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石橋

今朝は中々忙しく、通常よりも早く出勤しました。6時台の出社ですと、やっぱり寒いですねえ。まだ空は暗く、星も見えたりして、何だか、帝都東京は銀座のカッフェーか、京の都は祇園のお茶屋に居続けして、女給や芸妓と散々戯れて、放蕩三昧で朝帰り、文豪永井荷風の気分ですが、決してそんな事はございません。今日も1日、精一杯頑張る所存です!

月日は百代の過客にして、行かう年もまた旅人也、年々歳々往時茫々でありまして、早いもので、本ブログも3年目に突入した訳なんですが、2011・6・30に記した、PUPPET SHOW、という拙文が、何と1000拍手を超えまして、読者の皆様方には何とお礼を言って良いのか、感謝感激雨あられです。僕、かすみを食べて生きてませんよ、ってそれは仙人…。詰まらない駄洒落ですいません…。筆者もすっかり忘れていたぐらいなのに、本当にありがとうございました。人形浄瑠璃と亡母の思い出を綴ったものなのですが、ここまで受け入れて頂けるとは、何とも言葉がありません。亡き母に代わりまして、厚く御礼申し上げます。本当に感謝しております。

折角の事ですので、今日は人形浄瑠璃に因んで、日本の伝統芸能について、日頃から感じていた事を記してみたいと思います。とは言っても、僕、能や歌舞伎を生で観たのは只1度だけでありまして、浅学菲才の上に単なるバーバリアン、田夫野人ですから、何処まで書けるか正直不安ですが、ご笑覧頂ければ幸いです。

能、それは恐らく世界最古の舞台芸術と思います。成立したのは7世紀と言いますから、厩戸皇子、豊聡耳、聖徳太子の治世でありまして、どうやら、日本土着の舞台芸能に、当時は中国文化礼讃の時代ですから、その両者が合わさって出来上がった、と言われております。面白く感じるのは、これ、僕の私見かもしれませんが、平安期に流行した田楽などは、神道の影響が強いんですね。そして、卑弥呼の時代から連綿と続く、所謂鬼道、シャーマニズムやアニミズムも能に影響を与えている、と感じます。神道にシャーマニズムに日本独自の慣習、中国の芸能、そして当時の時代背景等が加わり、カオス、混沌の中から、フュージョン、クロスオーヴァーと言いますか、混在し共存して生まれた芸術、それが能なのではないでしょうか。平安室町戦国を経て、能は段々と貴族階級のものとなるのですが、歌舞伎の成立は遅く、江戸期なんですね。能は上流階級のもの、歌舞伎は庶民のもの、と思いますし、これ、欧州におけるラグビーとサッカーの関係に酷似しています。即ち、ラグビーが能、サッカーが歌舞伎ですね。そして、特筆すべき事は、当時の能や歌舞伎の関係者達は、所謂河原者と呼ばれ、差別され、虐げれた民の出身でした。今はこういう慣習があるのかどうか分かりませんが、明治期までは、役者買い、と言われまして、お金を積めば、一晩自由に出来たんですね。この非差別階級が芸術を生み出す、という例は世界中で見られるんです。

昔はジプシー、今はロマと呼ばれますが、ユーラシア大陸全土を放浪する、所謂漂泊の民がいます。そして、アフリカから南北アメリカ大陸に移住させられた黒人奴隷達がいます。ロマと奴隷達、そして差別を受けた人達が、現代音楽の礎を築いたと言っても過言ではありません。トルコ発祥のベリーダンス、そしてハンガリー、ロシア、ルーマニア、ギリシャ、セルビアにブルガリアにアルバニア等々、主に東欧諸国のポピュラー音楽、スペインのフラメンコ、クラシックではサラサーテのツィゴイネルワイゼン、これらは皆、ロマの音楽から強いインスパイヤを受けて成立したものです。イングランドから、酷く惨い差別を受け続けたケルトの民、アイルランド人達はバグパイプを使った民族音楽が有名ですよね。その末裔として、世界的なミュージシャンである、エンヤやU2が生まれています。

中南米に目を向けますと、まずはブラジルのサンバです。サンバ発祥の地はサルバドールでありまして、ここは、アフリカから送られて来た黒人奴隷が最初に着く港なんですね。続いてアルゼンチンタンゴですが、これも首都ブエノスアイレスの港町から産まれたものでして、そこには巨大なアフリカ人コミュニティーがあるんです。ジャマイカのレゲエ、キューバのソンも同様なんです。僕がこよなく愛するのは、キューバン・ソンでありまして、7~8人の編成で、リズム隊が3~4人、哀愁を帯びたメロディと掛け合いのコーラス、そして重層的なリズムが堪りません。そのソンの代表的な曲に、SON DE LA ROMA、というものがあります。ロマ、と入っているのにご注目なんですが、僕の拙いスペイン語の知識を総動員して、歌詞を翻訳してみますね。♪ ママ、私は知りたいの あの歌い手さんは 何処から来たの? 教えてあげるわ あの人達は 丘からやって来たの 今は 平らなここで唄っているけれど また何処かに行ってしまうのよ ♪、将に漂泊の民の象徴とも言える歌詞かと思います。虐げられた民が新たな芸術を生み出す、これ、世の東西、時代を問わず、不変の真実と言えるのではないでしょうか。 

さて、僕が観た能は、確か、石橋、しゃっきょう、と呼ばれるものでした。舞台の上には、囃子方、と呼ばれる笛や太鼓や小鼓を持った男衆が蝟集しておりまして、無言で正座のまま鎮座しているんですね。舞台には、群青色と言いますか、濃い藍色の夜空に満月が光り、芒の葉があり、壇上左手には橋が掛かり、緑色の四角形の板の上に4つの塔が立てられ、一輪の牡丹の花が非常に映えていたのが印象的でした。地謡と呼ばれる歌い手さん達の声が朗々と響き出しますと、もう舞台の上は幽玄の世界と言いますか、極楽浄土、涅槃、霊験の世界でありまして、僕、ただただ圧倒されたのを覚えています。やがて、橋のたもとから、二頭の連獅子が現れ、跳び、跳ね、見得を切り、舞台狭しと踊り続けます。片や燃える様な深紅の頭、片や深雪を思わせる純白の頭を持つ獅子達、前者は情熱を、後者は荘厳さを現していた様に感じました。どうやら、生と死の世界を表現していたのは分かりまして、将に古事記に言う、イザナギとイザナミの物語の感があり、非常に感銘を受けたのを、昨日の事の様に思い出します。

何だか、ここまで書いてましたら、大阪の千日前にあります、国立文楽劇場に行きたくなりましたよ!偶然ですが、週末は連休ですし、行っちゃおうかしら!?アイポッドでキューバン・ソンの名曲、マグリラス・ネグラス、黒い涙、を聴きながら、スキットルには長年愛飲するジャック・ダニエルズを詰めて、コイーバの葉巻を持参して、人形浄瑠璃か能の世界に浸りたくなりました♪♪
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