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✿ 御花 ❀

昨日は会食がありまして、どうにか漸くお酒が抜けました。それにしても中々有意義な一夜でして、関係者の方、本当に感謝しております。今後とも、末永くお付き合いの程、何卒宜しくお願い申し上げます。さて、その会合の前に待ち時間が出来まして、精々30分弱しかありませんで、もうこういう時は落語しかございません。談志か文楽、はたまた上方で米朝か枝雀、それともう~ん志ん生かなあと迷ったんですが、やはりこれしか無いとピンと来まして、志ん朝に致しました。演目は僕の大好きな「明烏」、真面目で堅物なお坊ちゃんを廓に連れて行く珍騒動ですが、流石に大名人は違いますねえ、何度も聞いてる噺なのに、僕、大笑いしちゃいましたもん。江戸前寿司って、ヅケとか煮切りには流石に感心させられますが、肝心要のお魚がちっとも美味しくないんですよね。そこへ行くと江戸前落語は大変結構でして、特に志ん朝師匠は粋でいなせで艶があって、声良し滑舌良しリズム良し、良い意味で育ちがいい感があり、いや堪能しました。落語を楽しめる日本人に生まれて本当に幸せに思います。

とまあ、同じ日本人にも色々あるんですが、ドジョウは酷いっすねえ~。まずは福島の原発対応です。あまりに知られていない様なので、特筆大書しておきます。海外のメディアや原発の専門家達から、ドジョウに対し、非難の声が殺到しているんです。ドイツやアメリカの原発設計者や技術者や学者達は、正式な抗議文を公表していますし、特にフランスは凄いです。「ル・ヌーヴェル・オプセルヴァトゥール」という有力誌では、「最悪の事故はこれから起きる」という大見出しなんですよ。そして、今回の中国のデモもそうです。中国在留中の邦人から、「今回はどうやら様子が全く違う、速く手を打って下さい。」「中国軍は本気です。尖閣諸島の実効支配すら考えています。」「反日デモは中国政府も裏で加担している。」等々、1カ月以上前に官邸に情報が入っていた由、それを知っていながら何一つ手を打たず、日本人が暴行を受けているんでしょう。無責任極まりないですし、脳味噌空っぽなんじゃないですか。こういう輩は、汚ない言葉で大変恐縮ですが、腐れ外道であります。腹を切ってお詫びしろ、世界中の人に謝れ、と言いたくなります。

は~あ。こういう馬鹿とは取り合えませんし、あまり書くと筆の汚れになりますからもう止めましょうね。良い話と参りましょう。さて、僕、明日は早朝から福岡は柳川に出張でして、彼の地の病院の見学に行って参りますので、今週はこれでブログ更新は打ち止めなんですよ。柳川と言えば、「火宅の人」がベスト・セラーの作家の壇一雄に、この道はいつか来た道、で有名な詩人の北原白秋の生誕地です。そして水郷として広く知られた所、小さなクリークが沢山あり、小舟に乗って川下りも中々乙なもの、とてもそこまで時間の余裕が無いのが残念ですが、せめて名物の鰻のせいろ蒸しと有明のりぐらいは食べて来たいと思っています。

そして柳川を代表する人物と言えば、大分出身であり、僕らの誇りであります武将、立花宗茂公しかおりません。この立花公は、ずっと柳川を領地としていた方でして、今も子孫の方が当地で料亭御花を経営していますから、そこで鰻を食べたいと思っています。閑話休題、話を戻しまして、この立花公、戦に負けた事が無いんですよ。常に寡兵を率いて戦い、大軍を撃破する事度々でありまして、特に凄いのが朝鮮においてでして、僅か数百の兵を巧みに操り、3万を超す敵軍を破ったというんですから恐れ入ります。太閤豊臣秀吉が「日本無双の勇将たるべし」と評したのも頷けますよね。70を越して参戦した島原の役でもその勇将ぶりは変わらず、諸大名から武神と崇められたというんですから、どれだけ強かったんでしょうね~。性格も極めて温厚であり寛大、決して奢らず誇らず、一度仕えた人は決して裏切らない忠義の心を持ち、義理堅く正直、あっぱれ日本人の美点を全て持っていたと、古書「名将言行録」に書かれています。文武両道とは彼の為にある言葉でして、蹴鞠に茶道に香道に連歌、おまけに狂言まで長けていたそうで、剣術は勿論免許皆伝なんです。特に香道では一目置かれていて、天皇陛下の弟君から香木を拝領した記録が残っているんですね。ところが人生とは分からないもの、誠に好事魔多しでして、関ヶ原の戦いで西軍に属した為、徳川家康の軍が領地柳川に攻め込んだ際、立花公は民に迷惑はかけられないと、無血開城の道を選びます。すると、領民達は皆、殿様の為なら死んでもいい、私達も戦うので降伏しないで下さいと訴えたと言うんですね。それほどまでに民に慕われる政治家って、平成の今、果たしているんですかねえ。そして降伏後は乞食同然なまでに身を落とし、収入が無い訳ですから仕方ありませんが、その日の食べ物にも事欠いたと言います。捨てる神あれば拾う神あり、これ程の人物が野に埋もれたままで終わる筈も無く、かって敵対していた徳川家が、立花公が朽ち果てて行くのを惜しみ、柳川の地を再び与えたのです。立花公が十数年ぶりに柳川の地に戻った際、領民達は皆、涙と大歓声で出迎えた、という話が今も尚残っています。

ドジョウと立花公では比較の対象にすらなりませんが、どうかこの国が少しでも良い方向に向います様に…。それでは明日は鰻を食べに行って参ります!って仕事だろ!!皆様、楽しい週末をお過ごし下さいませ。
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