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ASHES AND DIAMONDS

今日の大分は久方振りにスカッと晴れまして、それにしても気持ちの良い朝です!日課の犬の散歩も、雨の日と異なり足元が湿りませんから、気分爽快でした。もうそろそろビア・ガーデンの季節ですよね、飲み過ぎない様に気を付けなくちゃ。

さて、一昨日でしたか、全国紙各紙で小さく扱われていたニュースがありまして、少なくとも僕は大きな衝撃を受けたんですね。読売新聞の記事を抜粋しますと、「将棋の第2期女流王座戦予選が19日、東京・千駄ヶ谷で行われ、ポーランドの大学生、カロリーナ・ステチェンスカさん(20)が1回戦で高群佐知子女流三段を破った。外国人の女性が公式戦で女流プロに勝ったのは初めて。カロリーナさんは、ポーランド語で訳された日本の漫画『NARUTO』を読み将棋に興味を持った。女流棋士になるのが夢、と笑顔で話した。」だそうでして、これ、平安時代から連綿と続く日本将棋の歴史において、画期的な事と思います。将棋ファンの僕としては、少々ショックではありますが…。この女流王座戦のスポンサーは、日本が世界に誇るOA機器メーカーのリコー、このタイトル戦を開催するにあたっての理念が「将棋のグローバル化への貢献」なんですから、超一流企業になると、流石と言うべきか、格調が高いですし、目指す所が違いますよね。

僕、日本将棋連盟から正式な免状を頂いている将棋三段です。或る程度は将棋を理解している積もりでして、早速カロリーナさんと女流プロの対局を見たのですが、中々どうして、うん、強いですよ。彼女の将棋勉強法は、限られた書物と、世界85カ国7000人超が参加する、インターネットの将棋対局サイトのみ、だそうですから、日本に住んでプロの教えを受ければ、まだまだ強くなるでしょう。カロリーナさんは眉目秀麗で智的な風貌をしていますから、プロになれば、きっと人気が出ると思います。そして現在、女流棋士のレベルは飛躍的に進歩しているんですね。ティーン・エイジャーの女の子達がタイトルを独占していますし、男性棋士を負かす女流棋士もチラホラ出て来ています。カロリーナさんが嚆矢となって、いよいよ将棋の国際化の日も近いですね~。小学生から将棋を指して来た僕からしますと、何だか感無量です。それにしても、カロリーナさんがポーランドの生まれ、という事に、なんだか僕、縁と言いますか、歴史的な因縁を感じて仕方無いんですね。という訳で本日は、ポーランドと日本のお話と参りましょう。

東欧の国ポーランド、僕達には余り馴染みが無い様に思えます。人口は3800万人ですから、関東全域よりは少ないのですが、ドイツとロシアという大国に挟まれた平原の国でして、多くの鉱物資源に恵まれ、その理由から日本企業も多く進出、そしてライ麦の生産量は世界第2位、僕の大好きなエスカルゴやカシスの生産が多い事で知られる農業国でもあります。「ローズマリーの赤ちゃん」のロマン・ポランスキー監督、「灰とダイアモンド」のアンジェイ・ワイダ監督、何度も映画化された小説、「闇の奥」で知られる文豪ジョゼフ・コンラッド、大作曲家のショパン、錚々たる面子を揃えた芸術の国としても有名なんですね。卑近な話題ですと、僕、アメリカはロサンジェルスに行った折、ポーランド料理のお店に行った事があります。内装は家庭的な佇まいでしたが、移住したばかりの家族経営でして、オーナーはまだ英語が得意ではありませんで、メニューも全てポーランド語なんですね。ポーランド語はスラブ系、即ちロシア語に近いですから、僕には皆目分かりません。あれ程困ったのは、韓国に行ってハングル文字を見て全く理解出来ずにいた時ぐらいですが、仕方無くメニューを指差して注文、数点頼んだのですが、出て来たのは全てスープでして、必死の思いで平らげましたが、お腹はパンパン、あれは悔しかったなあ。帰国して調べましたら、ポーランドはロシアに近いだけあって非常に寒い国ですから、スープには定評がある由、或る意味良かったのかも知れませんね。閑話休題、欧州の中でも、北欧やトルコと並んで、ポーランドは親日的な国として知られています。では何故親日的になったのか、その知られざるお話をご紹介しましょう。

時は遡り1919年、今から100年近く前、ロシア革命が成立、ソビエトという新たな大国が産まれた時代となります。その混乱に乗じて、小国ポーランドは、長い長い間、従属体制に置かれていたロシアから悲願の独立を果たします。ポーランド人達はその随分前から、祖国独立運動を起こし、ロシアに立ち向かっていたんですね。当然ロシアはそれを許す筈がありませんから、捕らえられた運動家達は親族も家族も含め約20万人、彼らは皆、酷寒で不毛の地、シベリアに送られ、強制労働をさせられていたのです。彼らは、零下40度を超す寒さ、飢餓、絶え間無い労働、そして疫病に苦しみ、バタバタと亡くなっていく訳ですが、悲惨なのは、親を亡くした孤児達です。ポーランド人達は、「ポーランド救済委員会」を結成、欧米諸国に必死の援助を求めたのですが、大国ロシアとの諍いを恐れ、どの国からも拒否されました。義を見てせざるは勇無きなり、そこでポーランドの孤児達を救うべく、敢然と手を挙げたのは、東方の日出る国、礼と義と侍と大和魂の国、そう我が国日本だったのです。合計765人の孤児達は、ウラジオストックを出航、福井県は敦賀港に到着、栄養失調寸前にまで痩せこけ、衣服はボロボロ、悲惨な有様でしたが、日本全国から義援金や大量の物資が寄せられました。大正天皇のお后、貞明皇后も孤児達を訪問し、子供達は急速に健康を取り戻したのです。そして、みるみるうちに回復した子供達が、祖国に戻る日がやって来ました。子供達は全員で君が代を斉唱、横浜港埠頭での涙の別れとなったのです。

月日は流れ幾星霜、孤児達のエピソードを身近に聞いて育った、フェリスク・ヤシェンスキというポーランド貴族がいました。彼は芸術、特に絵画に対する造詣が極めて深く、パリにおいて勉学に励んだのですが、そこで、日本が世界に誇る芸術、浮世絵に出会います。ゴッホ、ピカソ、モネにシャガール、ゴーギャンにマネにロートレック、ルノワールにクリムト、名だたる画壇の巨星達が途轍も無い影響を受けた浮世絵、ジャポニスムと呼ばれ世界の絵画にムーブメントを起こしたのですが、ヤシェンスキも強い感銘を受け、故郷ポーランドの地に、日本芸術の粋を集めた美術館を造る事を生涯の目標とします。彼が生涯をかけて集めた日本の絵画はなんと6500点、同じく日本美術の影響を受けたカンヌグランプリ受賞の映画監督、アンジェイ・ワイダも私財を投げ打ち、1994年、ポーランド南部のクラクフ市に、日本美術技術センターが建設されたのです。葛飾北斎が残したスケッチ集である、「北斎漫画」の名前から来た通称「マンガ舘」は、今も尚、多くの人達が訪れています。

これも余りにも知られていませんが、日本が救ったポーランド孤児達、そしてその子孫達が中心となり、阪神淡路大震災の折も、そして今回の東北の震災の際も、多くの義援金が寄付され、被災した日本の子供達を長期間受け入れる用意がある、と何度も暖かい支援のお話があったのです。禍福は糾える縄の如し、冒頭に紹介したカロリーナさんの存在が、日本とポーランドの新たな友好の架け橋となる事を願って止みませんし、漫画という芸術を媒介にして、数多くの人々のご縁があり、100年近い歳月を経て、そして将棋という日本文化が東欧の地に広がる、こんな素敵な話があるでしょうか。

最後に、1920年当時の、ポーランド極東委員会副会長の日本に向けた公式声明を。

日本人は我がポーランドとは全く縁故の遠い異人種である。日本はわがポーランドとは全く異なる地球の反対側に存在する国である。しかも、わが不運なるポーランドの児童にかくも深く同情を寄せ、心より憐憫の情を表してくれた以上、我々ポーランド人は肝に銘じてその恩を忘れる事はない。~中略~ここに、ポーランド国民は日本に対し、最も深い尊敬、最も深い感銘、最も深い感恩、最も暖かき友情、愛情を持っていることをお伝えしたい。

是非教科書や新聞に特筆銘記して欲しい、大変心を打つお話と思いますが、皆様如何でしょうか?本当に、文部省のお偉いサン、大マスコミの方々、宜しく頼みますよ!
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まとめtyaiました【ASHES AND DIAMONDS】

今日の大分は久方振りにスカッと晴れまして、それにしても気持ちの良い朝です!日課の犬の散歩も、雨の日と異なり足元が湿りませんから、気分爽快でした。もうそろそろビア・ガーデ...

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