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ファンシィダンス

今朝の大分も清々しい天気でして、爽やかな一日になりそうです。それにしても学生さんは羨ましいですよね。もう少ししたら、長い夏休みが待っていますし、大学生諸君なんて、下手すりゃあもう休みじゃないかしら。社会人になったら、そんなに時間を使えませんからね、今のうちに寝ないで遊んでおいた方が良いですよ~。

昨夜は暑くて中々眠れず、来し方行く末に思いを馳せていたんですが、ふと思い出した事がありました。都内の知人から、「著名な文化人が大分に行きたがっているので、お前さあ、時間があったらアテンドしてくれない?」との事だったんですね。そうなりますと、豪州で元新婚さんのツアー・コンダクターだった僕の血が騒ぎます。「美味しい魚を食べたいんです。聞くところによると大分の魚は日本一だそうですね。」との文化人の言葉だったそうでして、佐賀関の関アジ関サバ、臼杵のふぐ、佐伯の多種多様なお鮨、国東の太刀魚に渡り蟹に車海老、日田の若鮎に鰻、どれも大変結構な美味ですから、こりゃあアテンドしながら贅沢三昧、知人の会社が僕の食費に運賃も全て持つ由、こりゃあ良い仕事だなあ、とホクホクしていましたら、先方の都合でキャンセルとなりました…。

それでも、そのプランを練りながら、ハタと気付いた事があったんですね。臼杵にしても国東にしても日田にしても、お魚が大変美味、という以外に共通項がある事に。それは、古の豊後の国、大分県に花咲いた仏教文化の地であるという事なんです。

まずは臼杵ですが、人口は4万人程度、非常に風光明媚、こじんまりとした穏やかな城下町でして、美味しいふぐと多くの魚介類に恵まれ、日本一美しいと呼ばれる風連鍾乳洞があり、春の桜まつりと夏の祇園祭、そして「秀吉と利休」で知られる文豪野上弥栄子の生誕の地であり、造船業と醤油の製造で有名なんです。でも僕が最も驚くのは、臼杵市街からそう遠くない所に鎮座する、60体を越える、国宝に指定された巨大な摩崖仏なんですね。時を遡る事、1000年以上前、恐らく平安時代と言われていますが、京の都から遥か彼方にあるこの地に、この大石仏群が建設された、とは凄い事でして、何故これらの仏様が造られたのか、一切資料が残っていないのが非常にミステリアスと思いません?後述する様に、恐らく仏教文化圏とも言うべき大きな潮流が、大分に確かに存在したと思われるのですが…。それはさておき、毎年8月に行われる供養祭、石仏の前で1000本のたいまつが燃やされる火祭りは、幽明境を異にすると言いますか、大変幻想的でして、一見の価値ありと思います。

続いて国東ですが、ここは大分県の北東部、瀬戸内海に突き出た半島に位置しており、六郷満山と呼ばれる、三十三の寺院からなる一大霊場なんですね。天台宗の密教系のお寺が林立し、宇佐神宮と密接な関係にあり、この地域に残る仏像は7万体近い、というんですから恐れ入りますよね。中でも美しいのは、豊後高田にある富貴寺でして、春夏秋冬夫々の季節折々、何時見ても荘厳で、美術品の様な美しさがあります。それもその筈、お堂そのものが国宝ですし、壁画に浄土図に曼荼羅図、阿弥陀如来の像や坐像、思わず背を正す敬虔な気持ちとなる事請け合いです。

そして、山岳信仰のメッカと言えば、やはり水郷日田でしょう。豆田町の美しい街並み、祇園祭り、雛祭りで広く知られた豊かな天領ですが、ここは古くからの修験道の霊場が多数あります。渡神岳、月隈山、日隈山、日隈山、星隈山、慈眼山…。

僕、宇佐神宮は古代の女王卑弥呼を祀ったものであり、敷地そのものが古墳であり、邪馬台国の地、という説を全面的に支持しているんですね。即ち、古代の大分地方にシャーマニズムやアミニズム、卑弥呼(恐らく皇族のルーツの1つと思われます)を頂点とする、所謂呪術を信仰する巨大宗教国家があったと確信しています。この仮説については、かなり前の本ブログで触れましたから、詳しい内容は割愛致しますが、この鄙びた豊後は大分の地に、これだけの仏教系の遺跡や遺物が残っているのが、その状況証拠とは言えないでしょうか。だって、おかしいと思いません?大分って結構田舎ですし、その中でも鄙びた宇佐の地に、宇佐神宮という、全国八幡宮の総本社があるんですよ。八幡宮の総数は4万4千ある訳ですから、宇佐神宮が何かのルーツであるとしか思えませんねえ。もう一つ傍証を挙げてみましょうか。時代は遡り、奈良時代、道鏡事件と呼ばれる政変がありました。考謙天皇に寵愛された弓削道鏡に天皇の地位を譲るべきか否か、で京の都は喧々諤々の大紛争となったのですが、何と朝廷は、宇佐神宮の神託を受けて、決を取る事を決定します。要するに、宇佐神宮の判断で次期天皇を決めろ、という事でありまして、結局は神宮側は道鏡を認めず、彼は失脚するんですね。これ、どうみても宇佐神宮のご本尊が皇族に所縁があるとしか思えません。そして、その宇佐神宮の強力な力を背景に、平安期の大分の地に、巨大な仏教文化圏が出来上がった、というのが、僕の仮説なんです。

これ、教科書には決して書かれていない説ですが、読者の皆様は如何でしたでしょうか。僕、リタイヤしたら、この仮説を実証すべく、大学に再入学して学び直し、宇佐神宮の敷地を掘ろうかしら!?って、国宝にそんな事したらすぐ捕まるよ!!
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