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雨のサーズディ

新聞の世論調査程アテにならないものは無い、僕、そう思っていますが、自民党が300議席を越える勢いって、何だかがっかりします。もう悪口や愚痴は言いたくありませんが、このヒト達、大失敗を繰り返し、1000兆を超える大借金を造り、この震災国日本に原発を沢山設置した張本人じゃないですか!?会社単位で考えれば分かり易いと思うのですが、社長が大失敗したら、責任を取って退社するのが筋でありまして、よくまあいけしゃあしゃあと政権復帰なんて言いますよ。特に現総裁は、総理の座を投げ出した輩でしょ。僕、ご本人の講演を1時間程目の当たりにしましたが、言語明瞭意味不明瞭、この国を任せられる器とはとても思えませんでした。本当に日本人は忘れやすいというか、お人好しというか、すいません、馬鹿と言うか…。賢明な読者の皆様方、どうかどうか熟慮なさって、悔いの無い一票を宜しくお願い致します!

は~あ、気分を変えましょう。僕、物の収納が下手糞でして、これは欠点だなあ、と自覚していますが、棚とかに入れれば良いんですけれど、CDからDVDから本から、どんどんどんどん積み上げちゃうんですよ。ですから、下にある物は中々使えない、という悲しい事態に陥ります。一念発起しまして、下にあったCDを整理しましたら、いや~、それにしても懐かしい、1981年のミリオン・セラー・アルバム、大瀧詠一さんの「A LONG VACATION」が出て来ました。一曲目、君は天然色、のイントロを聞いた途端、♪あの日の僕のレコードプレイヤーは 少しだけいばって こう言ったんだ いつでもどんな時でもスイッチを入れろよ その時はお前 必ず14歳にしてやるぜ♪、ハイロウズの歌詞を思わず引用してしまいましたが、将にその感覚になりました。大瀧さんのこのアルバム、ジャケットもお洒落、楽曲は全て外れ無し、粋なアレンジとポップな音造り、松本隆さんの歌詞も素晴らしく、思わず聞き入っちゃいました。♪くちびる つんと尖らせて 何かたくらむ表情は 別れの気配をポケットに匿していたから 机の端のポラロイド写真に話しかけたら 過ぎ去った過去 しゃくだけど今より眩しい 想い出はモノクローム 色を点けてくれ♪、いや~お洒落ですよね。思い出は標準語で蘇る、これは独特の歌唱法で知られる伝説のフォーク・シンガー、僕も大好きな三上寛の歌詞です。同じ思い出について歌詞にしても、松本さんは青山生まれの麻布育ちで生粋の慶應ボーイ、三上さんは青森の津軽半島の最北端のご出身ですから、風土や環境って、人に強い影響を与えるんですね~。

さて、大瀧さんも三上さんと同じく東北のご出身ですが、プレイしている音楽性は全く異なります。男女の情念の世界を、だみ声でシャウトするのが三上さん。岩手の釜石出身の大瀧さんは、垢抜けた都会的なポップな曲造りです。僕、この釜石の地が彼の音楽性に多大な影響を与えたのではないか、と愚考しているんですね。と言いますのは、青森の三沢には在日米軍基地がありまして、そこではFEN、と呼ばれる米兵向けのラジオ番組がずっと流されているんです。幼い大瀧少年は、そのラジオから流れる、アメリカン・ポップスを聞いて育ち、それが彼のカラフルでビビッドな音造りへと昇華したのではないでしょうか。将に、故忌野清志郎の永遠の名曲、トランジスタ・ラジオの歌詞そのままの、♪ベイエリアからリバプールから このアンテナがキャッチしたナンバー 君の知らないメロディー 聞いた事のないヒット曲♪、であります。

さてさて、話がポンポン飛びまして、自分でもびっくりしていますが、釜石と言えば、震災の被災地であり、豊富な魚介類であり、伝統芸能である虎踊、海外ではタイガー・ダンスとして有名ですよね。でも、僕の世代ですと、何と言っても新日鉄釜石ラグビー部、であります!!

もう知らない方も増えて来たかも知れません。この小さな釜石の街に出来たラグビー・チームは、前人未到の日本選手権7連覇を果たしました。当時の日本選手権は、1月15日の成人の日に行われていましたから、超満員の国立競技場で、釜石の大漁旗が常に揺れていたものです。面白いもので、世界的に見ても極寒の北の大地から、強豪ラグビー・チームが生まれるんですよね。ウエールズのカーディフも釜石と同じく極寒の地ですが、世界的な選手を多く輩出しています。釜石の選手達は、昼間は製鉄所で黙々と働き、夜の帳が下りる頃、三々五々凍りついたグラウンドに集まって来ます。そして厳しい練習をこなし、日本選手権に備えていたんですね。親会社は日本の基幹産業でもあり、高度経済成長に寄与した製鉄業であり、地元の高校生達が釜石で就職し、ラグビー選手となった訳です。謂わばブルーカラーの象徴とでも言いましょうか。日本人の琴線に触れ、土の匂いがして寡黙で、何処か故郷を思わせ、郷愁を誘うチームカラーが、「北の鉄人」と呼ばれ、絶大な人気を誇ったものです。圧巻だったのは、西の大学ラグビーの雄、同志社大学との3度に渡る激戦でしょう。同志社大学は自由闊達な校風、そして当時のラグビー部には、後の日本代表となる才気溢れる選手揃いでして、将に文武両道、そうですねえ、ホワイトカラーの象徴とでも言えましょうか。この両者が日本一の座を掛けて、3年間続けて決勝で当たったのですから、盛り上がらない筈がありません。全て一進一退の好ゲームであり、接戦でしたが、結果は釜石の3連勝でありまして、学生に社会人の貫録を見せつけた訳です。

あ~、もう季節はラグビー・シーズン真っ盛りですし、何処かに観戦に行きたくなりましたよ!花園か秩父宮か国立か、今度の週末は行って来ようかな!?
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