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だまってすわれば

いや~、何だかブログ休載で、皆様に大変ご心配をお掛けしたみたいで、誠に申し訳ございませんでした。電話にメールにコメントも頂き、恐縮しきりでありまして、今後は健康管理には充分気を付けます。最近の酷い蒸し暑さに加え、仕事も忙しかったですし、そこら辺が理由なのかなあ。まあ、幸い熱も引きましたし、明日からは出張もありますから、今夜ゆっくり休めばもう大丈夫でしょう。

昨日は早めに上がらせて頂いて、床に付き、夢の中と言いますか、薬も効いたのでしょう、朦朧としていたんですが、こういう時って面白いですよね。浅い眠りなのか、変な夢を見たりしてたんですが、ウトウトしながら、僕の親戚の事に思いを馳せていました。医師に僧侶に牧師、大学教授に歯科医にダフ屋、政府関連の仕事の方、大手ゼネコンに学校関係にお花の先生、百花繚乱多士済々なんですが、中でも変わっていたのは、占い師の方もいたんですね。という訳で、今日は占いに関するお話を。

その占い師の親戚の方、もうお亡くなりでして、生前は余り良い思い出はありませんが、それはさておき、僕、自分なりに研究をした事があります。手相、人相、姓名判断、四柱推命…。非常に興味深く、当たっている事も非常に多いんですが、唯一弱点があるんですよね。それは、根拠が無い事なんですよ。例えば「三白眼(眼の中に三つ白い部分がある)の人はトラブルを起こしやすい」とあります。では何故三白眼が悪いのか、という理由、根拠を述べられないんですね。あなたの胃の調子は良くないよ、何故なら潰瘍が出来ているから、なら分かるんですが。只、研究を重ねるにつれ、分かって来たのが、この占い、或る種の統計学である、という事なんです。

日本史上において、二大占い師、と呼ばれた人がいます。共に江戸期の人物なんですが、まずは、大阪代表、水野南北先生からご紹介しましょう。この方は、波乱万丈の一生でありまして、元々は大変な無頼の徒、泥棒に強盗、酒と喧嘩に明け暮れる毎日、とうとう牢屋に入れられる事と相成ります。そこで或る事に気付いたのが、水野先生の非凡な所でありまして、牢屋にいる人間を観察していると、どうも共通点がある事に気付いたんですね。そう、先に挙げた例である「三白眼」の人間が、牢屋には妙に多くいる、という事に。無事に出所後、これまでの前非を悔い改め、お寺にて出家、僧侶となってからは、人相をライフ・ワークとするんですね。この水野先生の凄いのは、徹底したフィールド・ワークに徹した、という所なんです。人相を見る為には、沢山の実例が必要だ、となると、人の集まる場所に居る必要がある、という訳で、様々な職に付きます。まずは、川仲士、これは川に集まる物資を運ぶ仕事ですね。かっての日本においては、川を使った物流というのは大変盛んでしたから、当然人が集まります。商人に旅人、参勤交代のお侍、遊女に芸人…。そして、火葬場に勤め、様々な人々の死に顔を観察。銭湯(江戸期の日本で、自宅に風呂があるなんて贅沢は殆どあり得ませんから、あらゆる階層の人間が集まります)の三助として、多くの人々の背中を流し、人相を研究。そして髪結い所、今ならば美容院や床屋ですね、これまた殆ど全ての階級の人々が集まりますから、データ収集には最適だったでしょう。夫々の職種を3年づつ勤めあげ、計12年、研究を続けた訳です。当時、日本一の人相見と呼ばれ、黙って座ればピタリと当たる、という言葉は、この人を表した文言と言われていますが、この人の結論は、人の運勢は改善出来る、そして最も大事な事は食生活である、という事でした。

続いて、関東代表はこの人しかいません、高島嘉右衛門、号は呑象、水野先生よりも時代は下がり、幕末から明治期に生きた方です。大変有名な高島易断とは全くの無関係でして、これは、呑象先生の名声を利用したものですし、それだけでも彼の凄さが分かる様に思います。さて、この高島先生は、寧ろ事業家としての貌が有名です。元々資産家の家に生まれたのですが、高島先生の手掛けた仕事は非常に多く、ざっと挙げるだけで、材木販売、製鉄、建設業、陶磁器の海外への販売、旅館経営、鉄道敷設、下水工事業、港湾の埋め立て及び再建設、セメントと2つの鉄道会社の社長を務め、定期航路の開通、学校を造り、ガス灯を灯し、芝居小屋まで経営、当時の明治人の偉大さが良く分かりますよね。因みに地元をこよなく愛した方で、これらの事業は、新開地である横浜の大発展に大きく寄与しました。明治天皇から銀杯を下賜され、叙勲を受け、横浜三名士と持て囃されたのも、むべなるかな、でありましょう。では、高島先生の占い師の貌に迫ってみましょうか。

この方の事業は、殆ど全てが大成功を収めたんですね。その理由として、易の達人だった事が挙げられるでしょう。易とは、即ち筮竹(多くの細い竹)を使って卦を占うものですね。高島先生は勉学においても非常に優秀な神童だったそうですが、長年にわたって易経を熱心に勉強、関東の廻りに近々大火が起こる事を予知し、大量の材木を買収、占い通り大火事が発生、その後材木を高値で売った事により巨万の富を得た、というのは有名なエピソードです。その後も多くの著名人(西郷隆盛に大久保利通!)を占い、日清戦争日露戦争の勝利を予言、政府高官までもが、門前列をなしたと言われています。最も有名なのは、伊藤博文公が渡韓前に、「総理、もし韓国に行ったら暗殺されます。その者の名前まで分かります。」と予言し、その言葉の通りになった事でしょうか。分かっていながら総理を止められなかった自分を責め、二度と占いはしなかった、と言う事なんですね。さて、高島先生は82歳で亡くなりますが、その死期から死因から死に場所から全て予知していたそうで、位牌から葬式の段取りから墓所から、全て決めてあったそうです。

当たるも八卦当たらぬも八卦、皆様、神秘に満ちた占いの世界、如何でしたでしょうか?それでは楽しい週末をお過ごし下さい!!
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