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GIRL WITH A PEARL EARRING 

長らくのご無沙汰でした!不肖私、長期出張より戻って参りました!6日ぶりの出勤なものですから、雑事に決済、来客に面談等々、随分溜まっておりまして、漸くブログに取り掛かる事が出来ました。更新が遅れまして大変申し訳ございません。

それにしても、久方振りの東京は暑かったです。仕事の合間をかいくぐり(この日本語で合ってますかね…)、寸暇を惜しんで色々と見て回りました。寄席にプロ野球、神田神保町に秋葉原に美術館、何時も行く八重洲ブックセンターと、アフター・ファイブも充実していました。中でも強く印象に残ったのはやはり、最終日に行きました、上野の森にある、東京都美術館と国立西洋美術館でしょうか。都美も、暫く前までは随分薄汚い印象でしたが、リニューアルされてすっかり美々しくなりました。その目玉として、オランダ王立絵画館である、マウリッツハウス美術館のコレクションを集めた展覧会が開かれていまして、フェルメールのかの有名な、「真珠の耳飾りの少女」が日本初公開として展示されていたんですね。

まあ結構な人だかりでして、それでも早朝に行きましたから何とか見られて良かったのですが、いきなりの雨には参りましたねえ。館内に入ると、そこまで人は多くないじゃない、なんて喜んでいたら、「真珠の耳飾りの少女」の前になりますと、まるでディズニー・ランドかと思う様な長蛇の列でして、そうなりますと天の邪鬼な僕の性格が出るんですねえ。何でえ、そんな大したもんかよ、それに僕、そんなにフェルメール興味無いし~、なんて感じていたんですが、流石に本物は違いました。背景の黒も将に漆黒の闇でありまして、誠に神秘的な感がありましたし、良く見ると、少女の髪や耳飾りに、微かに光が射しこんでいて、反射し輝く所には、少量の明るい絵の具が使われているんですね。少女の衣装はエキゾチック、モナリザを思わせるかの様な微笑み、名画の名に恥じない風格がありました。まあ映画にもなっているぐらいですもんね、文句は言いながらでしたが、見られて良かったです。そして常設展では、ゴーギャンにデュフィにモネに藤田嗣治にルノワールも見られ、僕のすぐ傍にあるでっかい彫刻がいきなりのロダンだったりして、眼福の一日でした。

何故かは分かりませんが、都美も国立西洋博物館も、宗教画ばかりが展示されていたんですよね。僕、もう、一生分のキリストさんを見た感がありまして、オー・ジーザス、と言いたくなりましたよ。つくづく感じたんですが、これだけ夥しい宗教画が現存している訳で、勿論紛失したり劣化したものもあるでしょうから、気が遠くなるぐらいのものが描かれた事は間違いありません。カトリックとプロテスタントの主導権争いもあったでしょうが、僕、気付いたんですが、この宗教画、写真やテレビが無い時代ですから、一種のプロパガンダとして使われたのではないかと。そう、○○○やかってのナチス・ドイツは、盛んに勇猛果敢な自国民の姿や、力強い指導者の姿を絵に残しますよね。キリスト教の宣伝目的として描かれた一面はあるんじゃないかなあ。というのは、当時は16世紀ですから、日本では江戸時代、欧州の画壇でしきりに流行ったのは肖像画なんですよね。この肖像画、貴族がパトロンとなり大金を出し、お抱えの画家に素敵な自分の姿を描かせています。パトロンを教会に置き換えれば、全く同じ図式になるかと思います。

閑話休題、フェルメールの絵は初来日でしたが、この人の出身地はオランダのデルフトという街でして、陶器の製造で知られ、観光地であり学生街という面を持つ古都なんですね。この街は我が国とは合縁奇縁があるんです。この街出身の著名人と言えば勿論フェルメールですが、もう1人を挙げるとすればやはり、ヤン・ヨーステンさんでしょう。ご存じの方も勿論おられるでしょうが、このヨーステンさん、一介の船乗りだったのですが、リーフデ号なる船に乗った事が、日本との縁のきっかけとなります。このヨーフデ号、嵐に見舞われ、大変不運にも、日本は豊後の国、僕の故郷の大分県に漂着する事と相成ります。該博な知識を持っていたヨーステンさんは、時の天下人である徳川家康にすっかり気に入られ、江戸城近くに住み、日本人と結婚するんですね。吉凶禍福は糾える縄の如し、恐らくオランダ本国にいたら、只の船乗りですから、そこまでの立身出世は望めなかったでしょうねえ。本当に人生って不思議なものです。

さて、このヤン・ヨーステンさん、当時の日本人には余程言い難かった様でして、やようす、と呼ばれていました。日本滞在が長くなるにつれ、やよす、さんと言われたんですね。そして、最終的にはやえすさんとなりました。そう、東京駅のある場所である、八重洲、この地名の由来はオランダ人から来ているんですね。実は東京は水の街でありまして、醜悪な埋め立てを繰り返したものですから、今ではすっかりその面影はありませんが、関連した地名は非常に多いんです。日本橋、汐留、数寄屋橋、京橋、新橋、豊洲…。馬鹿な官僚どもが都市開発の美名の下、己の利権の為だけに埋め立てたものですから、江戸情緒なんて何も無い、経済のみを重視した、無残な景観となってしまいました。そこへ行くと、やはり江戸時代の人は聡明です。やえすさんと水の豊かな江戸の特徴を捉え、「八重洲」なんて粋な地名を付けるんですもん。どうも現代の官僚とは、おつむの出来が随分違っていた様ですね。

僕、まだ何だか東京出張が続いているかの様な不思議な感覚でして、身体も疲れからかフワフワ浮いてますが、今週も本ブログを宜しくお願い致します!!
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