって、最も近いトルコの港に何百年も目を付け続けて来た訳です。

トルコの民は親日的、それはよく言われる事なんですが、それらは、全て僕達の先人達の成し遂げた偉業からなんです。まず、トルコや極東の地は数百年、陰に陽にロシアの圧力を加えられ続けて来ましたが、明治時代、或る小国が、その圧力にも負けじと敢然と立ち上がり、宣戦布告しました。そう、日出ずる国、僕達の祖国、日本であります。国力資金力技術力、どの点を取っても勝ち目が無い、と言われた日本でしたが、全ての叡智を傾け、ありとあらゆる外交努力、考え抜いた戦略と戦術を駆使し、見事勝利を収めます。その責を追い、ロシア皇帝は殺される羽目にまでなるんですね。ロシアの暴政、圧力に苦しんでいた周辺諸国は快哉を叫び、或る国は独立を果たし、或る地方は支配からの脱出を果たした訳です。そして、同じく明治期ですが、和歌山県沖でトルコ海軍の軍艦、エルルトゥール号が難破した折の事です。500人以上が亡くなる、という悲しい事故だったのですが、和歌山県の漁師達は、凄まじい台風の中、船を出し、70人の人達を救ったのです。無事陸地に着いてからも、自らの食糧や衣服を分け与え、献身的に看病をしたと伝えられています。これは、トルコの教科書には必ず載っている有名な史実なんですが、殆どの日本人が知らないのは残念でなりません。

それから150年の時が流れ、イラクのフセインが戦争を始めました。「これから40時間後に、イラク上空を飛ぶ飛行機は全て撃墜する。」と宣言したんですね。世界各国は、イラク近辺に住む自国民を救うべく、救援機を続々と出したのですが、のろまで無能で無知な自民党政権は、何も適切な手が打てなかったんです。哀れ、日本人だけがイラクの地に残され、生命も危険な状況となりました。後1時間で脱出が不可能となった時、トルコ航空の飛行機が舞い降りたのです。216人の日本人全員の貴重な命が救われたのですが、何故トルコの飛行機が来てくれたのか、政府もマスコミも外務省も理由が皆目分からなかったそうです。この事件の後、トルコ大使から声明がありました。「エルルトゥール号遭難の際、日本人の方々がして下さった事を、今もトルコの民は決して忘れておりません。その恩返しの為に、飛行機を飛ばしました。」

僕、自分で書いてて泣いちゃいました。日本人って、どうも自らを卑下し、自虐的な傾向がありますけれど、僕達の先人達は、侍であり大和撫子であり、誇りを持って今の先進国の地位を築いたんです。僕達は、その栄えある子孫なんですから、堂々と胸を張って、いざ外国に行こうじゃありませんか。
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