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幾代餅

ええ~、今日もお暑い中、ようこそおいで下さいました。福岡や大阪では、何でも三十七℃を越えたそうでして、気温が人の体温を越えちゃあいけません。お天道様が風邪でも引いて、熱を出してるんじゃねえか、ってね。こういう時には、打ち水を撒いて、浴衣でも着て、風鈴がチリンと鳴りまして、西瓜をかじるのに限りますな。さてさて、何でも、今日で三百五十回目の高座となった次第でありまして、いらしたお客様から頂いた拍手数も、何と十一万に迫る勢いだそうで、本当にありがたい事でございます。これも一重にお客様のご愛顧の賜物、本当ならば、夫々のお客様に、お中元でも配って歩いて、一言お礼を申し上げたいぐらいなんですがね、残念ながら住所も名前も分からねえんですから、こりゃあ仕方が無い、こうして高い所からですが、深く深く頭を下げまして、もう一度御礼申し上げます。今後ともご贔屓の程、宜しくお願い申し上げます。ああ、暖かい拍手をありがとうございます。もう少しお手を強く叩いて頂ければ、今日の噺はもっと面白くなるかと存じます…。ああ、ありがとうございます…。

この猛暑をやり過ごすには、やはり冷たくて甘い物が身体に優しい様でございます。先に挙げた西瓜は勿論、冷やしたサイダーやラムネ、ありゃあ瓶のビー玉が取れなくて苛々しますから逆効果かもしれませんが、後はそうですねえ、井戸水で良く冷やしたビールに枝豆も大変結構ですな、ああ、かき氷なんか如何でございましょう。綺麗にかかれたきめ細かい氷の上に、色鮮やかな赤や緑や青色のシロップ、小豆なんぞかかってやがってね、慌ててかきこんで、色んな処が痛くなりまして、歯を押さえたり頭を抱えてる野郎がいますが…。洋菓子や冷菓、水菓子も大変結構でございますが、日本人に最も合うのはやはり、あんこ菓子の様でございます。

日本橋は馬喰町、現在ですと、人形町、安産の神様、水天宮の辺りでしょうか。風情豊かな下町でございますが、時を遡りまして、元禄の泰平の世の中の頃、米職人の清蔵という者がおりました。謹厳実直を絵に描いた様な真面目な男でございまして、まともな休みも取らず、毎日熱心に働くんですな。酒もやらず博打もやらず、勿論浮いた噂の一つも無い、親方も女将さんも、こりゃあ掘り出し物の腕の良い職人だ、という訳で、大変可愛がっておりました。その真面目な清蔵も、最近めっきり元気が無いんですな。めっきりとやつれ果ててしまって、髭も髷も伸び放題、暑い夏の盛りの事、食当たりかい、夏ばてかい、なんて親方が心配しておりましたら、夜も更けてから、清蔵が母屋まで来たんですな。「親方、折り入ってご相談が…。」「おいおい、お前に辞められてはこっちが困っちまうよ。給金が足りねえのかい、だったら今の倍にしてやろう。休みが足りねえなら、月に二度はお休みよ。」「いえいえ、親方、金や休みの話じゃございません。女将さんにも大変良くしてもらって、毎日愉快にご奉公しております…。」「それじゃあ何かい、身体でも壊したのかい。それなら、随分な遊び人だが、達っていう藪医者がいるよ、そいつの所に行くかい。」「いえいえ、お医者様でも草津の湯でも…。」「何だい、謎かけかい、その歌の続きは…。」「惚れた病は直しゃせず…。」「何でえ、驚かしやがる、恋患いかい!」

驚いた親方、よくよく事情を聞いてみますと、清蔵の惚れた相手は、吉原の花魁、幾代太夫でありまして、何でも花魁道中の際に垣間見た由、その美しさが忘れられず、夢に見るまで思いつめてしまった有様でございました。花魁と言えば、吉原の遊郭でも最も位の高い者でありまして、囲碁に三味線に古典の教養、和歌に書道に茶道、あらゆる芸事を極め、禿や新造といった家来衆まで引き連れた、遊女の中でも別格の存在、会うだけでも莫大なお金がかかるんですな、天下のお大名ぐらいでなければとても相手は出来ない、と言われておりました。余りにやつれ果てた清蔵を見た親方は、そぞろ哀れに思いまして、「よし、お前さんの気持ちは良く分かったぜ。幾らお大名の相手をすると言っても、所詮は売り物だ。お前さんが一所懸命稼げば、年に三両にはなる。三年間頑張りな。そうすりゃあ九両だ、そしたらあたしが、お前さんの頑張ったご褒美に一両やろう。十両あれば、相撲取りの一年分の給金と同じだ。」

さあ、俄然やる気が出た純真な清蔵でございまして、綺麗に髭も髷も整えまして、益々仕事に精を出す様になりました。三度目の暑い夏が参りまして、親方の元に行き、約束通り十両の大金を手にしまして、いざ吉原へ、と相成ります。「清蔵、こりゃあ困った。俺は遊びは全く知らねえんだ、金は出来たが吉原へのつてがねえや。」「親方、遊び人の達先生に頼まれては…。」「そりゃあ良い所に目を付けたな、よしよし、達の野郎にはすぐに連絡しておくぜ。」吉原の大門の前に、達という医師と清蔵が待ち合わせたんですな。「清蔵さん、米屋の職人じゃ、聞こえが悪いや、そうだねえ、房州は野田の醤油問屋の若旦那、これで行こう、それの方がもてるぜ。」「ははあ、そういうものでしょうか。」遊び人の達の手引きも上手く行きまして、運良く、幾代太夫と酒を酌み交わし、一夜を共にする事が出来たんですな。吉原と言えば、殿方の憂さを晴らす遊び場ですから、幾代太夫と言えども、これ程実直な男を見るのは初めてだったのでしょう。カラスカァと鳴いて夜が明けて、「なんし、今度はいつ来てくんなんし。」と潤んだ眼で問います。「幾代さん、申し訳ねえ、実は俺は醤油問屋の若旦那なんかじゃねえんだ。しがない米職人なんだ。昨夜は夢の様で、生涯忘れねえよ。また三年かけて金を貯めて、お前さんに会いに来るよ。」「わちきは来年三月に年期が明けるでありんす、その時きっとなんしの所に参りんす、わちきの様な女でも、女房にしてくんなますか。」「ええっ、くんなます。」清蔵、余程の事に嬉しかったのでしょう、廓言葉がうつってしまったのはご愛嬌ですが、堅い約束を交わしまして、店に戻ってその事を親方や仲間に打ち明けても、誰も相手にしないんですな。そりゃあそうです、花魁の相手はお大名と決まっていますから。

暑い夏は終わり、木枯らしが吹き、細雪が降り、何だかそぞろ暖かくなった頃、清蔵の米問屋の前に、豪奢な駕籠が止まりました。「もし、清蔵さんはいるでありんすか。」そう、幾代太夫でありまして、馬喰町の町ぐるみで大騒ぎとなりました。高砂や この浦船に帆を上げて、目出度く結ばれた両人は、夫唱婦随、両国の地で、あんこがたっぷり乗った餅を売りだして大成功、これが、明治の初めまで続いた、名代幾代餅のお噺でございます。

それでは皆様、お暑い中、お聞き頂きありがとうございました、また来週お会い出来る事を楽しみにしております…。
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